第2話 なかなか釣れないから釣れた時の話

 その時、6フィート4インチ、ダイワのイプリミが弧を描いた。


 開成フォレストスプリングス。あまり行ったことのない管理釣り場だ。一番近いのは多分フィッシュオン王禅寺で、それでも月に一回行くか行かないかくらい。それでも、王禅寺では他の人に比べれば少ないけれど、まあまあ釣ることが出来ていると思っていた。

 だから勘違いしてしまったのだ。管理釣り場ならどこでも、自分でも釣れるだろうと。

 早朝から入って3時間。まさかのノーバイト・・・っ!

 これで周囲が釣れなければ諦めもつくが、常連らしいジェントルたちは楽し気に釣りあげられていらっしゃる。たった数メートルの距離でなぜここまでの差が開くのか。悔しいやら羨ましいやらただただ積み重なる疲労と徒労で正直吐きそうになった。ジェントルたちが午前券で帰った後、彼らが釣っていた場所に入る。彼らの真似をして、似たルアー、シマノのスプーン、カーディフをキャスト。

 な・ぜ・食・わ・な・い!

 沸騰しそうな頭を冷やすために、一旦休憩を入れる。開成フォレストスプリングスはレストランが併設されていて、珍しいニジマスのバーガーとかが食べられる。一口食べた時、口にケチャップが沁みた。知らず、唇を噛んでいたらしい。そこまで悔しかったのかと自分で見びっくりしている。

 食事を終え、トイレに行ってから再び戦いに赴く。しかし足取りは重い。このままいけば負け戦が目に見えている。ただ疲れるだけだ。心が悲鳴を上げている。負けるとわかっていても戦わなければいけないときがあるらしいが、管理釣り場はほぼほぼ勝利が約束された場所ではなかったのか。誰でも気軽に釣りが楽しめる、つまり釣れるはずではなかったのか? 看板に偽りありかこの野郎。チクショウ。何が悪い。何が違うというのだ。どうすれば釣れるのだ。

 そんな私を見かねてか、レジをしていた受付の方が釣れるポイントを教えてくれた。どうやら、魚は池の特定の場所を回遊しており、その回遊ポイントを見極めてキャストすると良い、とのこと。

 なるほど、あのジェントルたちはその見極め、魚が回遊してきたタイミングを見計らってキャストしルアーを通していたわけか。受付の方に礼を良い、ロッドを持って再び池の前に移動する。3時間ノーバイトはかなり痛いが、アドバイスをもらってモチベーションはすこし回復している。キャストしたいのを少し堪えて、水面をよく見る。確かに池の中央に、少しさざ波が立っている箇所がある。あれが回遊か。変更サングラスをかけてよく見ると、魚群とも呼べる黒い円がゆっくりと移動している。そして、そこ以外は魚が散発し、ちらほらといるばかりだ。なぜこんなことになっているのかはよくわからないが、アドバイスに従い、その円を通るようにルアーをキャスト。トラウトはスローリトリーブで巻くことが多い。二秒に一回、ハンドルが回るようにして、一定のスピードで巻き続ける。

 ココン

 バイトだ! 反射的にロッドを上に振り上げた。しかし、返ってきたのは会心の手応えではなく、すっぽ抜けたルアーだった。手前でぽちゃんとルアーが落ち、底の藻をひっかけてくる悲しさ。だが、反応があった。さっきの虚無の3時間は何だったのかと思うほどだ。たったの数分で手ごたえあり。この調子なら、勝利は目前。

 と、思っていた時期がありました。それから数投キャストするもバイトが遠のいてしまい、再び迷走し始める。何が違う。さっきあったバイトの時と、何が・・・

 その時、気づく。さっきから藻ばっかりひっかけてくる。藻が引っかかるという事は、ルアーが底についているという事だ。もしかして、魚群が今いる場所は、他の場所よりも浅いのか?

 今使っているのは2gのスプーンだ。それが底についてしまうとなると、もっと軽いものに変える必要がある。しかし、魚群まではかなり距離がある。マイクロスプーンで届かせる自信はない。重ければ底についてしまい魚は誘えず、軽ければ距離を稼げない。どうする?

 その時、タックルケースの中で条件を満たすものがあった。そう、フローティングプラグだ。スプーンはその名の通り食器のスプーンの柄がない形に似ていて、リールを巻くと水中でゆらゆらと揺れたり回転して魚を誘う。プラグは様々な形のものがあるが、代表的なのはミノーやクランクベイトといった魚の形を模したルアーだ。リップと呼ばれる板がルアーの先端についていて、リールを巻くことでリップが水を受けて、その水抵抗により潜ったり揺れたりと多彩なアクションをする。

 この中から私が手に取ったのはトップウォータープラグ。ラッキークラフトのポコポコクラピーだ。3gあるこれなら魚群まで届き、かつ水面直下に沸いている奴らを狙うことが出来る。スナップを外し、スプーンからクラピーに変更する。

 キャスト。これまでにないくらい綺麗に、狙った場所に決まった。良い予感がする。着水し、アクションを開始。クラピーが時にその場で首を振り、時にスプラッシュさせる。アクションと魚群、両方のタイミングが合致した、その時。


 ゴン


 それは突然だった。クラピー自身が出していたスプラッシュとは比べ物にならないほどの水が弾け、何かが真下からクラピーを襲った。フッキング? そんなものは必要なかった。猛烈な引きにフッキングする余裕もなくただただロッドを離さないようにするので精いっぱいだ。ダイワ、バリスティックのドラグがぎちぎちぎちと音を立てて回転し、3ポンドのフロロカーボンラインがどんどん出されていく。

 これはでかい!

 管理釣り場で、これまで釣ったことのあるのが大きくても30センチ程度だった。それでも満足できるほど魚とのファイトは楽しいものだった。

 しかしこれは、30センチの魚ではない。リールが固くて巻けない。馬鹿な。魚の引きに力負けしているというのか。そんな引きが存在するのか。

 これまで自分は、いかに魚を釣ってこなかったのかが露呈する場面でもあった。

 ラインの張りを緩めないようにする。ここまで来てフックアウトなど勘弁だ。ロッドを立て、しなりを利用する。左右に逃げる魚に合わせてロッドを操作しながら、ゆっくりとリールを巻く。戦いは、後で時計を見れば数分ほどだったが、実際はもっと長かったような、短かったような、不思議な感じがした。

 次第に出ていくラインの勢いが下がり、リールも巻けるようになってきた。それでも油断はできない。いつ暴れだし、フックが外れるとも限らないからだ。丁寧に、身長に、ランディングネットに収めるまで油断はしない。

 奴が、水中から姿を現した。大きな魚体をくねらせ、最後の最後まで足掻き続ける。ロッドを立てて寄せ、頭からネットイン。そこでようやく、大きく息を吐いた。

 体長45センチ。体高も太い見事なニジマスだった。

 ネットに入った魚を写真で撮ろうとしたが、画面がぶれて上手く撮れない。手が震えていたのだ。何とか撮影し、魚が弱る前にリリースした。

 美しい尾びれを振って再び池の中へと帰っていく強敵を見送りながら、私は両手を高く掲げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る