そして白い指の一本が、ここへ


 トゥラとクリムウェイドの二人を追って

僕たち白指部隊は商業都市に足を運んだ。


 この街から出ている長距離運行の馬車

彼女らはきっと、それを利用しただろうと

夜も眠らない豪華な都市の中、僕は言った。


「ここから我々は別行動をする

君たちは二人一組で動いてもらう」


 いくつかあった路線それぞれに

部下を送り込んで捜索を続ける

`隊長`である僕は単独で動く。


 選択の分岐はそれほどに多くて

誰が聞いても納得してくれるだろう

非常に理にかなった、当然の作戦だ。


 部下を連れた者が、行方の不明な

標的を追う際にとる行動としては

あまりに合理的なやり方だ。


 だからもし、後で誰かに

調べられてもなんの問題もない

僕に落ち度は少しも存在しない。



それが僕の提示した`表の作戦`だった。


僕が、自由に、ひとりで動けるための

二重の意味を持った、逃れる為の計画。


 部下たちには手分けして探すと言った

しかしそれは、大きな大きな嘘だった

何故なら僕は彼女がどこへ向かうか


 トゥラとクリムウェイド、僕の教え子

あの二人が引き合う事で何が起きて

一体どのような逃げ方をするのか


それはこの僕だけが

分かることなのだから。


`思い通り`


そう


何もかも全て


僕の思い通りだ……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


 

「――ほんとに全くもう、あの二人は

どうしてこう、通った場所全てで

人死を起こしていくんだろうね」


 血の固まった匂いと死肉の香り

それが辺りそこら中に充満して

よく嗅ぎなれた空気が漂っている。


 そこら中に死体、死体、死体だ

どれも正確に急所を打ち抜かれている

コレを起こした者の腕が伺える。


というか


 コレをやったのが誰なのか

そんなもの問うまでもない


「……いったい誰が刺客を相手に

ここまで、やれるというのか


痕跡を隠すため武器を使った様だけど

鮮やかすぎる、文句の付けようがない


この国に僕の目を持ってして完璧だと

そう評価できる腕を持っているのは


二人しか居ないからね」


 おかしな外套を着込んでいる彼らは

その装いと武装から、恐らく影の者

すなわち我々と`同職`の人間だろう。


「それでこっちは……」


 外套を羽織ったまま死んでいる

雑魚どもとは違い、明らかな人の手

弔いを受けた姿勢で横たわる彼らは


治療を受けた跡が残っている。


 鎧を着込み、騎士剣を傍に置き

そして良く発達した肩の筋肉に

剣を握りこんで出来た手のマメ


「なるほど、君達は正規軍だね

訓練され鍛えられた人間の体だ」


 この哀れな国の犬共を葬ったのは

傷の形状から見るに、恐らくトゥラの

そしてクリムウェイドの仕業じゃない。


一目瞭然


 ここで何が起きて、このような

地獄が巻き起こったのかは明確だ。


 雑魚どもと、犬共が争っていたのだ

そこにトゥラとクリムウェイドが乱入

外套の連中はそのまま始末された


 医療技術に秀でているのはトゥラだ

彼女が残った彼らを治療に当たった。


「……しかし、それでは足りない

その状況に至るまでの要因がね」


 失われゆく命を助けようとするほど

`我らが副隊長`は情け深くはない

もちろんクリムウェイドも同様に


だが


……もし仮に彼らを、治療するとすれば

その余地があるのはトゥラの方だろう

彼女には`ちょっとした思い付き`がある。


 クリムウェイドは用意周到な男だ

そして僕に似て無慈悲で、容赦が無い

例え頼まれても彼らを救おうとはしまい。


足らない


繋がらない


 なにか見落としはないか?きっと

それこそが最も重要なことのはずだ

彼女達の動向を掴むにはそれが……


「……うん?犬共の`頭`は何処だ?」


 ここでくたばっている彼らは

一般兵だろう、装備が貧相だし

何より受けた傷の数が多すぎる。


 もっと強くて、もっと装備の整った

犬共の部隊を率いる頭がいるはずだ。


それに


 彼らを弔うようなこの状況は

本当にトゥラの意志によるものか?


 このような場の整え方をするのは

彼らの仲間がすることではないのか?


とくれば


「君達の上司が、トゥラの`何か`を刺激した

あの娘が手を貸したのはそれが理由だな?


……正規軍、正規軍がこんな所で部隊を

引き連れて行動し、襲われたという事は


護衛任務、刺客が放たれた理由はそれか

なるほど見えてきたぞ状況が、見えてきた


……おっと、つい独り言が」


 普段、部下の前では抑えているけれど

僕は本来、独り言がとても多い人間だった。


 トゥラが独り言の多い娘なのは僕がつい

うっかりさせてしまったから


……技の師であり育ての親である

この僕が犯してしまった失態だった。


 元来あの娘は好奇心が旺盛すぎて

ワガママな性格をしている、だから

思い付きで行動する癖が抜けなかった。


 僕はあの娘に考える癖を付けさせようと

あれやこれや策を巡らせたんだけれど


その時に


 `独り言の癖`が出てしまっていたようで

彼女はそれを真似し始めて、悪いことに

それがトゥラのワガママな好奇心を

余計に煽ってしまう結果となった。


 アレは元から大して頭を使う娘じゃない

どちらかと言えば本能で生きている方だ

そんな彼女が、己の内側にあるものを

言語化するやり方を覚えてしまった。


「おかげであの娘は知性を会得し

彼女のワガママな気質と混ざり


経験と知識、そして

実行に足るだけの実力を兼ね備えた


厄介な`思い付き`とやらを

自制することなく引き起こす

そんな娘に育ってしまった


そのせいで僕はこんな風に

いつまでも追い付けずにいる」


 わざわざ自分の部下から離れて

嘘の計画を話して、単独で行動し

`個人的な策略`を成功させようと


あの時


 道で行き倒れていたあの娘と

彼はきっと知らないだろうけれど


僕の


実の`息子`であるクリムウェイド


 その二人に`可能性`を感じた時

あの瞬間から今まで準備をしてきた

間違いは許されない、この策略


「やはり、思い通りにはいかないか」


思い通りにはいかない


 僕のその独り言に含まれる意味は 

上手くいかない現状に対するモノだ

……いや、もう独り言ではないか。


もう間もなく


一人ではなくなる



「――貴様、何者だ」


「おや、思ったより早かったね」


「……何者だと聞いているんだ」


 姿が見えない奴も含めて

合計で九人ってところか


「さあて、それじゃあ君たちが

`後始末係`の人間かな?うん?」


「っ!?さ、散開!戦闘準――」


ふと気が付けば、僕と奴は零距離


「な……!」


「油断したね」



 土の下に眠るべき死体はこれから

幾つか増えることになるだろう。


ほら今も


首がひとつ飛んだ……。

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