槍の騎士 ユニ=シャンドラ


 王の白い指部隊に限ったことではないが

任務を遂行するために必要なのは戦闘能力


……だけではない


 例えば、もし怪我をしたなら?

我々の仕事は常に危険が伴うものだ

中には瀕死の重症を負うことも少なくない。


 そんな時に大事になってくるのは

生き残るための術、すなわち医療だ。


 人を殺すための技術を学ぶ我々は

同時に`人を生かす`ための力も身に付ける。


 例えば、捕獲任務の場合相手を

いちど瀕死まで追い込むことがある

滅多にやる方法ではないのだが


 その時は手足の健を断ち関節を外し

毒で体の自由を奪ってから治療を施す

……ということも時にはある。


 もしくは相手を拷問にかける時だ

そのまま死なれては困るので、終了時に

命を保つための処置を行ったりする。


 なので、我々のような世界に生きる者は

優れた戦場医師である事が大半であり

このトゥラも例外では無かった。


 ただでさえわたしは怪我が多かった

並の医者や刺客よりも経験を積んでいる


だからこその自信だった

だからこその約束だった


 `必ず助けてみせよう`あの言葉は

いつもの思い付きでも無ければ

甘く見て叩いた大口でも無かった


 遠目で状況を見ていたわたしが

さらに現場に立って、そのうえで

`全員助かる`そう判断しての発言


……そのはずだった。


 血だ、血の匂い、血の匂いだけだ

傷口から零れ落ちるのは命、それは

どれだけ処置をしても止まる気配が無い。


 おかしい、何故だ血が止まらない

的確な治療をしているはずなのに

一体なぜ?どうして上手くいかない?


「い、いやだ……死にたく……ない……」

「まだ意識を手放すな、まだ待て」


「たいちょ……」


 天に掲げるように伸ばされる腕

わたしはその手を掴み、握る、

力なく反応が返ってくる。


それも、すぐに無くなった


呆気なく


ひとり死んだ


 何が何だか分からないままに

助けると誓ったはずの命をひとつ

この世から旅立たせてしまった。


次、次だ、次は助けてみせる

必ず、かならず救ってみせる。


だが


……同じだった


 起きたことは同じ、結末も同じ

どう何を頑張ってみても傷口が

塞がらないのだ、助けられない。


「薬剤がまったく効いていないのか?

でもなければ、こんなことは起きない


まてよ、薬剤が効かないのは

……阻害されているから、か?」


もしやと


 もしやと思いわたしはそこで初めて

刺客たちの使っていた武器を確かめた


 一見すると普通の武器に見えるが

よく見ると、その刀身の表面には

細かい溝のような物が見えた。


そこでわたしは


 既に死体となってしまった彼女の部下

その体を、自分の持っている刃物を使い

血が出るぐらい肉を切り裂いて


 そことは別の箇所を、今度は刺客が

使っていた方の武器で切りつけてみる。


 そして止血剤を僅かに塗り付け

その後どうなるかを実験してみた。


すると


 当然、止血剤はすぐに効き始め

開いた傷口から溢れる血は勢いを

緩めていったのだというのに


 刺客の持っていた武器で付けられた傷は

いつまで経っても血が止まらないのだ。


 確定だ、恐らくこの刀身には毒が

`血が固まらなくなる`作用のある

毒が塗られているということだ。


「……やられたな」


 使われた毒はひとつだと思っていた

槍の彼女が受けた、致死性の高い毒

アレだけだと思い込んでしまっていた。


 つまり、この事が意味するのは

`トゥラに彼らは助けられない`

という決して揺るがない事実だった。


「……すまない、わたしには

もうどうする事も出来ない」


 ここから離れたところで横たわる

安定した呼吸を繰り返している彼女

無事に治療を終えた`唯一の生存者`


「本当にすまない」


 わたしは彼女に向けて

何度も謝り続けた……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「死んだ……?全員……?みんな……?」


 部下の朗報は、彼女が気が付いてから

すぐに話して聞かせることになった。


 この子が目が覚めてまず気にしたのは

自分のことではなく部下のことだった。


 まだ起き上がることも辛いだろう

その体で、わたしに詰め寄って来て

肩を掴み、激しく揺さぶり、こう聞いた。


`私の家族はどうなったの……!?`


家族


 それが言葉通りの意味ではなく

部下達のことを指してるのだと

理解するのに時間は要さなかった。


 気を失う前に見た口調も態度も

今や全てとっぱらわれており

年相応の彼女にわたしは


……そんな彼女に

わたしは言った。


「みな、死んでしまったよ」



彼女は何度も何度もわたしに質問した

同じことを何度も何度も、しかし


 返ってくる答えはいつも同じ

聞き間違いでも言い間違えでも無い

紛れもない真実、曇りなき事実だ。


「誰ひとりとして救えなかった」


現実は残酷なものだった。


「そんな!わ、わた……私……」


 このトゥラの肩を掴んだままの手に

激情が篭った、あらゆる感情の濁流

怒り?悲しみ?とても言い表せない。


痛い


痛いが、痛いだけだ


 血が滲んでいるかもしれない

肉が裂けて骨が折れるかもしれない

このまま放っておけば怪我になるやも


それがなんだ?


痛いだけ、怪我をするだけだ。


 治せばいいんだそんなものは

違う、彼女はもう取り戻せないんだ

`家族`とそう呼んだ彼らのことを


もう二度とこの子は。


 涙は流れていなかった

瞳には絶望が浮かんでいる

最後の支えだったのだろう。


 正体の分からないわたしに

`部下を助けてくれ`と頼んだのは

正気を保つ為の最後の希望だったのだ。


それが、消えた。


「うそだよ……死なないよ……みんな

みんな、みんなは、死なないよ……」


似ている


 両親を王の白い指部隊に殺され

路頭に迷い飢えて死を待つだけだった

あの時のわたしに、とてもよく似ている。


 わたしに出来ることはなんだ?

彼女にしてやれる事があるはずだ

何をしてやるべきだ?何が出来る?


それで思い付いたのは


「あ……」


 この子のことを、そっと優しく

包み込むように、抱き締めてそれで


「キミには死んで欲しくない」


`俺、あんたに死んで欲しくないよ`


「命を手放してはいけない」


`命を手放すな`


 かつて自分を救ってくれた言葉を

彼女に向けて言ってやることぐらい

出来たのは、そんなことだけだった。


 嗚咽が聞こえ始めたのはそれから

すぐのこと、彼女は涙を流していた

事態を受けいれ、理解したのだ。


 死から目を背けているうちは

悲しむことすらままならない。


 そういう状態の人間は涙を流せない

心の内側に悲しみを閉じ込めてしまって

いつか押しつぶされて、死んでしまう。


でも彼女は


「私……私が……小さい時から……っ!

一緒に、一緒に……家族だったのに……!」


受け止め、悲しむことを選んだ。


 わたしはそんなこの子の頭を撫でる

耳元で何度も`大丈夫だよ`と囁く

その度に彼女は泣いてしまうけれど


 それはとても大切な事だから

沢山、たくさん悲しまないと

そうじゃないと先へ進めないから


 わたしがそうだったように

きっとこの子だって同じだろう。


 それからしばらくの間

彼女は大いに泣き続ける


――かと思われた。



 だがしかし現実というやつはいつも

そういつも突拍子がないものなのだ

このわたしなんかが及ばないほどに


実に奇妙で突然なものなのだ。


ガサガサッ


 木々を掻き分ける音が聞こえた

わたしは誰が来たかすぐに察した

同時に`一人ではない`ということも。


 誰が来たのか発覚するまでは

ほとんど時間がかからなかった。


声がしたんだ


「ゆ、ユニ!ユニ=シャンドラ!」


`ユニ=シャンドラ`


 聞き覚えのない名称が

見覚えのない少年の口から


……何故か縛り上げられていて

クリムがそれを抱えているが


名前が叫ばれた。


「え……?」


 わたしの胸で泣いていたこの子が

呼ばれた名前に反応した、そして

声の主の方を振り向いた。


彼女の横顔が見える


 彼女に浮かんでいた表情は

悲しみでも怒りでも無かった。


「あぁ……生きておられたんですね……」


`安心`そして`愛情`


「良かった……」


 頬をつたい流れ落ちた涙の雫は

きっと悲しみの欠片ではないのだろう。


「……任務は達成したぞ」

「ありがとう、クリム」


 我が愛しのクリムウェイドは

見事にやってくれていた。


ああ、ほんとうに、よくやってくれた

ありがとう……ありがとうクリム、


「ありがとう」


彼は真面目な顔でこう言った


「大袈裟だな」



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