温室育ちの王室剣技


 放っておいても毒で死んだはずの敵と

目は無くしたが命までは失わない味方


 そして、その両者の命を奪った

見たことの無い怪しい男が

自分の方に近付いてくる。


……まだ小さい子供にとって

どれだけの恐怖だったのかは

想像にかたくないというのに


俺は選択を誤ってしまった。


 目の前で起きた人死を受けて

木の陰で腰を抜かしている少年


 恐らくコイツが最重要人物だろうと

動けないなら好都合じゃないかと

不用意に近寄ったのが悪かった。


「その武器を降ろせ、こっちに来い」


「離れろ!僕は殺されないぞ!」

「お前の味方だと言っているだろう」


「そのような言葉は信じられない!」


ご覧の有様だ。


 俺は完全に敵視されてしまっていた

舐めていた、たかが子供だと思って

腰を抜かしてへたり込むこのガキを。


 まさか、恐怖を乗り越える

強さを持つ奴だったとは。


 声を張り上げる姿は実に勇ましく

武器を構える姿勢は様になっている

これは、剣術をやっている者の立ち方だ。


 この歳でこれほどの胆力を持ち

死に抗おうとするとは思わなかった。


「僕には、僕には真実は分からない

でも!それでも今は剣を下げない!」


 これでは恐らく説得は無理だ

大人しく着いてくる未来が見えない

このガキにはそれだけの覚悟がある。


「……仕方ない」

 

 俺の装備の中には縄が含まれている

縛り上げれば抵抗も覚悟もあるまい


 本当なら絞め落とすのが楽なんだが

子供が相手だと不慮の事故が怖い

運が悪ければ一生寝たきりだ。


 俺は背中の荷物の中から縄を取り出し

奴から見えないように身体の後ろで

両手で持って、隠すように構える


そして


叫んだ


「よし今だ!殺せ!」


「っ!?」


 ガキとはいえ武に身を置く者

俺の言葉の意味を、奴は考える

そして`まさか`と頭を働かせる。


 `もしかしてこの男には仲間が?`

奴の視線は俺から離れた、右へ左へ

存在しない俺の仲間を奴は警戒する。


 クリムウェイドは体を屈めて

出来る限りの最大出力を使い

地面の土を前に蹴り飛ばした。


「うわっ……!」


 砂埃が広範囲に舞い上がった

俺はその隙に素早く距離を詰める。


だが


 反射神経が良いのか、勘がいいのか

咄嗟に手で顔を覆い目くらましは防がれた

やはりいくらガキでも武人は厄介だな。


 あれでは直ぐに復帰してくるだろう

だから俺は太ももに固定した刃物を抜き

俺がいる方向とは別の場所にそれを

なるべく長く滞空するように投げ


……落ちた。


「そっちか!?」


 開ききっていない目のまま奴は

音のした方向に体を武器ごと向ける


しかし俺はそこに居ない。


 奴は見事に誘導に引っかかった

三度も気を逸らされた奴は遂に


 手を伸ばせば届く距離まで

この俺を近寄らせてしまった。


「うわああああ!!!」


 認識、状況把握、そして恐怖の叫び

声とともにまっすぐ突き出される短剣

しかしそれは、俺には当たらない。


 俺は身体を僅かに傾ける事で

すれ違うかの様に刃を避ける

風が遅れて通り過ぎていく

奴は避けられた事に驚く


そこから先は、瞬きの間も無かった。


ガキは


 膝に蹴りを入れて体勢を崩し

武器を持った腕は背中に回す

縄を小さな体に巻き付けていく


 そこでようやく自分の身に

起きていることを理解した奴は

抗おうと、振り払おうとするが


 俺は奴の産んだその勢いをまるで

背を押す追い風のように`補助`してやる


 振り払おうと込めたはずの力は

さらに加えられた俺の`補助`のせいで

自分の姿勢を維持できないほどに強まり


その結果


足が地面を離れた


「うわぁっ!?」


 砂利や土を派手にばら撒きながら

奴は地面の上に、豪快に張り倒される

短剣が宙を舞って飛んで行った。



 起き上がる隙などもちろん与えない

膝で踏み付けるようにして押さえ込み

うつ伏せのまま地面に固定し


最後のひと結びを終え

対象を完全に無力化した。


一瞬


一瞬だ


 コイツが短剣を俺に振ってから

こうして拘束されるまでは、実に

瞬きを一回する間に行われたことだ。


 地面の上に転がる装飾武器

この子供の言葉使いに装い


着いていた護衛の数と質の高さに

こいつらを襲ってきた襲撃者の数

そしてその質と、計画の用意周到さ


挙句の果てには内部の者の裏切りときた。


 もうここまで状況が揃っていれば

たとえどんな馬鹿だろうと気がつく。



……俺は、さっきまでの威勢が消え

何もかもを諦めたように大人しい

コイツにこう語りかけた。


「こういうやり方は

教わらなかったろう?


決められた枠組みの安全の中で

あぐらをかいた`王室剣技`ではな


そうだろう?`王子`」


「……神よ」


子供の流した涙で


土が黒く濡れていた――。



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