トゥラは来世を、クリムは死後を


 トゥラが今の俺と同じように

戦いの場に水を差しに行った時

意識の外側からの介入に気が付いて

対処をしてきた者は誰ひとり居なかった。


 それはひとえにアイツの実力が

凄まじいモノだったからであり

普通はあんな事は起こりえない。


 ついでに言えば今回の状況は

あの時のような乱戦とは違い

対面する`兵士と兵士`の戦いだ。


 しかもどちらとも相当な手練だ

当然のことながら不意は突けなかった

俺にはトゥラのような踏み込みは出来ない


「む!?」


 俺の突入と発覚は同時だった

片方はあからさまに動揺したが

もう片方は全く冷静な状態でいた。


 気を逸らさなかった方……女の兵士だ

ソイツは生まれた僅かな隙を好機とし


 両手に構えた騎士剣を、俺ではなく

まず目の前にいる男に振るった


 助ける気は無い、あの程度の攻撃を

防げないくらいの兵士ならば必要ない

早々に離脱してもらった方が良い。


 やつは死んだモノとして扱い

俺はその後の隙を突くつもりで

そのまま足を止めずに走る


だが


 思った通りには行かなかった

こちらに気を取られた方の兵士は

半歩だけ身を引くことでその一撃を

見事に躱してみせたのだから。


 それは作られた隙だった

俺の登場を瞬時に利用して

長引いていた戦いに緩急をつけ

敵を、誘い込む罠を張ったのだ。


 女の兵士の振るった騎士剣は対峙した敵の

目を丁度えぐる軌道を通るが、その切先には

一滴の血すらも着くことは無かった。


 確実に当たると思った一撃に手応えが無い

これに対する`敵`の動揺は一切なかった

誠の強者であることは明らかである。


……ところで

敵の女はふたつの間違いを犯していた。


 ひとつは`俺の存在`を無視したこと

目の前の相手を優先してしまったこと


 突然現れた正体不明の男を

チラリとすら見なかったこと

経験が豊富で実力もあるか故だが

今回に限ってそれは、失敗だ。


 この俺クリムウェイドはスデに


女を目掛けて


のだから


 光の反射を抑える特殊な加工を施された

この俺の武器に、女は反応が少し遅れる。


 本来ならこの一撃は難なく捌かれ

きっと掠ることすらしないだろう

この女はそれ程の使い手だ。


 案の定、俺の投げた獲物は

女の持つ剣の柄で弾かれてしまい、指先を

ほんの少しだけ傷付けただけに終わった。



 さすがの反応だ、これではどっちみち

不意打ちは通用しなかっただろうな。


 クリムウェイドの投擲は今の所は無意味だ

もしこれが、二人きりだったのならば



 いま、女は俺の短刀を弾くために

反撃のための構えを崩してしまった

それは俺の投擲への反応が遅れたせいだ。


 俺の普段からの備えが幸をなした

もしこれが普通の銀の短刀ならば

女は`防ぐ`なんてことはせずに


 攻撃と、回避を、兼ね備えた

一撃を放っていたに違いない。


誰に向けて?


そうだ、敵だ!


 半歩引いただけの、女の元々の敵

同じように騎士剣を持った男は


こう、言った。


「……取った!」


それが



 僅かに上体を逸らしたままの彼が

そのまま腰をひねり繰り出した


渾身の突きは


目の前の襲撃者へと向かうことなく


`女の左手首辺りから飛び出した刃物`により

甲高い金属のかち合う音が鳴り、防がれた



……途端、ほとばしる血潮

耳をつんざく様な絶叫


 釣りでも罠でもない正真正銘の

運命の分かれ道、そして生まれた隙


 剣が完全に地面の上に落ちる頃には

`男の両目`が敵の騎士剣により

完璧に切り裂かれてしまっていた。


 視界を奪われた男はそのまま

痛みに悶えて叫び声をあげ続ける

地面をのたうち回り、泣いて喚く


 けれどもう二度と光は刺さない

もう、まともな人生は歩めない。


 女は俺の方を向いていた、左手首の

あの仕込み武器はとっくに収納されて

両手で騎士の剣を構えて立っている。


 間合いは大股で1歩といったところか

長物相手だと、この程度の距離など

存在していないようなものだ。


 剣の柄を緩く握り込む女の指は

俺の短刀が付けた浅い傷のせいで

少し、また少しと血の雫が垂れている。


 敵はそれを気にする素振りは無い

この程度は文字通り掠り傷なのだから

対する俺は現在、武器を持っていない。


 腰やら胸やら太ももに刃物を

固定しているが、それを抜く隙は

恐らく与えてくれないだろう。


 かの副隊長サマならばいざ知らず

俺は対武器の戦いをこの次元の相手に

できるほど、無手は得意では無い。


女は油断のない声で言った


「悪いけどお前にも死んでもらう」



詰みだ


終わりだ


 あの時、俺が短刀を投げた時に

この戦いはスデに終わっていたのだ

あれはまさに運命の分かれ道だったのだ。


武器を失った俺にとって


両目を奪われた男にとって


そして――




……なぜこの俺が、投擲用の刃物でなく

あの闇のように黒い短刀を使ったのか

なぜ俺が苦手なはずの投擲を行ったのか。


 クリムウェイドは始末屋殺し

請け負う任務はすべて殺しの仕事

対象を仕留められればそれで良い


 そんな人間が使う武器には

俺が扱っているあの短刀には……


「あたしには時間が無いんでね

さっさとお前をしま……つ……?」



 女は不思議な顔をしていた

ヤツは違和感を覚えたのだろう

そしてそれは極小さなモノのはず


 女は少しだけ首を傾げる

何を集中を乱しているんだと

頭を振って俺の目をまた見てくる。


 だが、おかしい、何かがおかしい

目の焦点が合わないのだ、目が泳いでる

得体の知れない敵を相手にしているのに。


 女の頭が少し傾いた、いや落ちた

眠気に耐えかねて船を漕ぐときのように

カクン……と


 女は両手で構えていた剣から

片手を離して、鼻の当たりを擦った

刺客として有るまじき行動だ


 慌てて両手で握り直そうとするが

今度は、騎士剣を取り落としてしまった

ガサッと音を立てて落下する武器


 自分の行動が信じられない女は

己の手を見下ろし……それで

ようやく気がついたのだろう。


 先程俺に付けられた傷の色に

手のひらにベッタリと着いた血液に


 まるで極寒の中にいるかのように

激しく震えている両の手に。


「お、お  ま ぇ……っ……ぇ……?」


女は俺の方を見つめてくる


 その顔はもう戦士のものでは無い

自分の未来に怯える子供のような顔だ


 無垢な、純粋な恐怖に支配された

生きることを切望する者のする顔だ。


だが、もう手遅れだ。


 あの時すでに勝敗は決していたのだ

俺の方をチラとでも見ていればこの女は

きっと俺の持つ武器の形状や色合いから

`その可能性`を考えたはずなのだ。


可能性、それはつまり


「`小さな獲物には毒が仕込まれている`

……俺たちの世界では常識だろう?えぇ?」

 

 今頃コイツは激しいめまいに襲われ

悪寒が止まらず、体は麻痺し、そして

呼吸すらもままならないはずだ。


だというのに


「に ん む……に……ん む……を……」


 だと言うのにこの刺客の女は

決して膝を折りはしなかった

凄まじい執念を感じる。


俺は


腰から投擲用の刃物を抜いた


当然の事ながら妨害はない


そして


前方と


足元へ


`これから確実に死にゆくもの`と

`もはや死んだも同然のもの`に投げ打って

ふたつの、哀れな命を終わらせた。


「せめて死後は安らかに」


俺は静かにそう呟くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る