腹の内側から食い破られ……


まるで崖際に咲いた花のような女


 この俺、クリムウェイドが

アイツに対して持ってる印象だ。


 決して容易には近寄れない場所に居て

しかしその花はいつも何かを求めていて

誰かに見つけて貰いたがっている。


 アイツはずっと感情のまま生きてる

自由勝手気ままで、危うくて儚い

俺にとってトゥラはそんな女だ。


 いつでも好奇心に満ち溢れていて

悩む時間が極端に少ないアイツは

自身と興味に支えられた強い心を

一見は持っているようにみえる。


でも、それは違う


 あくまでアレは表面上……というか

元がああいう性格だというだけであって

精神的な強さはごく一般的だ。


 個人が振りまける最大戦力と手腕

判断能力に感の鋭さ、その他もろもろ

あまりにも強力が過ぎるアイツは


 ガワに似つかわしくないほどに

平凡で、控えめな心を秘めている。


 話はすぐに脱線してしまうし

行動はいつも突拍子がなく無計画

子供っぽく、はしゃいだかと思えば

よく分からない所で悩み出したり。


……はっきりと言って歪だ


 アイツの幼少時代は実にわがままで、頭に

`クソ`が付く子供ガキだったと聞くが

その片鱗は、しばし顔を覗かせている。


きっと


 アイツが生きてきた波乱万丈な人生

その成長の過程で身に付いた`表面塗装`が

根っこの性格と合っていないんだろう。


 言葉遣いや重ねた経験とは裏腹に

アイツの心は未だ子供の頃のまんまで

顔立ちとは不釣り合いなほどに、幼い。


 

 親を亡くし故郷を、帰る場所を失くし

ろくな愛も注がれずに育った子供は

いつまで経っても心が成長できない。


 暗い部屋の隅で膝を抱えて

絵を描き積み木を崩して暮らす。


 そこに複雑な感情の挟まる余地はなく

ただ、興味にのみ生きる子供のまま。


 何故そこまで言いきれるのか?

それは、俺がまさにそうだからだ。


 `隊長`に話を聞いただけで

大して知りもしない女に、この俺が

惹かれていったのもそれが理由だろう。


 絶対である任務を放り出して

あまつさえ強大すぎる敵を作り

こんな逃亡生活をしているのだから、

このクリムウェイドも大概狂っている。


でもいいんだ


 俺はアイツの、えらく非効率的な

要領を得ないフラフラとした話を

ただ黙って聞いていたいだけなんだ。


 そのためにはトゥラの限りある寿命も

追ってくる`王の白い指部隊`も邪魔だ

必ず俺は、それら全てを過去の遺物とし

何があってもアイツの治療法を見つけ出す。


そのために今、俺がやるべきは


 `クリム、この場はわたしが全て収める

キミは速やかに彼らの護衛対象を見つけ

彼らに迫る者共を始末し、救助しろ`


 うちの副隊長が下した任務を

速やかに遂行するということだ。


……音もなく過ぎ去る死の風は

あたかも存在しないモノのように

木と木の間を抜けていった――。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


 抜き身の短刀は暗闇のように

このクリムウェイドの手元で輝く


 だらんと、ただ降ろされた腕は

極端に力が抜かれ右へ左へ揺れている

全身どこを見ても欠片も緊張は無い。


 `構える`という行為もせずに

道端を歩くかのような姿勢のまま

ひたすら駆け続ける。


 心はとても静かで落ち着いている

自然と一体になってるかのようだ

余計なモノは頭の中から排除され

ただ反射のみで動けるだろう。


 景色は高速で流れていき、過去となる

迷うことなく真っ直ぐ突き進む俺は

既に三つの気配を捉えていた。


……争っている物音がする

しかしまだ血の匂いはしない

どうやら一対一で戦っているようだ。


 残るひとつは多分、子供のもので

怯えたように早い呼吸を感じられる

俺にとってはその`呼吸`こそが

探知の精度を上げてくれていた。


近い


とても近い


もうすぐ俺の視界に


現れるであろう三人の人間


 誰が脅威なのかを判断して

不意をつき息の根を止める。


 それが失敗、もしくは出来なければ

護衛側と共闘してから刺客を退ける。


 もっとも、護衛している兵士の実力が

最低限備わっていない場合はそれも叶わない

その機会があれば隠れ潜み、様子を伺おう。


 負傷もしくは死亡を待ってから

奇襲をかける作戦に移るとしよう

雑魚にいられても邪魔でしかない。


まだ近付く


まだだ、もう少し先だ


 やがて鮮明に聞こえてくる、音が

凄まじい闘気が漂い始めてもきた。


……確定だ、向こう側に居る二人は

どちらとも練り上げられた強者だろう

であれば、俺が戦いに加わったとしても

機能不全を起こす心配はあるまい。


鈍い金属音が聞こえた


 響き方から長物だと判断したが

問題は同じ物音であるという点だ、

全く同じ性質の金属音がふたつ聞こえた。


 おかしい、とても奇妙だ

何故ならこれは剣戟なのだから

刺客と兵士の戦いならば有り得ない


 `襲撃者が長物を持つことは無い`

などと断言するきは毛頭ないが

それでも違和感のある状況だ。


 数々の予想外を経験してきた俺は

限りなく可能性の低い`まさか`を

このクリムウェイドは考えていた。


 

 そして俺の目に飛び込んできたのは

そんな`有り得ない`はずの可能性が

現実のものとなっている光景だった。


「キサマ!いつから裏切っていた!」

「……喋ってる暇があるのかな?」


 同じ鎧を着て、同じ武器を使い

しかしまるで違う戦い方をしている男女

`敵`と`護衛対象`の姿がそこにはあり


 その遥か後方で木の陰に隠れ

カタカタと震えて怯える少年の姿



 なるほど、襲撃者とはつまり

腹の内側を食い破る`虫`だったのか――。


 俺はついさっきのトゥラの様に

微塵の迷いも無くその場に飛び出した。

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