折れた槍の穂先は未だ光を失わず

 

「――クリム、この場はわたしが全て収める

キミは速やかに彼らの護衛対象を見つけ

彼らに迫る者共を始末し、救助しろ」


「承った」


 わたしの指示を受けた彼は

倒れた男の首に刺さったままの

短刀を抜き取り、血を拭って


 最後にこちらに目配せをしてから

まるで風のように走り去っていった。


「……さて」


この場にいた襲撃者は全て片付けた。


 なかなかに腕の良い連中だったようだが

わたしの仕掛けた不意打ちから立ち直れず

実力を発揮することなく、全滅させられた。


 彼らは冷静さを失ってしまい

連携を撮る暇も取ることが出来ず、挙句に

激情に駆られて判断を誤ってしまった。


刺客としては落第点といえよう。


 然るべき勝利を収めたわたしが

次にやらなければならないのは

この場を上手く丸め込むことだ。


要するに


「お前は何者だ……!」


 傷付いた身体でわたしに槍を向ける

この女兵士の相手をする必要がある

ということだ。


 地に足つけて立っているのは彼女と

わたしだけで、後は物言わぬ死体と

負傷した彼女の仲間が転がっている。


 その彼女も決して無傷ではなく

手や顔にいくつか切り傷が見えていて

中にはかなり深い物も見受けられる。


 さっきわたしが見せたあの踏み込みを

警戒してか、非常に長く取られた間合いで

迎撃の構えを取ったまま彼女は語り始めた。


「……貴殿らが見せた先程の動き


アレは、太陽のもと正道を歩む者が

身に付ける様な技術ではなかった!


命を助けられたと素直に喜ぶには

去っていった男含めて貴殿らは

あまりに驚異がすぎる!


答えるがいい……!


一緒にいたあの者は

何をしに消えたのだ!」


 流石は部隊を率いる立場に居る人間、

突然目の前に現れた第三者を相手に

油断するような愚か者では無かった。


 常に最悪を想定しての彼女の動きは

実に賞賛に値すべき行いである反面で、

説得は容易ではないという事を意味する。


ここは慎重に、少しづつ行こう。


「まず我々は今起きてる事に無関係だ

キミ達を見殺しにするのは忍びなくて

つい手を貸してしまったに過ぎない


故に、敵対する意思も理由も無い

恐くキミたちは護衛部隊だろう?


状況から察するに護衛対象は既に

逃がした後だろうとわたしは推測し

そちらに向かう魔の手を退けるべく

彼を向かわせた……という訳だな」


 端的にこちらの意図を説明したが

その間、彼女は一切口を挟む事をせず

また少しも油断することは無かった。


 見れば見るほどに良い兵士だ

あのような刺客達に遅れを取ったのは

なにかの間違いではないかと思える程に。


 そんな彼女の容姿をわたしは

今初めてまともに見ていた。


 わたしと同じように金色の髪だ

体格と装いの割に幼さの残る顔立ちに

潜り抜けてきた死線が形となり浮いていた。


 彼女はいったい幾つだろう?

きっとまだ若いはずだ、なのに

こうして戦いの場に身を置いている


……見ていて気が付いたのだが

彼女の持っている槍の穂先が

カタカタと小刻みに震えていた。


 わたしに恐怖しているからなのか

部下を失った悲しみと怒りのせいか、

気持ちを読み取るのが苦手なわたしでは

そこを判別することは出来なかった。


でも


 わたしにとってはそれだけで十分だった

彼女には精神的な脆弱性があると理解した。


 だから、あの程度の腕しかない襲撃者に

壊滅的な被害を与えられてしまっていたのは

彼女の心の弱さ故ではないかと考えた。


付け入るならそこか


 わたしの話を聞き終わってもなお

警戒の体勢を解こうとしない彼女を

説き伏せるための道筋が見えた


情に訴えかけるがよしだ。


「我々がこうして議論を重ねている間も

キミの部下は血を流し、命を終えていく」


 彼女の視線が一瞬、自分の背後で

倒れる兵士たちの方に引っ張られた

ここに来て初めて見せた動揺だった。


 話を遮られる前に、ケリをつけよう

見たところ彼女達の中に衛生兵は居ない

治療のできる道具があるようにも見えない。


ならば


「キミの仲間に手当が出来るものは?

もし居なければ、このわたしがやろう」


 槍を握る彼女の手に力がこもる

色濃い葛藤がそこには現れていて

揺らぎ、揺れ動く感情が透けて見える。


あとひと押し


「必要とあらば武装を全て解除する

そして首元に刃を突き付けておけ

怪しい行動が見えたら命を奪うといい」


フッ……と彼女の手元から

力が抜けていくのが分かった

`折れた`己の中でそう確信する。


「……その言葉に、嘘はないのか

私の部下を、救ってくれるのか……?」


このトゥラにとって素手というのは

不利になるどころかむしろ、得意分野だ。


 しかもこの場合は`対武器`となり

それはわたしが最も得意とする状況

何が起きたとしても負けることは無い。


 だが`助ける`と言った言葉に

嘘は何ひとつとしてありはしない。


「必ずと約束しよう」

「……たのんだ」


 そう、疲れたように彼女は言った

ま?で抱えていたモノを下ろしたように

先程までの油断のなさが消えた顔で


……光が失われかけた瞳で。


 おかしいと思った時には既に

構えていた槍は手からこぼれ落ち

重量を感じさせる鈍い物音が鳴っていた。


 こっちを完全に信用してくれたか?

と考えかけたがそれは違うようだ。


 なぜなら彼女は、その場に

力なく倒れ込んだのだから。


……胸の辺りを抑えて苦しそうに

呼吸を繰り返す様子を見て察した


「なるほど、毒を食らっていたか」


 では、今までのはただのハッタリか?

折れたのではなく`限界`が来ただけで

震えていた理由はそういうことだったか。


 部下を頼むとキミはそう言った

わたしはそれを了承し、約束もした

もちろん、その約束は守らせてもらう。


だが


 わたしはキミのことも助けてみせよう

初めからそのつもりで飛び出したのだから。


 数々の傷を負ってきたこのトゥラは

その度に、治療の技術が磨かれてきたんだ。


「これぐらい、どうってことないさ」


経験が、活きる時が来た――。

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