力なきものは、復讐も果たせない。


真っ赤な血の花が宙に咲いた


首から血を吹き出し、男が膝から崩れ落ちた

そして失われた命の余韻が辺りに充満する。


 地面に倒れる時に鎧の金属音がする

やられた男はかなりの武装をしていたが


外套の様なものに身を包んだ者の方が

その人間より上手だったということ、

現場はとても凄惨な状況だった。


 地面は返り血に濡れていて

血で染まった傍から追加されていく、

また一人鎧を着た男が命を失って倒れる。


「クソっ!これで六人目だ!

残っているのはたった四人か!」


 大きな声で悪態を着いたのは

一際目立つ鎧を着た女の兵士だった。


 槍を振るう彼女はとても勇ましく

まとわりつく`影`を振り払っていて

しかし決定打を与えられていない


……彼女達は明らかに劣勢だった。


 横幅のある広い道を阻むように並び

外套を羽織った者共の相手をしているが


 彼女達は既に多くの仲間を仕留められ

対する敵達はたった四人しかいない。


 同じような装いをした人間が

倒れている様子は無いのでおそらく

初めから四人のみなのだろう。



……この戦いの勝敗がどうなるのか

遠くから見ていた、わたしとクリムは

結果を見ずとも明らかだと感じていた。


 鎧を着た者たちはあの女の兵士を除き

敵の動きに、まったく着いていけていない。


 このままでは彼らの人生はここで終わる

立場も身分も状況も、何も分からないけど


 明らかに何処かの刺客の連中が

どんな訳があって彼女達を襲っていて

それが何を意味するのかは不明だけれど


……彼女達は放っておけば死んでしまう

そして死に怯え、死を恐れた目をしている。


 未だ健闘を重ねる彼女達だったが

その瞳の奥に燃える命の炎は消えかけ


 迫り来る確実な死を、悟っていて

命を保つのを諦めた目をしていた。


このわたしトゥラは


 かつて生を手放そうとした自分の

哀れで愚かで情けない己の姿が


 槍を振るい、敵を遠ざけ、だが

勝ち筋のない死闘を繰り広げる

彼女の儚いその姿に重なって見え


――気が付けば飛び出していた。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


 隠れていた場所から音もなく

気配も消して飛び出したこのわたしに

即座に気が付くものは一人も居なかった。


 腰に差した投擲用の刃物を一本抜き

最も隙を見せている外套の奴目掛け

必中必殺の一撃を放った。


 最も隙を見せているのは

女の兵士と戦っている奴だ


 奴は死角からの投擲は避けられなかった

真後ろから突然放たれた死の刃を受けて、

敵はそのままこの世から去ることになった。


 後頭部に、根元まで刺さる刃物

間違いなく即死、奴はそのまま

糸の切れた操り人形の様に


床の上に、潰れるように落ちた。


 それと同時に、場にいる者全てが

突如現れた第三者の存在を認識した。


「な、なんだ!?誰だ……!?」


誰かの大声が響いて


 一瞬時間が止まったようになる

それは敵も彼女達も同様だった。


 わたしの方に釘付けになった視線と意識

それは大いなる油断と気の緩みを招き


……その隙をクリムウェイドは

決して見逃すことは無かった。


「あっ」


 視界の端にキラッと何かが光って

気が付いた時には敵の一人が声を上げ

そのまま倒れて動かなくなった。


 未だ隠れたままのクリムが

苦手と言っていた投擲を決めたのだ。


 一瞬にして二人が戦線を離脱した

敵は明らかな動揺を見せて飛び退いた


 目の前にいる鎧の兵士たちよりも

もっと危険な存在に気がついたからだ

この襲撃はもう成功しないと判断したのだ。


 どうやらこの場にいるのは兵士だけ

人数で道をただ歩いているとは考えにくい

となれば十中八九、護衛かなにかだろう。


 護衛対象は先に逃がしたか

ならばここにいる刺客の連中は

足止めの役目を担っているんだ。


 突然ひっくり返った戦況に際し

撤退しようとしているその様子が


`全滅してまで仕留める対象は居ない`

と、言っているようなものだった。


 わたしはそのまま足を止めることなく

今にも逃げようとしている残りの二人に

ワザと投擲用の刃物を抜く様を

ゆっくりと見せつけてやった。


 `コレ`の脅威を思い出した彼らは

身構え、避けの姿勢を取ろうとする


`コレ`を避けるために反射的に

構えさせられてしまった彼らは、

逃げようとしていた足を止めてしまった。


 投げられる獲物を全て躱してから

安全に距離を取ろうとでも考えたか?

 

貴様らは甘い


 多少手傷を負ったとしても

今は即座に逃げるべき場面だ


そんなだから




 奴ら二人の元へは数歩の距離があった

それは直ぐに詰められるものではなく

`投げ物の間合いである`と誰もが思う


しかし


 ここまでクリムに背負われて

体力を温存してきたこのわたしは


 いくら病に侵されて体力が持続せず

本来の力を出せないとはいえ、だがしかし

短時間であればその限りではない


 地面を踏みしめる足に

力を込める、身を低くして

膝を曲げて、筋肉が収縮する


そして


その踏み込みは



常人の歩幅のおおよそ

三倍の距離を詰めた。


わたしは


 弓から放たれた矢のように

風をも切り裂き飛んでいく


 投擲を警戒していた彼らは

まるで消えたように距離を縮められて

完璧にわたしに虚をつかれる形となった。


「消えっ……」


結果


`王の白い指、副隊長トゥラ`に

あまりに無防備な背中を晒した。


 わたしはそのまま、男の後ろに周り

奴がこちらを認識するよりも前に


 先程引き抜いた投擲用の刃物で

一人の喉笛を掻き切って、始末する。


 喉を深く切り開かれた刺客はまるで

口から、泡立つような水音をさせながら

両手で傷口を抑え、その場でうずくまった。


もう助かるまい


……残りは


「お前だ」


残りは目の前の男だけ


 既にこちらを振り返ったソイツの

被った外套の隙間から見える目は

暗い憎悪の怒りに燃えていた。


……きっと、今わたしが始末したのが

この者にとって大切な人間だったのだろう

奴の目に見えるのは復讐の炎に他ならない。


 敵は恐ろしい殺気を纏って

わたしに飛びかかってきた。


 `短剣をこの女の心臓に突き立てて

あの世に送ってやる、殺してやる!!`

という気持ちが伝わってくるほどに

奴の怒りは凄まじいものだった。


……だが


 憎しみや怒りは時として原動力となるが

多くの場合は、目を曇らせる悪しきもの

特に戦場において`憎悪に溺れる`行為は

それすなわち死へと直結する。


現に今もこの刺客の男は


 自分が背を向けた背後に

が迫っていることを

最後の最後まで気が付かなかったのだから。


命が散る瞬間


 それは花びらが舞うように切なく

そして、呆気なく、唐突に訪れる。


 このわたしの急所めがけて

凄まじい怒りの籠った短剣が

まさに振り下ろされるかと思った


その時


 奴の喉の皮を突き破り、血にまみれた

クリムウェイドの短刀が貫通してきた。


「背中を見せたな」


クリムが奴の耳元で囁いた


 男は、カッと目を見開いて

己の最期を悟ると共にせめて

せめて目の前の女を殺さねばと

もがいて抵抗しようとするが


 もう、身体に力を入れられない

手に持った短剣は二度と振れない


「おの……れ……」


 短刀が引き抜かれると同時に

刺客の男は地面へと倒れていく。


 奴は死ぬまでの数秒、地面を五指で抉り

声にならない叫びをあげ続けるのだった。


「憎むべきは自分だったようだな」

 

 既に死体となったその男に

わたしの声は届かなかった……。



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