風に乗ってやってきた血の香り


 クリムウェイドに抱えられたまま

夜通し歩き続けた甲斐があって

我々は、大いに前進していた。


`初めからこうすれば良かった`


彼のあの発言はあながち間違いではないと

通り過ぎる景色の速さが物語っていた。


 夜明けの光を目の端に捉えた頃

当初予定していた地点を遥かに超え

凄まじい速度でここまで到達していた。


 それでもなおクリムウェイドは

息ひとつ乱す様子もなく直進していた

改めて彼の凄さを実感させられる。


 もし現役時代に彼のような部下が

わたしの部隊にいたなら、きっと

作戦戦の幅も広がったのだろうな


 と、人を率いる立場にいた頃の癖で

思ってしまうほどにクリムは凄かった。


 ではなぜ、最初からこの手法を

取らなかったのかと言えばそれは

わたしに配慮しての事だと考えた。


 お荷物、いや足でまといの様に

わたしに思わせてしまわないかと

彼なりに気を使った結果なのだろう。


……無意識に、このわたし自身も

そうはなりたくないと思ったからこそ、

`自らの脚で歩く`という大前提のもと

計画を立ててしまっていたんだ。


 自分の至らなさが、ただ恥ずかしい

結果的になにも良いことは無かった

病人なら病人らしく彼のことを

初めから頼っていれば良かったんだ。


 いいさ、黙って運ばれていよう

わたしに出来るのは気配を探ること

後は彼が無理をしないように見張ること


それだけなのだから……


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「クリム、血の匂いがする」


 前後左右あらゆる方角に気を配り

些細な変化も見逃さないようにしていた

わたしの鼻が、風に乗ってやってきた

鉄臭い、嗅ぎ慣れた匂いを感知した。


「方角は東の方、距離は遠くない

1人の物じゃない、最近のものだ」


 わたしは素早く嗅ぎとったモノを

下で足の役目を淡々とこなしている

クリムウェイドに伝えた。


 すると彼は足を止めて

その場で姿勢を低くした。


「この辺に集落や村は無かったはずだな」

「代わりに人の通れる道があったと思う」


 何が起きているにしろ穏やかではない

本来ならば構うべきではないのだが

クリムの口ぶりから察するに恐らく


「俺は様子を見に行きたい」


やはりそう来たか。


しかし


「わたしは無視するべきだと考える」


 一刻も早く先を急ぐべきだと思う

あんなに血の匂いをさせているのだ

現場は凄まじい有様になってるはずだ。


 何が起きているかも分からないのに

近寄るという危険を冒す必要は無い

気にせず進むべきだと、そう考える。


 こうして対立してしまった意見は

きっとどれだけ議論を重ねても

納得のいく結論は出せまい。


 お互いの意見の優位性を示すのも

それこそ時間の無駄にもなってしまう。


 血の濃い匂いがここまで届く程の

凄まじい争いが巻き起こっているのなら

逃げるにしろ向かうにしろ時間は無い。


そこでわたしが出した答えは


「……銅貨を投げて決めよう」


 `どちらにしろ不満が残るなら

せめて運に身を任せてしまおう`


ということだった。


 クリムはわたしを抱えたまま

太陽の光を反射してしまわないように

低めに銅貨を投げて、そして――



 

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