そして目の当たりにする衰えと死


 今夜は月明かりも差さない真っ暗闇

危険な夜の生き物たちが徘徊して周り

無力な人間は夜明けを信じて眠るのみだ。


 明かりのひとつも無いこんな夜じゃ

せいぜい先になど進めやしないのだから

いくら旅人でもこんな時間には出歩かない

大人しく足を止め、眠りにつくだろう。


 闇夜に生きる無慈悲な者共に

襲われぬよう神に祈りながら。


……そんな、闇夜の中を

トゥラとクリムの2人は


夜目を効かせながら歩いていた。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


 身の回りの準備を全て終わらせ

新調した装備にも十分に慣れさせて

日が暮れ始めた頃、わたし達は外へ出た。


 わたしの体は相変わらず体力が無く

あまり長い時間歩くことは出来ないうえ


 いつ襲撃を受けても対処出来る程度の

余裕は残しておかなくてはならないので

我々の歩みはとても遅かった。


 もちろん初めから分かっていたことだし

それを踏まえた上での逃亡計画なのだが

思うように動いてくれない自分の体に

わたしは、少々憤りを感じていた。


 元々、このわたしは足が早かったんだ


逃げる獲物を追い詰めて始末する

目的を果たして素早く退散する


 迅速な動きが求められる裏の仕事では

必須の技能と言えるが、このトゥラは

それらを非常に高い水準で行えたのだ。


……しかし、今はどうだ?


 もし、少しでも走ったなら

呼吸も出来ない程に消耗してしまう

回復にも多大な時間を要する事になる。


 数歩先を突き進むクリムは

足音も、呼吸音もさせずに

ひたすら前へ突き進んでいる。


 一方わたしは、額に汗を浮かべて

荒くなりかけている息を整えつつ

こうして着いていくのが精一杯だ。


 そして、そんな後ろの状況を気にして

時折こちらを振り返り速度を落とし

`少し休もう`という合図をしてくる。


 強がって、首を横に振ってみせる

その気力すら残ってない己の無様さに

……とても腹が立つ。


 いったい何度目の休憩になるだろうか

気が付けば辺りは闇に飲み込まれて

耳に残る不快な静けさが満ちていた。


 

 立ったままを維持できなくて

膝を折り曲げて休む、そんなに

長い距離を歩いた訳ではないのに。


 逃亡生活を始めた初日以降は

あまり体を動かしてなかったから

意識する場面も少なかったが


こうして、動いてしまったら


 日に日に衰えていく自分の体

昨日できたことが出来なくなる恐怖

確実に蝕まれ消えていくこの命


 この旅を終えるまで、果たして

命を保ったままでいられるだろうか?

……そんな考えが嫌でも浮かんでくる。


 `己の存在を後世に残したい`などと

聞こえのいい`生への諦め`を口にして

現実から目を背けていたあの時は

何も怖くなかったのだというのに。


 いざ生きる決意をしたら、どうだ

こんなにも死が恐ろしくなるなんて。


「クリム……」

「どうした?大丈夫か?」


 まだ、ちゃんと話せないけれど

いま伝えておきたいことがあった


「もし、わたしが、途中で息絶えても

キミは生き残るんだぞ、クリム」


「……アンタの何百倍も生きてやるよ」


 冗談めいた口調からは想像もつかない

もしわたしが、夜目を効かせられなかったら

気が付かなかっただろう彼の表情は


えらく物悲しそうで


心が、痛くなった。


「それは……良い……是非そうして……くれ」


 今わたしが胸を抑えているのは

決して病のせいなんかではない


 分かってしまったからだ、彼の言葉

`何百倍も生きてやる`その言葉が

真っ赤な嘘であるということが。


 もし、わたしがこの旅の途中で死んだら

きっとクリムは生きるのを止めてしまう

それが肌で感じて理解出来たからだった。


……この胸の奥にある心が

苦しくてたまらなかった。


 なんとしてでも生き延びねばならない

じゃないとわたしは、自分のみならず

これまで殺めてきた人々だけではなく


 失ってはいけない大切なものを

死後に亡くしてしまうことになる。


「……もう、もう歩ける……行こう」

「無理してないか?あと少しだけでも……」


「いいんだ、良いんだよクリム

頼む……今は先に進ませてくれ」


 彼を困らせてしまっている

空気からも表情からも分かる

こんなことを言うべきではない

彼の言うとおり休むべきなのだ。


でも


「お願いだ……歩かせてくれ……頼む」


 たとえどんなに苦しくても

立ち止まるよりはマシだと


そう思った。


「……分かったよ」


 しばらく悩んだ後クリムは言った

諦めたように、込められた感情が

重いものであると分かるような声で。


「無理を言ってすまな――お、おい!?」


 頭を下げて謝ろうとしたその時

わたしの身体は一瞬の浮遊感を味わい

気が付いた時には、抱えあげられていた。


「……こうすればアンタは休める

そして歩く速度も跳ね上がる」


「な、何を言ってるんだ

これではキミの負担が……」


「俺にこの程度の体力が無いとでも?

心配しなくても、死にかけの女ひとり


担いで歩くなんて訳ないことなんだよ

こっちの方が遥かに効率が良いだろう?


……初めからこうすれば良かったよ

アンタのあんな顔見るくらいなら」


 ここからでは横顔しか見えないが

彼がどんな顔をしているかは察した

どのような気持ちでそう言ったのかも。


 もう、なにも言い返せなかった

実際にいい案だし否定する余地がない

わたしは休めて、歩みの速度は上がる。


 文句のつけどころがなかった

懸念すべきはクリムの負担だが

わたしは彼の言葉を信じたいと思った。


大人しく従うことにしよう。


で、


従うことに決めたとはいえ


「……せめて背中、背負う形で

こんな荷物のようにではなくて

人として抱えてはもらえないか?」


 自分でそう言ってからハッとした

わたし達は背中に荷物を背負っている

つまり、それが意味することは


「却下だ」


 たとえ形が変わったとしても

無様なのは変わらない、という


ことであった……。

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