悪いがわたしは、優しくないのだよ
落ち着ける時間。
今の時間のことをなんと呼ぶかと
問われたなら、わたしはそう答える。
確かに、柔らかい寝具は無いし
石鹸の匂いのする身体でもなければ
暖かい食事すらも存在してはいない
でもこうして
クリムに背負われている、この瞬間は
わたしにとっては安らげる時間なのだ。
なんだ、この、背中のあったかさは
まるで毛布のように、ぽかぽかとしている
抱きつき心地は物凄くいい、最高だ。
男の人の背中はこうも逞しいのか
真正面からしか抱きついたことが無いので
知らなかったが、そうかこんなに良いのか。
「クリム……クリム……」
「随分と甘ったるい声だ」
「すまないが、少し甘えさせてくれ」
「許可など、いちいち取らずとも良い」
「それでも聞きたくなるのが
女心というものだろう?うん?」
「……らしいが、そういうモノなのか?」
わたしを背負って歩くクリムが
`そういうモノか`と質問をしたのは
このトゥラに向けて……では無かった。
彼の顔が向いたのは右の方だ
わたしにではなく、彼は右側に
向けて質問を投げかけたのだ。
そこは本来ただの空間のはずで
たった二人だけで旅をしている我々に
第三の話し相手など存在しないはずだ。
にもかかわらず
「い、いえ……あの、私はその……いわゆる
男女の事には非常に疎くて……申し訳ない」
クリムウェイドの不躾な問いには
そのように答える反応が返ってきた
とても聞き覚えのある可愛らしい声だ。
「わたしはキミに質問したんだぞ?
分からないからと、この子を巻き込むな」
「ならばアンタが教えてくれ
俺に、その女心とやらをな」
「……言ってくれるじゃないか」
「あっ……!いやトゥラ殿!わっ……私はその
気にしてなどはおらぬ故、どうか穏便に……」
こちらのやり取りに気を使い
表情を焦りで曇らせている彼女
それは
ついさっきまで、このわたしの胸で
仲間を失った悲しみに押しつぶされて
そして`王子`の無事を確認した事による
大粒の涙を流していた、彼女だった。
彼女は槍の騎士 ユニ=シャンドラ
あの死闘を生き延びた生存者だ。
ユニはわたし達の会話の流れが何やら
自分のせいで不穏な空気になっていると
察知して、慌てて謝ってきたのだろう。
わたしはそんな彼女を見て、何故だか
少しだけからかってやりたくなった。
「そうだなクリム、キミには
`女心`と言うやつを教えてやろう
今夜 たっぷりとな」
「なっ!?こ、こんや……!?
も、もしやそれは……っ!?」
慌てふためき、顔を赤くして照れて
足元が怪しくなり、視線が泳ぎ始める
予想通りユニはこの手の話に弱いようだ。
「夜の彼は実に可愛らしいぞ?ユニ?
今はこんなふうだが、本当は……」
「――いい加減にしろ」
そろそろ横槍が入る頃だと思ったよ
だが残念だな、もう既に手は打ってある。
「なんだ?わたしは嘘は言ってないぞ?
キミの寝顔は実に`可愛らしい`からな
`夜のクリムウェイド`はな?」
クックックと、喉を鳴らして笑い
してやったりという態度のわたしに
彼は大袈裟にため息を吐いて見せた。
しめた、隙を見せたなクリムウェイド
「キミは何を想像したのかな?うん?
言ってみろ、ほら言ってみるがいい」
首すじに顔を埋めてグリグリと
しながらわたしは彼にしつこく迫る
`ひょっとして照れてくれるんじゃないか`
なんていう浅はかな考えの元の行動だ。
だが、そうはいかなかった。
「アンタ、そんなこと言うなら
俺は一生抱いてやらないからな」
「拒否する」
「……あの、そういった話題は
子供の前でするべきでは無いと
僕はそう思います」
クリムウェイドとの会話に乱入があった
そう、それは文字通り小さな乱入者だった。
ユニは死闘の生存者のひとりだ
`ひとり`ということは、つまりは
数人存在しているということだ。
「温かい部屋で育ったオウジサマには
大人の話は、刺激が強すぎたかな?」
「と、トゥラさん!からかわないで下さい!
僕はこれでも……王家の立派な男なのです」
ユニの背中に、背負われている彼は
クリムにやられて出来た青アザが
ちょうど顎の辺りで主張している。
どうやら手酷くやられたようだ
もっとも、子供相手に大人気ない
などと彼を責めるつもりは微塵もない。
聞くところによれば彼はクリムに
刃を向けて立ち向かったのだそうだ
……中々できることでは無い。
己の命が脅かされる状況で
わたしの言う`温室`で育った彼が
自らの意思で立ち上がり、そして
恐怖に打ち勝ち武器をとるなど
この歳の子供に出来る事じゃない
クリムウェイドはきっとそんな彼に
本気で、対等な男として挑んだのだろう。
少し、失礼なことを言ったか
「わたしは、キミの事を認めているよ
尊敬に値すべき素晴らしい男だとな
でなければクリムウェイドの本気は
引き出せまい、キミの顎の傷は
男としての勲章だと誇るべきだ」
大人の都合の良い言い訳だと
言われてしまえばそれまでなのだが
残念なことに、コレがわたしの本心だ。
「……お二人は不思議な人ですね
普通、王家の人間にそのような態度は
権力を恐れて、避けるものなのですよ
そうでなくても今のは不敬罪です
クリムウェイド殿が僕にした行為も
国では、斬首は免れないでしょう」
「お、王子、それはいくらなんでも……」
「いや、いいんだユニ=シャンドラ」
「しかし」
……王子の口調はまるで脅しているようだが
本心はきっと別のところにあるのだろう
初めて合う我々のような人間に対し
不信感と興味が入り交じっている。
ユニはそんな彼のことを制したが
わたしは王子に、続きを語らせた。
「命を助けていただいたことは
感謝してもしきれません、しかし
……我々は国へと帰ります
僕は王子なのです、守るべき責務が
民がいます、例え我が命を狙う
輩がいたのだとしても、でも
それでも僕は国に帰ります」
要領をイマイチ得ない彼の話は
あの死地を出発する前の会話の内容
`ひとまずここを離れて話はそれから`
というものを指しているのだろう。
そして
彼は我々を試しているつもりなんだ
どのような思想を胸に抱いているのか
こちらを見定めるつもりなのだろう。
さすが王族
きな臭い環境で生きていれば
子供でも、こんなふうになるのか。
ユニとはひと回り近く歳が違う
だと言うのにこの子は、もう既に
ユニ=シャンドラを精神的に超えている。
まだまだ荒削りだが、彼はきっと
人々を導くような人間になるのだろう
その未来がハッキリと目に浮かんでくる。
だから
わたしはそんな王子の試しの質問に
まるで、真正面から戦ったクリムの様に
`知略`という部門でぶつかろうと考えた。
完膚無きまで
叩きのめしてやろう
わたしはそう考えた。
クリムウェイドはそんなわたしを
振り返って顔を確かめて、それから
こんなことを言った。
「オウジサマお前、選択を誤ったな」
「どういう――」
「キミの問いかけは、よく分かった
なるほど、さすがは王子だキミは
既に相当な器にあると見たよ
いやいや、実に実に素晴らしい
ところでキミに問題だ
立派な王子様に質問だ」
わたしは彼の背中から飛び降りた
そして戸惑うユニの前に立ち塞がった
隣にはクリムウェイドがいてくれている。
どうやら彼はわたしの
これからやる事を先読みし
`協力`してくれるようだ。
悪い笑みを浮かべているな?
いや、それはこのトゥラも同じか。
「我々はこれからキミたちを誘拐する」
「な!?と、トゥラ殿!?」
ユニが驚き、叫ぶが、構うものか
王子様が青ざめた表情をしているが
そんなものわたしには関係がない。
わたしは大きく息を吸い込んだ
深呼吸だ、高く飛ぶための助走だ。
……そしてわたしは言った。
「キミらは、このトゥラと
クリムウェイドを相手に
己のその`国に帰りたい`という願い
押し通すことが出来るかな?さぁ!
対抗してみるがいい!
かかってくるがいい!
見事我らを打倒してみせろ!
それが出来るからこのわたしを
生意気なクソガキの分際で挑発し
あまつさえ試すような真似を
トゥラにしたのだろうな?うん?」
クリムウェイドが正々堂々と
戦士として王子を打ち倒したのなら
わたしは、薄汚い大人のやり方で彼を
滅してやろうじゃないか。
「まったく、退屈しないな
アンタといると」
この場で唯一
全てを察していたクリムは
たった一人で楽しんでいた……。
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