ならば我らは備えをしよう。


 夜通し馬車に揺られたとはいえ

最近の国の技術の進歩は凄まじく

不快な揺れなどただの1度もなく

朝までぐっすりだった。


 これまでの疲れが溜まっていたり

ピンと張っていた気が緩んだ事もあり

わたし達の迎えた朝は清々しいものだった。


 人が多い町から人が多い町へ

我々は恐らく、現状での最速で

背中を追う奴らから距離を取った。


 我々には時間ができた、余裕が生まれた

十分な準備もなくここまで逃げてきたが

ここいらできちんと身の回りを整えよう。


`とりあえず人の多いところ`という

クリムウェイドの出した考えの元

わたし達は大きな都市に来ている。


 あの商業都市ほどではないにしろ

食料などの足りない品を手に入れるのは

人が歩くが如く容易いことだろう。


 この先も道はずっと、もっと長い

ろくな蓄えもなしに踏破出来はしない

事前準備を疎かにする者に待つのは

どこかの道端で野垂れ死ぬ未来のみ。



それらを踏まえた上で

わたし達がやるべきこと


それはーー


「まず、わたし達はこの身なりを

整えるべきじゃないか?」


 街ゆく人々がこちらを見て

怪訝な顔をしては通り過ぎていく

わたしは、それをクリムに指摘した。


 我々の格好は完全に浮いてしまっている

決して、安っぽい装いはしてないのだが

この街の雰囲気にまるで合ってない。


 これでは隠密も隠蔽もあったものじゃない

街の人達の噂になり顔でも覚えられたら

この先の活動に支障をきたしてしまう。


「……地域ごとの服装の違い

うっかりしていたぞ……クソが」


「悪態をつくなんて珍しいな

よほど気に入らなかったか?」


「寝起きは口が悪くなるんだ

これは悪癖だ、気にしないでくれ」


「聞いたことの無い悪癖だな」


 確かにまだ目が開ききっていない

昨日クリムはとてもよく眠っていた

それもそうか、我々が安心して休める

なんて機会は滅多にこないのだから。


 夜通し誰かを監視し続けたり

寝ずに殺害対象を尾行したり

そういったことは日常茶飯事だ。


 もし運良く睡眠を取れたとしても

いつ何が起きても対処が可能なように

決して深くは眠らぬようにする必要がある。


 昨日ばかりはその必要がなかった

昨晩はまるで、ただの一般人のように

お互いすやすやと寝息を立てていた。


……2人でピッタリとくっ付いて。


 わたしは昨日の寝方について

彼をからかってやりたくなった


「このわたしを抱き枕にして、さぞや

気持ちよく眠れただろうな?うん?」


 もちろんそれで全く構わないし

むしろ喜ばしい限りなのだったが

攻撃材料として利用させてもらおう。


 わたしの口元に悪い笑みが浮かぶ

彼はそんなわたしの言葉を受けても

表情ひとつ変えることなく言い返してきた。


「`一緒に寝よう`と言ったのはどいつだ?」

「あそこまでやれとは言ってはない」


「……アンタの目がそう言っていたんだ」

「ほう……?さすがは洞察力の鬼だな」


 言葉そのままの意味ではなくて

やや煽りの意味が込められている

からかいは未だ進行中という訳だ。


「俺の言ったことを認めるのか」

「分からないか?今のは皮肉というやつだ」


「アンタ気が付かなかったのか?

俺の今の言葉こそ皮肉なんだよ」


 まるで中身も生産性もないおまけに

お互い大して本気で言い合ってもない

そんな、穏やかで平和な口論は

しばらくの間続くのだった。


「わたしはもちろん分かっている」

「分かってないやつは皆、そう言う」


「ならば、例外ということだ」

「立証できるのであればな」


「もちろんできるともーー」


終わりのない論争である。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


 あれからクリムと二人で相談して

今後の度に必要になりそうな水に食料

ロープ、収納、野営用の道具など

外で生き抜くための装備を揃えた。


それと


 わたし達はこの街を出たあとは

ここから大分離れた場所の港町まで

基本的には外を徒歩で行くことになる。


 時には道中にある近くの村なんかに

お世話になることも、きっとあるはずだ

目的地までにそういう場所はいくつかある。


 その時に、こんな一般人のような

見た目ではどう考えても不自然だし

なんの武装も身に付けていないのは

……大いに、不都合なことが生じる。


 わたしはもちろんのことだが特に

彼、クリムウェイドには深刻だ。


 衣服の中に特殊な装備をしてる彼は

たくさんの仕込み武器、仕掛け武器を

隠し持っていてそれを悟らせない

類稀な技量をもちあわせてはいるが。


 それはあくまで対人間用の偽装

人畜無害な一般の人間を装って

人混みに紛れ込むためのものだ。


 しかし、今は状況が違っている

我々が突き進むのは人の通らない

色々な危険が潜む悪路なのだ。


 万が一誰かに、彼の持つ暗器が

生き物に振るわれるのを見られたり


`武器のひとつも身に付けてない

おかしな旅人`として人に記憶され

噂にでもなったら目も当てられない


 だからわたし達はあえて武器を

人々の目に不審に映らぬように

身につけてしまう必要がある。


 そして、どうせ武装が必要になるなら

武器に限らず衣服も……という事で

新しく着る衣服は、かなり機能的で

身体の保護をしてくれるものを選んだ。


そして


 身に付けると決めた武器は小さな刃物

それを身体の各所に固定する装備と共に

足がつかぬよう買う店を細かく分けて


 主力、補助、予備、投擲専用など

用途に合わせて念入りに吟味して

計、十二本の武具を購入した。


 ふたりでそれぞれ六本ずつ

足やら胸やらに取り付けて

使っていこうという方針だ。


 長物を持つことも検討したが

二人とも小物の方が扱い慣れている上に

身のこなしの妨げになるので

今回は見送ることとした。


 そんなこんなで準備が整うまで

二人で作業分担して用意をしたので

さほど時間はかからずに済んだ。


それで


全ての準備が終わった我々が

出発もせずに何をしているか


というとそれは


「……さすがに二人は狭かったか」


 湯気の立ちこめる広くない空間

至る所が熱気に満ちてお湯に濡れ

石鹸の香りなんかが充満している


 そう、ここはお風呂である

そしてわたしが発した言葉は


「宿の一人用の風呂なんだ

狭くて当たり前だろうが」


独り言では、ないのであった。


 


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