`目`とは、常に二つあるものだから

 

 トゥラもクリムも、気が付いていないが

彼らはひとつの`思い違い`をしていた。


 それは、まさにあの森でのこと

彼らに着いていた監視の目は彼女

白指部隊の元副隊長トゥラが消した。


 彼女は到底覆せないほどの不利にいながら

作戦と経験を総動員して状況を変えて、

わずかに差した希望の光を掴み取った。


 それは、実に賞賛に値することである

もしそれが`完璧`な勝利だったのならば。


彼らがしている`思い違い`とは


つまり


 ということだ。


 目とは常に2つ存在しているものだ

彼らが潰した眼球は片方のみなのだ。


 トゥラもクリムも、あの極限状態で

抜けのない作戦は立てられなかった

綻びは、敵にのみに収まってない。


 クリムが長い間小屋の中から

出てこなかったあの時点で`目`は

`クリムの裏切り`それを断定して


 着いていた監視のうち1人が

王国の`隊長`の元へと向かっていた

そしてその情報は一日が経過した今


王様お抱えの直属の始末部隊

追跡、隠密、拘束、誘拐、暗殺


ありとあらゆる汚れ仕事を受け持つ

王の白い指部隊、`隊長`彼の耳に

伝わってしまったということだったーー


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「……報告は以上ですか」


 こじんまりとした室内の中で僕は

自らが派遣した監視役の片割れが

淡々と告げる報告を聞いていた。


「はい、`隊長`」

「よろしい」


 彼はとても優秀な密偵なんだ

足が早くて寡黙で状況判断が早い

`目`としては申し分のない実力を持つ


 しかし、もう片方に比べると

やや戦闘の腕は劣ってしまうので

本来の役目以上はこなせる器じゃない。


「……どうなされましょう」

「少し考える、待つといい」


 クリムの裏切りはほぼ確定と見ていい

情に絆されたか、トゥラに丸め込まれたか

とにかく2人は手を組んでしまったはずだ。

 

……となれば


「恐らく僕達は片目を失ってしまったね」

「やはりそう思われますか、残念です」


 トゥラとクリムウェイドの二人を

一人相手にして勝てる者は恐らく

我が部隊には僕しか居ないだろう。


……もし仮にこの片割れが、僕への

報告の為に離脱しなかったとしても

彼では戦力としては数えられないだろう。


「僕は次なる手を考える

君も少しだけ休むといい」

「はい、ありがとうございます」


「報告に戻ってきてくれてありがとう」

「いえ……では私はこれで」


 彼は僕の言葉を聞くと

この場から去っていった。


 後に残されたのはしんとした空気

僕は座っていた椅子から立ち上がり


夜明けの陽の光が差し込み始めた

ガラスの窓から見える景色を眺めた。


 ここから見える建物の多くは

貴族や王族が所有しているもので

様々な思惑が錯綜している場所だ。


 そして、戦場よりも遥かに多くの

おびただしい量の血が流れる所でもある

僕はその片棒を担いで日々を送っている。


 窓の外を冷たく見下ろしながら

さっき聞いた報告のことを思い出し

僕はとても小さな笑みを浮かべて


こう、思った。


`思い通り`


 トゥラはあの周辺の土地の事を

調べて知っているくらいであって

そういう事を考えるのは苦手だ。


 単独で任務をさせてきたクリムウェイドが

逃走経路を立案していくことになるだろう。


 奴はとても慎重な立ち回りをする

失敗の要因を確実に排除していき

安全で、安定した方法を取る男だ。


ならば


 彼らがとる行動はひとつだ

`人の多いところを選んで逃げる`


「まずは地図でも眺めようか」


 真っ白い色をした、死の指は確実に

僕の`獲物`の首元にかかり始めている


そう、確信することが出来たーー。



✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱



 朝はあまり得意では無いはずの

このトゥラの、今日の目覚めは

いつになく気分のいいものだった。


 何故なら、起きて真っ先に見たのが

わたしを抱いて寝るクリムウェイドの

ものすごく可愛らしい寝顔だったのだから。


 彼は壁を背にして座ったままの姿勢で

わたしはそんなクリムの腕の中で

毛布を2人で羽織って寝ていた。


……朝起きたら誰かがそばに居る

それも油断しきった無防備な姿で

わたしはそれをニコニコと眺める。


 時々ほっぺたをつっついたり

彼の胸に耳を当てて心臓の鼓動を

聞いて落ち着いたりしてみたが


 クリムは熟睡していてピクリとも

反応を見せる気配が感じられなかった。


 仮にも始末屋殺しの男がこんな

体たらくでいいのかと思うがしかし

昨晩に限り我々は安心できたのも事実だ。


 恐らく追っ手達はまだ、わたしの

そしてクリムの逃走の実態を知らない。


 それを隊のものに知らせる役目だった

監視の`目`を始末したことで生まれた猶予

更にこの夜行馬車で稼いだ距離と安全


 それらを総括して省みるならば

このくらいの油断は許されるだろう。


 何はともあれ、今の所計画は順調だ

不測の事態にはまだ陥ってはいない

まだ、あともう少しの間だけは

安定していられるはずなのだ。


まぁ


何はともあれ今は……


「想い人に甘えるのはこんなに

心地がいいモノだったとはな

心と体に良い作用がありそうだ」


 こんなにもなすがままな彼に

たっぷりと堪能しておこうじゃないか

我が愛しの、クリムウェイドに甘えて


……そう思った矢先


「あの〜お嬢さん方ぁ?

そろそろ街に到着しますよ〜」


 一晩かかった馬車旅はついに

終わりの時を迎えたようだった。


「あの街、ただでさえ人多いのに

この時間帯は特にごちゃごちゃで


多分入るのに手間取るから今のうちに

荷物とかまとめて置いた方が良いですよ〜」


「分かった、忠告助かるよ」

「いえいえ〜」


 逃亡生活、二日目の朝が

これから始まろうとしていた。


「おい、クリム起きろ、起きてくれ」

「やかましい、もう少し寝かせろ」


……約一名、まだまだ

昨日の住人がいるのだが。

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