忍び寄る白い指から逃れ、逃れて。


「はぁ……はぁ……」


 荒い息が喉の奥から溢れ出る音

肺が悲鳴をあげているのが分かる

血管はドクドクと脈打ち気分が悪い。


「少し足を止めるか」


 わたしの少し前を歩く彼は

そんなわたしの変化を見逃さない

消耗を抑えるための提案があった。


「すま……ない……たのむ」


 ここは素直に一度休憩しておこう

まだまだ道のりは遥か地平線の彼方

今急いでも良いことはひとつもない。


 わたしはその場で立ち止まり

しゃがみこんで息を整えようとする

心臓が痛い、胸が苦しい、息が出来ない。


 すこし体力を持続的に使うとすぐこれだ

わたしの体は長時間の運動に耐えられない

走ったり飛んだりなど、もってのほかだ。


「……まったく、忌々しいよ自分自身が」

「やはり平坦な道を選んで正解だな

こういう時、安心して休める」


 そうだ、我々が今進んでいるのは

とても見晴らしのいい表街道なのだ。


 土地に起伏のない真っ直ぐな道

端から端まで、遮るものは何も無い

人が使う為に整備された道路だった。


 今はもう夜も夜、闇が降りているが

それでも見晴らしの良さは変わらず

もし向こうに人が歩いていたなら

肉眼でも視認できるはずだ。


 なぜ、そんな広い場所を我々二人は

追っ手に見つかるかもしれないのに

通っているのかと言うとそれは、


これは彼の出した案だった。


「わたしの……考えたものより……

キミのが、質が良かったようだな」


`追っ手を振り切るなら森の中

山の中など険しい道を選ぶのが

最も有効で、手っ取り早い`


 と、わたしがこの先の逃走経路を

地図を見ながら彼に言ってみたのだが

今回、クリムはそれに賛同しなかった。


`アンタの体のことを考えると多分

非常に大きな遅れが生まれると思う

ここは、見晴らしのいい表街道を行こう

休憩もしやすいし、視界が通るからな`


 クリムウェイドの提示した計画は

否定しきることは出来なかったのだが

やはり、正しいのは彼のようだった。


 困難な道を乗り越えるよりも安全

視界の効く範囲、そして歩きやすさ

それを取った彼の考えは正解だった。


「俺は常に単独で任務に当たるからな

怪我でも消耗でも、抑えねばならない


現地に向かう道中で負傷したり

不測の事態に陥ってしまうよりは

多少時間がかかっても確実な方法を取る」


 そうか、そこの違いか……とわたしは

彼と自分との思考の違いについて納得した。


「我々は、互いの得手不得手を

上手く補い合えているようだな」


「違う、アンタの適応能力が高いんだ

俺はただアンタに活用されてるだけだよ」

「……なるほど、そういう側面もあるか」


 個々の能力がどれだけ高くとも

それを扱う者の力量によって

最悪にも最高にもなりうる


 むかしから`隊長`が言ってたことだ

私語などほとんどしない我が白指部隊で

唯一、聞くことが出来た誰かの声だった。


 そんな昔のことを思い出すうちに

だいぶ体の調子が良くなってきた

あれから随分と歩いたが出来れば

もう少しだけ進んでしまいたい。


 一応これでもかなり歩く速度は落として

体に負担をかけない努力をしたのだが


 それでもやはり、長くはもたない

こまめな休憩がどうしても必要になる。


 そもそも、医者の話によればわたしは

常人なら既にまともに動けない程に

病が進行してしまっているのだから


 無理は絶対禁物だ、最悪

この逃走経路がわたしの墓になる

それだけは避けねばなるまいよ。


「クリム」

「行けるか?」


「あぁ、もう大丈夫だ」

「よし分かった、行こう」


 トゥラとクリムの脱出計画

それはまだ始まったばかりだった。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


 久々に耳にする、街の人々の喧騒

夜だと言うのに衰える気配のない活気

そして暗い暗い夜に浮かび上がる街並み。


 ここは、この近辺で3番目に栄える街

あらゆる品物がここには集まってくる

世界の珍品、名品がよりどりみどり。


 前にわたしが、あの`録音機器`を

手に入れたのもこの街でのことだ。


 比較的裕福な者が多く住むこの場所は

人混みに溶け込むのに最適であり

今夜中にここに到着してしまうのが

わたしたちの目下、最優先事項だった。


「ギリギリだが、間に合ったな」


 わたし達がここを目指した理由そして

なぜ今日中でなければいけなかったか

その答えは、この街から別の街に

人々を運ぶ馬車が出るからだ。


「……この辺の地理に詳しいアンタが

考えた時間的見立ては正確だったな」


「あの小屋に引きこもる前は

長い間ここで暮らしたからね


いつもの癖で、街のことを隅々まで

調べておいて本当によかったと思うよ」


 事前にどれだけ情報を仕入れて

計画を立てるかが我が部隊のカナメ

それ故に身に付いた情報収集能力と

その場その場の臨機応変さは


 なるほど、こんなところにも

大いに役に立っている。


 夜に出る長距離を移動する馬車は

この街だと、夜の便が最も多いのだ

上手く今夜中に乗り込むことが出来たなら


 遠くないうち背中を追って来る者共は

いちど、ここで我々の足取りを見失う。


 もし仮に追って来れたとしても

奴らは数人に別れる羽目になるだろう

追い足を止める訳にはかないのだから。


 白指部隊の奴らの戦力は分散され

お互いの情報の共有が難しくなる

少しは時間が稼げるはずだ。


「よし、さっさと手続きを済ませよう

もうまもなく最後の馬車が出てしまうーー」


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


……そして我々は


 無事に手続きを終え離れた場所にある

別の街へと向かう長距離、夜行馬車の

ひとつに乗り込むことに成功する


 どういう内部機構をしているのやら

揺れの全くない馬車の籠の中で


我々は長らく訪れなかった

休息の時を過ごすのだった。


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