この顔が照れてないように見えるのか?


「……やはり何も出てこないか」


 始末した監視者の衣服をまさぐり

なにか有益な情報など得られないかと

念入りに確かめていたのだが……


やはり無駄だった。


「わたしの教えを、しかと守っているな」


`任務に出る時は、万が一自分が

相手に捕らえられたり殺されたり


そうした場合に相手に有利な情報が

行き渡ることがあってはならない`


 身につけるのはせいぜい武器くらい

それ以外のものは現地に持っていかない

わたしが言ったことを忠実に守っている。


 更に、あの極限状態に陥るまで

一切わたしに居場所を悟らせなかった

最後の詰めの甘さを除けばヤツは

間違いなくわたしの上をいっていた。


 恐らくあと数年もすれば彼は

隊長にすら並ぶ実力者へと

きっとなれていただろうに。


 わたしはスッと立ち上がり

衣服に血が着いてないか確かめ、

かつて部下だったモノに向けて


 まるで石でも投付けるかのように

なんの情も込めずに、こう呟いた。


「君もまだまだ未熟者だったわけだな

技術はあっても精神力が粗末だった」


 死者にかける情けなどは無い

至らないから死んだ、それだけだ。


 わたしはいつも、誰を殺めても

哀れみや情といった感情を

抱いたことは1度たりともない。


 相手がどんなに善良な人間でも

相手がほんの小さな子供であっても

たとえ相手が、かつての部下だとしても。


 今回もそれは揺らぐことは無い

何もかも、全てはいつも通りだ


そう、いつもと同じように

わたしは去り際にこう願うのだ


「……せめて来世は健やかに」


 白指部隊、元副隊長トゥラ

本名、ジェイミィ=ライオネル

この修羅場を生き延びた女の


ささやかな願いだった……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「無事だったようだね、クリム」


 森の奥を抜けるとそこに彼が居た

地図がなくても分かる範囲の際の際

わたしが事前に決めた待ち合わせの場所だ。


「……無傷か、あの状況を背負って

こんなに早く切り抜けてくるとはな」


「キミを先に行かせたのが幸いしたよ

ヤツはクリムの方に気を取られて

勝負を急いでしまったんだよ」


 もっとほかに、いくらでも

やりようはあったはずだったのに


 出入口がひとつしかない建物に

しかも対象の位置が不明なまま

突入してきたのがいい証拠だ。


 わたしの実力、そしてクリムの方の力

両方を事前に知っていたからこその過ち


 しかも片方の姿が森の奥に消えていく

後を追うにも自分は小屋から離れられない

動向に気を配ることは出来ない。


`もしも2対1に持ち込まれでもしたら?`

`もし何か計画があるのだとしたら?`

`早く片付けなくてはマズイ`

という焦りが産んだ決定的な綻びだった。


「……全てアンタの手のひらの上か

よくあんな土壇場でそこまで思い付く

恐ろしい女だ、敵に回したくないな」


「あまり褒めるな、照れる」

「澄ました顔でよく言えたな」


「照れ隠しだよ、分からないか?」

「なら少しは顔を赤らめるとかしろ

真顔で言われてはかなわん、やめろ」


 本当に照れていて、本当に

照れ隠しなんだと言うのに彼は

なぜだか一向に信じようとしてくれない


 どうしてだ?わたしはしっかり

真実を述べているのだというのに


「真顔も何もこれがわたしの照れ顔なんだ」

「本当に……?……いや、騙されんぞ俺は」


「ならば口付けでも抱擁でも

好きにしてみるといい、ほら」


 言葉がダメなら行動で示そう

実際に照れて見せればきっと彼も

納得せざるを得ないだろうから。


 ん、と両手を広げてみせる

`飛び込んで来い`という意味だ。

 

「どう、しろと、言うのだ俺に

いったい……それは……なんだ」


「……今まさに照れているぞクリム

よく見ろ、見るがいいわたしの顔を


恥ずかしそうか?にやけているか?

それとも顔が赤らんでしまっているか?」


 よく見ろ、見間違える余地など

ないくらいに食い入るように見るがいい

この顔のどこに嘘があると言うんだ?


 と、半ば意地になってわたしは

彼をそうやって言って追い詰める。


 少しの間わたしの顔をじっと見て

まだ納得しきらない様子でこう言った。


「……たしかに、驚くほど

表情がないが……しかし……」


「これで答えが出たなクリムウェイド

わたしは照れると、顔から表情が消える


……覚えておけ、この馬鹿者が」


 いつになってもラチが飽きそうにない

だからわたしは強引に話をまとめて

切り上げることにしたのだが


「顔が赤いぞ?トゥラ」


……これだ。


「怒っているからだ!」


 わたしは、考える間もなく

大声を上げて怒ってしまっていた

どうも調子が狂わされている気がする。


 このままいくのはきっとマズイ

わたしは本能的にそれを感じたので

無理やりにでも話を変えてしまおう。


「……今後の計画について話そう

まずは地図を出してくれクリム」


「あ、あぁ……分かった」


 恋も、逃走も、戦闘も、全てが全て

一筋縄ではいかない、そんな予感がした。

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