脱出計画の、その前に


既に諦めてしまっていたこの命

生き延びる為にやれるだけやってみよう

そんな、固い固い決意を結んだわたしは


己の身の安全すらかなぐり捨てて

このわたしを助けようとしてくれた彼

クリム=ウェイドと名乗った男と


当面の脱出計画について

話し合いを始めていた……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「ーーまずは、お互いの出来ること

そして苦手なことを話していこう」


計画を立てる時の昔からの癖で

床の上に片膝を立て座っているわたしは

クリムに、そんな提案をしていた。


「すっかりやる気だな、あんた」

「昔からそうと決まれば一直線でね」


実行すると決意したならば

たとえどんな障害があろうとも

迷うことなく直進するのがわたしだ


今回とて例外ではないのだ。


「そうか……そいつは心強い

で、お互いにできることか」


「なるべく細かく教えてくれ

わたしも出来るだけ詳しく話す」


ここから先どのような作戦を

立てるにしろまずは手持ちの戦力を

正しく把握することが大切なのだ。


現状で分かることといえば

彼は凶器を隠すのが上手い

ということぐらいなのだから。


「そうだな……」


わたしと同じように床に座る彼は

先程床の上に投げ捨てた闇夜のように

暗い短刀をクルクルと指で回しながら

しぼらくのあいだ熟考を重ねた。


まるで体の一部かのように

取り回されるその短刀の動きは

とても軽やかで美しいモノだった。


武器の取扱に長けているのが

そこからも垣間見ることが出来る。


うっかり見惚れてしまっていると

彼の手で舞うような凶器の動きは

なんと前触れもなく止まった。


「まず、遠距離はからっきしだ

投擲や射撃はまるで才能が無い


俺は基本的に毒武器を扱う

かすり傷でも勝利が確定するし

どんな獲物にでも使うことができる


武器をいくつか仕込んで

戦うのが俺のやり方だ


ただし前述した通り弓なんかは

決して当たることは無いと思え


あと無手の戦いは出来なくはないが

一流相手に通じる代物じゃない


後は隠蔽、隠密、罠、索敵、追跡

すべてが高い練度に極まっている」


とても綺麗にまとめられた自己評価だ

分かりやすく無駄がなくそして詳細だ

模範的とも言える素晴らしい答えだった。


「キミは優秀だな」

「まだ言葉だけだろ」


「いいや、わたしには分かる

キミの自己評価は正確だよ」

「……言葉を信じすぎだ」


なにも鵜呑みにした訳では無い

これまでの経験に基づいた判断なのだが、

彼はどうも照れくさいようだ。


なんだ、かわいい所もあるじゃないか

納得の行かなそうな顔をしているクリムを

見てそんなふうに思った。


「次はわたしの番だな


まず、素手でのやり合いが最も得意だ

相手が武器を持っていればなお良いな


基本は殺さずに拘束が得意分野だが

やろうと思えば即座に命を断ち切れる


遠い的には短剣を放り投げる

小さめの弓であれば使える

不測の事態への対応が素早い

呼吸を合わせるのが上手い


が、キミも知っての通りわたしの体は

病に侵されているおかげで劣化している


長時間の稼働は望めないだろう

戦闘にしろ移動にしろそこが

最も大きな弱みと言える


……そんなところか」


ひととおり自分の中の評価は言い終えた

かなり厳しめに評価したと思っているが

少し足りなかったかなと不安は残る。


「気になることがあれば

遠慮なく言ってくれよ」

「ひとついいか?」


「うん?なんだどうした?言ってみろ」

「あんた、刃物は取り扱えるのか」


「……使えなくはないが

どうにも加減が出来なくてな

その場で殺してしまう上に痕跡も

大量に残してしまうので好まん」


今でも忘れられないが、過去にそれで

かなり危ない失敗を犯したことがある

とても人に話せる内容ではないし

あまり思い出したいことでもない。


深堀してもらっては困るので

早々に話を逸らすことにしよう

と思い、口を開きかけたのだが。


「嫌な思い出でもあるのか」


まさに今、恐れていたばかりの

最悪の事態に陥ってしまった。


「聞かないでもらいたいな」


その言及はよしてくれないかと

言葉と表情で訴えかけたのだが

それはどうやら逆効果だったらしい。


「ほう?よっぽどのことらしいな」


彼はますます面白がって

止めるどころか嬉々として

首を突っ込んできたのだ。


「おい、その辺でやめておけ」

「なんだ、あれだけ色んなこと

あけすけに話してたクセに」


「それとこれとは別だ!触れないでくれ!」


あぁ、嫌でもあの時の記憶が

すっかり忘却の彼方にあったあの

忌々しい思い出が蘇ってくる。


おかげで私にあるまじき

戸惑い故の大声が出てしまった。


「なんだその顔は、初めて見る」

「まじまじと観察しないでくれ」


「あんたが面白いのが悪い」

「この性悪め」


なるほどよく分かったぞ

この男に弱みを見せるのは

あまり良くないことのようだ。


今後はーもしあればの話だがー何か

話す時も気をつけなければなるまい。


そう、心に固く誓うわたしを他所に

クリムは一度だけ大きく笑ってみせた

さすがに冗談で言っていたようだ。


が、性悪というのはあながち

嘘でもないのだろうなとわたしは

なんとなくだが察した。


クリムはすっと佇まいを戻し

脱出計画についての話を再開した。


「まぁ、なんだ、俺の持ってる獲物

別にコレだけじゃないから後で

何個か渡しておくから使え」


「まだどこかに仕込んでいるのか?」


「いいや、外に荷物ごと置いてある

そうだ食料や地図なんかも外だ」


「地図も荷物の中なのか?」

「……今思い出した、すまん

これでは計画を建てられないな」


脱出計画を練ると言ったものの

地形把握のための地図がなければ

正確な組み立てをすることは出来ない。


「おまけに俺には監視の目が付いている

のこのこ外に取りに行く訳にも行かない


仕方ない、まずは大雑把にでも

逃げの算段を立ててしまおうか」


「まて、その必要は無い」

「……なんだって?」


 わたしの言葉に驚いて固まり

説明を求める顔をする彼にわたしは


「まずはその`目`を潰そうじゃないか

刃の錆を落とすには丁度いい獲物だろ?」


と言って、いたずらっぽく

笑いかけるのだった。

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