どうせ、どうせ死ぬのなら。


「……キミはすごいな」


口から飛び出したのは

そんな賛辞の言葉だった。


彼が述べたことは正しく真実だった

この体の持ち主はわたしだというのに

それよりも先に辿り着いてしまった。


「キミは既にわたしをわたし以上に

理解してくれている……ということだな」


「やめろ!そんな言い方をするな!

そんな終わりに近付いてるような


……そんな言い方はよせ」


「……そんなつもりは……無かった

すまない、許してくれ、わたしはただ……」


ただ凄いと思ったから?

そんなこと言っていいのか?

彼の気持ちを考えられていない。


自ら突き付けた現実に果たして

どれだけ苦しめられているか、

わたしではとても計り知れない。


言わなければ良かったと思ってるはずだ

もし口に出して言わなければ、ひょっとして

ただの勘違いで済んだかもしれないのにと。


彼はきっと耐えられなかったんだ

自分が思い至ってしまった可能性に

やがて行き着く、その瞬間が。


その時にはもう全部手遅れで

もっと早くなにかしていれば

こうはならなかったのにと。


1人生き残って後悔するのを

心底恐れたが故のこの話だ。


……事実、このまま行けば

間違いなくその未来は訪れた、

言った言わないの問題ではない

わたしならそうすると確信できる。


「すまない」

「謝らないでくれ」


そう言って彼は俯いてしまったが

彼の目に涙が浮かんでいるのを見た

悔し涙……というやつだろうか。


「……なぁ、だめなのか?俺と逃げるのは

俺は、これでも腕がたつお前も認めたろ?


`隊長`や王の白い指部隊がなんだ

ぜんぶ丸ごと煙に巻いてやる」


「病人のろくに動けないわたしを連れてか?

キミ1人ならまだ可能性はあるが

わたしが足でまといすぎる」


「……っ!」


キミにそんなに苦しそうな

顔をさせてるのはわたしだ


わたしも、出来ることなら生きたい

心の底から死にたいわけじゃない

渇望しているわけじゃないんだ。


でも仕方ないだろう?

諦めるしかないんだから


仮に2人で逃げてもわたしは

長い距離を歩くことは出来ない。


いくら隠蔽工作を図ったとしても

消し切れない痕跡は必ず残るんだ

それが倍に増えたなら、どうなるか。


「最悪は2人とも死ぬんだぞ」

「そうならないようにする」


「……キミが危険なのは嫌なんだ」

「俺もあんたが死ぬのは嫌なんだ


作戦を練れば必ず希望はある

俺とあんたの技術と知識なら

動けない体くらいのマイナスは

打ち消して余る程の力があるんだ!


だから……だから……だから!

生きるのを諦めないでくれないか!

頼むから……っ!命を手放すな!」


気持ちが、僅かに揺れるのを感じた

彼のあまりに必死な姿を見るのが辛い

とても、とても辛くて苦しい、痛い。


でも、相手の幸せを思うのが愛だと

いつかどこかの誰かが言っていたように

彼がこの先も生きて、幸せになる事を……


幸せ?わたしをその手で始末して

それで生きて、それは相手の幸せか?


そもそもわたしは何故こんなに

クリムの提案を拒んでいるのだろう。


そうだ、彼に死んで欲しくない

たとえわたしが死ぬことになっても

彼にだけは生きていて欲しいんだ。


`命がありさえすれば人間は

たとえ絶望の中からもやり直せる`


命?命さえあれば……?


命がさえあればいくらでも

やり直すことができる?


親が殺されているのを見つけて

絶望したかつてのわたしに掛けられた


`まだ命を手放すな`


という言葉


彼が今しがた発したばかりのそれと

非常に酷似した言葉にわたしは


わたしの意識は


唐突に


`あの日`へと遡っていった。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


あの日のことは鮮明に覚えている。


喉だ、正確に喉を貫いたナイフ

それが倒れた父と母にそれぞれ1本ずつ

深く突き刺さっているのを見つけたんだ。


屋敷は物凄い騒ぎになっていた

いつの間にか襲撃者達は姿を消し

立ち尽くす私の前を医者が走り回る。


高鳴る鼓動、荒くなる呼吸、震える足


ただ目の前の全てが歪んで見えて

この世界から音と色が失われていった。


そこから先の記憶はない

ただ遠くに歩いた以外の記憶は。


気が付けばわたしは何処か知らない所で

横たわり、飢えによって死のうとしていた。


通り過ぎる人々はわたしを何か

おぞましい物を見る目を向けて、

見なかったことにして消えていく。


5歳の少女が死にかけている

だというのに助けは何も無い。


わたしは酷く哀れな気持ちだった

自分のしてきたことの報いだと思った

このまま死ぬんだって思った。


そして


死にたくない

まだ死にたくない

生きたい食べたい

歩きたい話したい

笑いたい生きたい


頭の中がめちゃめちゃになって

だんだん暗い所に落ちていく感覚が

寒くて冷たい所に落っこちて、いく


なにも み えない きこえ ない

めをあ けて い ら れなく なっ て


……最後に聞こえたのは


`まだ命を手放すな`


という


後に我が家を襲った集団の

`隊長`のモノだと分かる声だった。


あの時私は思ったはずだ

このまま死ぬのは嫌だ、と


なら、ならば今こそ再び

その時なのでは無いのか?


`わたし、まだ死にたくない!`

そう強く思うと同時に


わたしの意識が元の場所に

戻っていくのを感じたーー。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


ーー道中は俺が背負って行けばいい

食料の備蓄も小屋に置いてある


……俺と一緒に逃げよう!

俺と一緒に生きていこう!」


耳に入ってくる声は彼の物だ

悲痛で絶望に満ちた叫び声だ。


「話なら逃げたあとで沢山しよう

治療法も大丈夫、必ず見つかる!


俺がなんとかするからーー


『分かったよ、クリム』


ーーあぁ?」



「どうせ死ぬのなら


惚れた男と共に居る方が

良いに決まってるものな


生き延びた方が良いに

……決まって、いるものな」

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