わたしは、わたし自身の感情に遅れを取った。


「あんた、勝手すぎる」


かなり遅れはしたが、ようやく

わたしの発言を消化したらしい彼が

そう、まるで呟くように言った。


何について`勝手すぎる`なのかは

あえて聞かずとも理解出来る。


「何せワガママに育ったからな

丁寧さに欠けるのは自覚してるよ」


「……おかげで感情が行方不明だ

なんの話をしてたかも忘れた」

「それは困る、元の話に戻れなくなる

頑張ってどうにか思い出してくれ」


「無理だ、あんたは覚えてないのか?」

「わたしは基本的に思い付きで動く

だから数分前の話の内容など頭に無い」


軌道修正をしてくれる人がいないと

収拾がつかなくなるのがこのわたしだ

彼の記憶から飛んだというのなら

それはもうお手上げということだ。


「困った、非常に困ったぞクリム

1度初めから話し直すしか……」


思い出すのが不可能であれば

ゼロから組み立てるのが最適か?

などと考え始めたわたしの思考を


「いや」


彼の言葉が遮って邪魔をした

わたしが何かを尋ねる間もなく

続けて彼はこう言った。


「また今度聞こうじゃないか」


「何を言っているんだ?」


「1度区切ろうというハナシだ

俺がここに来てからというもの

まったく落ち着く間が無かった


だから、今日はコレで終わって

また違う日にでも改めて話そう」


「何を言い出すんだクリムウェイド?」


いったいどうしたというのだ彼は

まるで意思が通っていないのを感じる

探ろうにも真っ暗で何も見えない

輪郭すらも影に覆われている。


わたしは`何を言ってるか理解できない

今すぐ説明を求む`という目を向けた。


「話が思いだせないんだろ

なら無理して考えなくて良い


時が経てばまた

自然と浮かんでくる

後からでも遅くないだろ」


「何が言いたいのかさっぱりだ

クリム……ハッキリ言ってくれ」


まっすぐ見つめ返してくる彼は

ほんの数秒目を瞑った。


そして


その目が再び開かれた時クリムは

覚悟を決めたような顔になった。


わたしは彼がこれから、何かとても

大切なことを言おうとしてるのだと悟り

疑問には蓋をして耳を傾けることにした。


「俺はあんたに死んでほしくない

あんたも俺に生きていてほしい


でも結局あんたは病気で

長くは生きられないから

俺の望みはどう足掻いても叶わない」


現実は非情なことに彼の言うとおりだ

せめてもう少し早く出会っていたらと

惜しく思っていた所だった。


「でもあんたの方の願いは、違う

俺が生きる道だけはあるんだ」


クリムウェイドが生き残る道

それはつまり本来の目的を果たすこと

わたしの命を奪うということを意味する。


彼が口にしているのは今のところ

単なる状況の整理に過ぎず、きっとまだ

前置きをしているだけなのだ。


まだ本筋は影すら見えてはいない

何が飛び出してくるか予想も出来ない。


……そのはずなのに

心がザワついてきた。


彼はなおも話を続ける


「俺が止めた録音機械はまだ生きてる

だってのに再始動させようとしなかった


`生きた証を残す`

その為に死ぬことになっても

それでも成し遂げようとしたのに」


理由の分からない心のザワつきは

何故かよりいっそう強くなっていく


あと少しで見えてきそうなのに

どうしてこんなに不安なのかが

もうちょっとで分かるはずなのに


それを理解してしまうのを

必死に拒否している自分がいる


いや、もう既に分かっているんだ

分かったうえで目を逸らしているんだ。


「俺に向かって話し出したんだ!


あの時は諦めたのかと思ったが

でもさっき惚れていると告げられて

俺たちはこの後どうなるんだと

先の事、考えた時に気が付いたんだ……!」


話が進むにつれて感情が昂り

荒くなった呼吸を深呼吸により整え

穏やかな口調で続きが語られた。


「あんたがこんな機械に頼ったのは

それしか手段が無かったからで

でも、じゃあ俺は?俺に話すのは?

単に自分のことを知ってほしいからか?」


確かにそう思っての行動だった

けれど、今ならわかる、アレは

……真実ではなかった。


「`クリムには生きていて欲しい`

俺はあの言葉を思い出したんだ」


そうだそれこそがわたしの願いだ

彼にはこの先を人生を送って欲しい

それが私の願いになったんだ。


ということは


「……ってことはだ

もし俺が生きてたら


俺が生きてるって

それってつまり……


あんたを殺したってことなんじゃないのか?」


そこから次の言葉までの間は

それほど空いてはいなかったけど

わたしにはまるで無限のように感じた。


とても、痛みをはらんだ沈黙

空間が裂けて血を流すのではと

錯覚してしまうほどの冷たい静寂。


そして


「俺が殺意を手放したあとも

その機械を使わなかったのは


俺を


ジェイミィ=ライオネル またの名をトゥラ

その生きた証を残すっていう役割を


俺に、クリムウェイドという

生きた記録媒体に変えたから


だったんだろう?」


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


わたしトゥラは人間の感情に疎い

しかしそれは最近になってどうやら

自分に対しても同じなのだと学んだ。


彼は先に辿り着いたのだ

このわたしがまだ自覚してない

けれどやがて至るであろう結論に。


わたしは彼に何もかも話して

死ぬつもりだったのだーー。

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