どうか`わたし`という人間を知ってほしい。


クリムがこの私に愛の告白をした。


当の私は、この人のその`気持ち`に

なんて返すのが最も適切なのか

さっぱり判断が付かなかった。


ありとあらゆる要因が思考を邪魔する

心と頭と気持ちと理屈と感情とが

まるで連動しなくなってしまったのだ。


だから


返事の代わりに口から飛び出した

こんな話には、最もらしい理屈など

存在していないと言っておこう。


「……昔の話を聞いてほしいんだ

`わたし`のことを知ってもらいたい

許してもらえるだろうか?」


「突拍子もない提案……だが

頼む、教えてくれ、俺に」


「……ありがとう、うれしいよ

これから話すのは例の証とは違う


`わたし`がキミだけに伝える

今に至るまでのぜんぶの話だ


かなり恥ずかしいけれど

逃さずしっかり聞いてくれ」


「全て心に留めておくよ」


そしてわたしは彼に向かって

慣れない微笑みを見せてから

単純に`知ってほしい`という欲を

満たす為だけの昔話を始めるのだった。


これは


わたしが`トゥラ`と名乗り

生きてきた人生の軌跡だーー


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


こことは遠く離れた豊かな土地に

ライオネル家という貴族の屋敷がある。


はるか昔から存在する名家で

その血統はとても由緒ある物だ。


わたしはそこのひとり娘として

この世に生を受けて産まれ落ちた。


授かった名前は

ジェイミィ=ライオネル


裕福な暮らしに空腹に喘ぐ心配も無い

何不自由ないこの環境はわたしにとって

とても幸運なモノのはずだった。


実際、5歳まではそうだった

ワガママの全てはまかり通り

欲せば与えられる生活


「わたしはジェイミィ=ライオネル

今わたしはとても気分が悪い!

誰か芸を披露して楽しませろ!」


なんていう言葉をよく

我が家に仕えている使用人に放っていた。


なんとも横暴な幼少期だったよ

なぜなら両親は、わたしを溺愛していて

全てを肯定して育てていたのだから。


子供の純粋な心というのは

環境により酷く歪むものだ

わたしも例外ではなかった。


今のわたしが人の心に鈍いのは

恐らくその生い立ちが故だろう


相手の気持ちを考える思いやる

そんな当たり前の事を覚える前に


`人は全てわたしの思い通りになる`

なんていう固定観念が付いたのだから。


もしあのまま育っていたならば

きっとわたしは生きる価値のない

下衆に成り下がっていたであろう。


己の愚かさに気が付くこともなく

ひと世代を紡いでいっただろう。


しかしそうはならなかった。


我が両親は何故かいつも怯えていて

いつも過剰なまでの警備を敷いていた。


きっと恐ろしく臆病なのだなと

5歳のわたしはそう思っていた

`いくらなんでもやり過ぎだ`と


しかしそれは大きな間違い……いや

ある意味では幸福だったと言えようか


忘れもしないあの日

昼間の出来事だった。


我が由緒あるライオネル家は

突如現れた複数の襲撃者により

ものの数分で2名の死者を出した。


そう、その2名とは

我が両親のことだ。


そしてその襲撃者とはすなわち

`隊長`率いる王の白い指部隊だったーー


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「ーー親を殺されたのか!?」


それまで一言も発さずに

わたしの話を聞いていた彼は

立ち上がり、大声を上げた。


「おや、そんなに驚くところかな

予想が出来そうな話の流れだと

わたしは思ったのだが……」


なにも意外性を持たせたかった

という訳では無いのだがしかし

こうも驚かれるのは意外だった。



ひょっとしたら語りの才能が

あるのではと可能性が浮かぶ

これは何かに活かせないだろうか

そうだ例えば……


「……それで?」


「おっとすまない、やってしまった

この悪い癖は治らないものだな」


直ぐに本筋を逸れて話を見失うのは

もはや死ぬまで治らないのではないか

とさえ思えるほど、進歩の無い悪癖だ。


「それで、その、話の……続き……は

聞いても良い……んだよな?」


「あぁ、もちろん構わないよ

というかむしろ沢山聞いてくれ

今わたしはとても楽しいんだ」


そう答えると彼は`そうか`と

複雑そうな曖昧な返事をして

再び話を聞く姿勢に戻った。


「襲撃者達……いや、元同僚達だな

彼らの手口は実に鮮やかだったよ


言ったな、死者はただの2名だと

なんと怪我人も誰も出ていないんだ


昼間の、警備のど真ん中を

堂々と抜けてきたというのに

ただの1度の交戦もありはしなかった


その理由、キミにわかるかな?」


わたしは今度は自分から話しかけた

さっきのでもう一人語りの雰囲気では

なくなってしまったと判断したからだ。


というかやはり生の反応がほしい

相槌も反応も何もなしではやはり

とても物足りないなと思ったのだ。


質問を振られたことで彼は

一瞬驚いた様子を見せたが

すぐにこう答えた。


「見せしめにしたのか

目撃者をあえて増やして」


あまりにすんなり正解を答えるので

いや、彼ならそういうだろうと踏んで

あえて聞いたことだったのだが。


ちょっとばかり悔しかった。


「存在を知られてはならない

影の部隊だというのにか?」


だからわたし意地悪を

してやろうと思い付いた。



「顔隠して身体より大きい外套被って

なおかつ何も喋らずに襲えば問題無い


何も知らぬ者にはそれで十分だし

襲撃の理由を知るものは口を噤む」


「……なんだ、悔しいぞわたしは

もう少し悩んでくれても良いのに」


「なら聞くな」

「キミは悪い男だな……」


彼の答えたのはまたしても正解だ

そもそも存在自体知られていない

王の懐刀だ、例え姿を見られても

偽装や変装をすればそれで良い。


というネタばらしが出来ず

やや不満は残りはするが

仕方ない。


「……話を戻そう


襲撃の理由は明確には知らない

完璧な証拠隠滅が計られていてな


入隊……その話は後でするが

とにかく隊に入ったあとも

探ることは出来なかった


もちろんそれが理由で

部隊に入ったなどという

ありきたりな話ではない


……あー、そうだな


クリム、何処から話せば良いか

全くわからなくなってしまったぞ」


1度話が逸れてしまったわたしが

軌道修正できるかは完全に運だが

今回はその悪い方を引き当てた。


何せ話の質量が大きいので

わたしには扱いきれないのだ。


困ったな、これではクリムに

呆れられてしまうじゃないか


と思ったのだが。


「別に好きに話せばいいさ

なんでも自由に話してくれ」


彼はそう言ってくれた。


「うん?そうか?……なんだか照れるな」

「照れた時はそんな顔をするのかあんた」


「どういう顔をしているんだ?」

「説明できる気がしない、パス

それより1個気になった事がある」


「なんだどうした、言ってみろ

可能な限り答えてやるぞ?うん?」


彼の方から質問が来るなんて

願ったり叶ったりというべきか?


わたしのことを知ってもらいたい

という欲求にとても相応しいハナシだ。


「その、あんたの一人称なんだが

`トゥラ`から`わたし`に変わったな


何故だ?」


「……」


そういえばそうだ、変わっている

いつの間にかどの段階からか不明だが

確かに変化している、確実に。


「自覚なしか、いやいい忘れてくれ

余計なことを聞いた忘れてくれ」


「待ってくれ今考える、時間をくれ

言ったろう?可能な限り答えると


可不可を決めるのはわたしだ

わたしはまだ結論を出してない」


そして


思考


熟考


悩み、停滞、進み


また立ち止まり


1歩進み


そんなはずはないと

再び振り出しに戻り


でも結末は同じだった


何度もそれを繰り返して


やがて答えが出た。


なぜトゥラの話し方が変わったか

自分の名前を呼ばなくなったのか

その答えにたどり着いたそして


言った。


「キミに惚れているからだ」


「……あ?」


「不思議なんだよクリムウェイド

何度考えてもそこに行き着くんだ


根拠を説明しろと言われれば

わたしの口は動かないが


でもね、これが答えなんだよ

まったく人の心は不思議だな?


わたしが`わたし`であるのは

トゥラという自称ではなくて


かつて捨てた本当の名前

ジェイミィ=ライオネル


つまりこの`わたし`が

キミに惚れているからなんだ」


「……………………

……………………


……あ?」


今度は向こうの魂が

抜けてしまっていた。

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