それではまるで、キミのその言い方は
私は、床に深々と突き刺さった短刀の
黒く光るその刀身から目を離せなかった。
凶器を隠し持っていることを
見落としてしまったからではない
`武装を放棄する`という行為が、
とても信じられなかったからだ。
これも私を油断させて、確実に命を
刈り取るための算段なんじゃないか
という考えが頭に浮かんでくる。
もうひとつ武器を潜ませていて
そちらを使うつもりなのではないかと
しかし
`俺、あんたに死んでほしくないよ`
今まで見てきたどんな顔とも違う
屈託のない暖かいあの表情と言葉を
とても偽りだとは思えなかった。
どう、なんて、反応していいやら
殺されることは無いと喜ぶべきか?
キミは何を考えているんだと叫ぶべきか?
そもそも私は生に執着はしてない
この証を残すという行為のためなら
死んでも後悔はないと思っていたんだ。
なのに、なんなのだこの気持ちは
まったく喜ぶ気持ちにはなれない。
その理由に辿り着くことが出来ないまま
思考の渦だけがイタズラに広がっていく。
そうしてどれくらい時が経ったか
数えるのも忘れ始めていた頃になって
この場を支配している静寂を破ったのは
彼の方だった。
「あんた、本当に死ぬのか」
変えようのない事実であることは
彼自身がよく分かっているはずだ、
なのにその問いをする意味が
私には考えても分からなかった。
「そう遠くはないうちに必ず」
「なにか手立てはなかったのか」
「もしあったなら私の手には今頃
どこかのクズの命が握られているよ」
「もう諦めてしまったのか
だからあんたはこんな機械を」
「本来の寿命を大幅に削って
血眼で生きる方法を探し回った結果
辿り着いたのがその機械だよ」
しつこく、実にしぶとく
何度も似たような問い掛けを
してくる彼を理解出来なかった。
けど、それは
「どうして……」
俯き、震えた声で、喉の奥から
辛うじて外に出た彼の言葉を聞いて
私はようやく分かったんだ。
「……どうしてあんたなんだ!」
そういう事か、そうだったのか
キミはまだ認められてないんだな
私が死んでしまうという事実を。
考えてみればなんてことは無い
彼が自分で言っていたじゃないか
`あんたに死んで欲しくないよ`と
ハッキリと意思表示してたじゃないか。
私はつくづく鈍い女だな
これだからこの死の瀬戸際まで
男のひとりも作れないんだぞ。
「キミは良い奴だ」
私はそう言って笑ってやったんだ
そうだよ、とても素敵な男だよ彼は
「トゥラには死んでほしくないんだ
生きてなくちゃ駄目な人間だあんたは」
`生きていて欲しい`そんなこと
初めて言われた、とても嬉しい。
そして、もうひとつ分かったことがある
クリムウェイド、クリム……が私を
殺すことは出来ないと告白したあの時
この心の中にあった釈然としないモノ
その正体が判明した。
「クリム、それは私も同じだ」
「……何の話だ、それにその呼び方はーー」
私は早口で話出そうとする彼を
サッと手を挙げることで制して
己の心と答え合わせをするように
ゆっくりと話し出した。
「クリムは`隊長`に与えらた仕事を
放棄してしまったわけだろう?
そうなればそれは裏切りに他ならない
キミはこの後どうするつもりだった?
白指部隊の副隊長の殺害という非常に
重大な任務を失敗したと報告するか?
……下手をすればキミが葬られてしまうぞ」
俺の存在は`隊長`しか知らない
彼は確かにそう言った、ならば
例え親しくとも任務を捨てるような奴を
王の白い指 隊長は決して生かしておかない。
逃げても無駄だ、必ず見つかる
我々の追跡からは逃れられない
私はキミが死ぬのは嫌だったんだ
その可能性を考えてしまったから
あの時、私は喜べなかったんだ。
私の質問に彼は即座に答えた
「始末したと報告をする
証拠も念入りに捏造する」
「……そうか、恐らくクリムは
完璧に証拠を作り上げるだろうな
しかし目を逸らしているな
トゥラの動向がこんなにも早く
`隊長`の元へと伝わった理由から
間違いなく監視が付いているはずだ
となれば死体を確認しにくるだろう
たとえどのように痕跡を消しても
生きた人間を消すことは不可能だ
という事をトゥラは良く知っている」
「代わりの死体を用意する
見た目のそっくりな奴を」
何度彼の案を挫いたとしても
折れることなく次の策を提示してくる
それだけ私を生存させたいということだ。
受け入れてしまいたい気持ちはある
しかしそれでは結局、解決しないのた。
「それでもし仮に上手くいっても
トゥラはやがて病でこの世を去る
その亡骸を見つけられたら?
死因がキミの手によるものでなく
ただの病死だと明らかになれば
キミの命運は尽きてしまうぞ」
「そうなる前に処理をする」
どこまでもどこまでも彼は
諦めることなく反論してくる
その姿は駄々をこねる子供のように
なりふり構わずといった様子だった。
「クリムが`隊長`の目を盗んで
ここに来れる保証がどこにある
いつ死んだのかなんて分かるのか?
トゥラに付いている優秀な監視の目を
かいくぐれると断言出来るのか?」
「イザとなれば全てを敵に回し
立ち塞がる障害を払い除けよう」
ここまで数度のやり取りを通して
私は確信した、彼は本気であると。
淀みのない真っ直ぐな覚悟のうえで
心の底からの本音を語っているのだと
正気とは思えない発言の数々は全て
真実であるのだと、確信した。
だからそこ疑問が湧いた。
「どうしてそこまで言えるんだ
クリム、キミは一体どうして」
そうだ、そもそもおかしいのだ
彼が私にそこまでしてくれる
理由などないはずなのだ。
だと言うのにクリムの言動は
明らかに何かの信念に基づいた物だ
とても譲れない事情があるのではと
私はそう思い、聞いたのだが
「あの人、よくあんたの話を俺にしてた
`我が部隊の副隊長は凄いんだぞ`と
まるで自分の娘みたいに何度も何度も
口を開けばあんたの話をしていた」
彼の口は予想を遥かに上回る速度で
そして恐ろしく理解し難い内容を
語り始めたのだ。
「ま、まて……何の話だ……?」
なんだと?彼は今なんと言ったんだ?
分からない聞き間違いだ何かの間違いだ
あの冷徹無比な`隊長`がそんなことを
言ったりやったりするはずが無い。
人を殺すのに躊躇がなくて
与えられた任務は必ずこなして
現地で動けなくなった仲間がいれば
迷うことなく自ら首を跳ね飛ばして
仕事に必要ない一切の会話もなく
情も愛も慈悲も憎悪も怒りも
まるで見せることは無かった
あの人が?私を?娘のように?
戸惑い掻き乱された思考を
まとめる猶予すら与えられず
彼は話を続けていく。
「俺はあんたのことを知っていた
あれだけしつこく何度も聞けば
例え嫌でも知識が増えていく」
「明らかに動揺しているトゥラを
完全に無視して話を続けるのか?
少し頭を整理させて貰えないか
このままでは何も耳に入らない」
「断る
それに話はもうすぐ終わる
そのくらい我慢してくれ
1回しか言わないつもりなんだ
聞き逃されては困るからな」
「聞き逃されて困るのなら
ひと呼吸置くべきだと思うが」
実に合理的な案だと思うが
クリムウェイドという男にはどうやら
聞く耳の持ち合わせは無いようで
話はせき止められることなく
溢れた川の水のように留まらない。
「`隊長`から聞かされ続けていく内に
俺の中で形成されたあんたの人物像
顔すら見た事がないというのに
その姿はとても鮮明な物だったよ
俺の立場上`隊長`以外の
人間と関われないんだ
……それなのに
分かるか?会えない、会ったこともない
そんな女の話を何度も聞かされる気持ちが
あんたに分かるか?」
「……さぞ鬱陶しいだろうな」
「違う、ぜんぜん全く違う
俺はやがてこう思うようになった
会いたい、顔を見てみたい
言葉を交わしてみたい……と」
「お、おい、待ってくれ頼む
その……その言い方ではまるで」
その、そう考えるのは
そう願うの気持ちはまるでーー
「あの閉じた扉の向こう側で
あんたの声を初めて聞いた時
俺は、今度こそ本当に
あんたを愛してしまった
生きていてもらいたい理由は
ただそれだけ、たったひとつだけだ」
「愛の告白……そのものじゃ……ないか」
「良かった、ちゃんと伝わったな」
私の小さな頭の処理能力は
まさに今、限界を迎えるのだった。
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