それは王の白い指と呼ばれる部隊の話

`白指部隊`


 それは王の白い指と呼ばれる

この国の王が抱える懐刀達で

ありとあらゆる汚れた仕事をこなす

聖人とは程遠い血にまみれた国の暗部だ。


 その存在を知るのは国王ただ1人

歴史書のどこにも記されることは無い。


 そんな部隊の副隊長だった私は

治しようのない死の病に侵されて

`せめて最後は穏やかに死にたい`


そうやって`隊長`に申し出て

白指部隊から抜けたのだったが……


「……やはり、この思い付きは

無謀が過ぎたということか

伝えてはならい、葬るべき秘密を

数え切れないほど知っている私が……」


私はチラと`記録媒体`に目をやって言った


「こんなものを買って使っていれば

穏やかに死ぬことも出来なくなる

どんな馬鹿にでも分かる理屈だな」


「分かったうえで、だったのか

望みは叶わないと知ったうえで」


 そもそも部隊を抜けられたこと事態

状況からすれば奇跡に近いぐらいだ

例えこちらにその気がなくても

情報の秘匿の為に私を殺すだろう。


 普通に考えれば何もせず

ただ人として死ぬのが最も

穏やかに済む方法なのは明白だ。


「……けれどね、トゥラはそうしなかった

自分が抱いた欲望に素直に従ったんだ


私はどうしても`トゥラ`という人間が

この世に生きていたという証明がしたい

その為に命を落とすことになっても、

いずれは尽きる灯火なのだからな」


「死んでも構わないと?」

「ああ、そうだ死んでもだ」


 この私がこれまでの人生で

してきたことを考えればそれは

あまりに都合の良い願いだけれど。


「最期くらいは自分勝手でいたかった」


それは誰にも語ったことのない本音だった。


 既に録音機械は彼に止められているから

`生きた証を残す`行為ですらないのに。


そして彼は、そんな私の

狂気にすら近い本音を聞き言った。


「……俺にはとても理解できない

頭がどうかしてるんじゃないのか

命より優先すべきことなのか?


もし仮にそれが無事に収録されて

世の中に出回ったのだとしても

必ず回収されて破壊される」


「そこを解決する方法は

後で考えるつもりだった」

「……無計画女」


「おや、今更気がついたのかな?」


 そう言って私は大袈裟に笑ってみせた

まるで彼が`隊長`の放った刺客であると

判明する前と同じように明るく。


 そんな私の振る舞いを彼は

表情ひとつ変えずに黙って見ている

注意深くこちらの動きを伺う姿勢だ。


 彼の立ち姿はごく自然な物だが

付け入る隙など微塵もないほど

研ぎ澄まされている。


「そんなに警戒しなくても良いのだがね」

「どの口が言うんだ、白指 元副隊長

隙を見せたら俺をとるつもりだろうが」


 こちらは病に侵され死にかけている

だと言うのに彼は一切の油断をしない。


 相当な使い手だということが伺える

このトゥラも随分と衰えたものだ

コレを素人だなどと勘違いするなど。


 しかし、なればこそこのトゥラの頭には

ひとつの大きな疑問が浮かぶことになる。


「……そこまで警戒をするのなら

有無を言わさず不意討ちすれば

良かったのではないかな?」


 いくらあの時の私が好奇心に抗えず

部屋の中に招き入れてしまったとはいえ


 彼が自分から正体を明かすまでは

私に一切殺気を感知させない技量を持ち

病人だからと気を緩めたりしない

`隊長`が刺客として選ぶ程の手練だ。


だからこそ


 今起きている全てのことが

私には不可解極まりなかった。


「トゥラは正直完全に油断していた

キミのことは本当に一般人だと思っていた

きっといつでも殺れたはずだ」


「……そんな隙は無かった」

「嘘をつくなよ、信じないぞ」


 彼の主張、そして身の上と行動

その全てがまるで噛み合ってない


 私に正体を明かすメリットは?

私の話を聞いていた理由は?

なぜ不意討ちを仕掛けなかったのか?


 その全てが`その隙が無かった`

の一言で済ませられる内容では無い。


「もしその言葉が真実だとしたら

キミを選んだ`隊長`の目が節穴だった

という事になる、それは有り得ない」


 人生の大半を過ごした部隊の`隊長`

つまり最も王に信頼されている人間がだ。


個人的な問題ならいざしらず、

`国の根幹を揺るがす秘密を持った

私を確実に始末する`という役割を

担うに相応しい人材は誰であるのか。


 `隊長が`その人選を間違えるはずがない

私の力量を見誤るはずがないんだ。


「何がなんでも話してもらうぞ

命よりも好奇心を優先する女が

気になったことだ、諦めるものか」


思い返してみれば彼の言動は

おかしなところだらけなのだから

いくら刺客とて誤魔化しきれまい。


 これから殺そうという相手と

会話を交わすなど普通は有り得ない

いくら命じられたからといっても

実際に手を下す彼は人間なのだ


 下手に接触して決意がにぶらぬよう

刃を突き立てる予定の者と口をきくのは

禁じられた行為だと彼が知らぬはずがない


「人目の着く場所でもあるまいし

わざわざ言葉を交わす必要はない


任務以外の意図があったのは

火を見るよりも明らか

……というものだろう?」


「……」


 もう彼には言い返す余地もなく

否定も肯定も口にすることは無かった

せめてもの抵抗というやつだ、きっと。


 そういえば今のこのやり取りは

私の`計画性の無さ`について彼が

指摘してきた時に、良く似ている。


 案外似た者同士なのかもしれない

冷徹に対象を排除する人間であれば

こんなことは起こりえないのだから。


 私の問いかけに答えることなく

現状維持のまま、しばしの時が流れた。


 こんな人の気持ちや感情に疎い

私でも分かるほど彼は悩み葛藤していた。


 思考を妨げてはいけないと思い

私は長い長い沈黙を守り続けたが


やがて


 彼はぽつりぽつりと小さく

か細いながら芯のある声で

抵抗するかのように話し出した。


「俺の……俺の、名前は……クリムウェイド」


 1度の息継ぎを挟んで彼は

クリムウェイドと名乗った男は

瞳に籠る光を強めてこう続けた。


「俺は、白指部隊の元副隊長トゥラが

重大な秘密を漏洩する恐れあり

即刻始末されたし……と


お前のよく知る`隊長`に直接

顔を突き合わせた状態で命じられた」


 それはまるで幼児に話して

聞かせる紙芝居の様な話し方だった。


「俺のことは`隊長`しか知らない

つまりオウサマも同様という意味だ


分かりやすくいえばこの俺は

王の白い指部隊を始末する係だ


裏切り者や邪魔者を消すお前達は

追跡や隠蔽、あらゆる裏工作の職人で

多くの表沙汰には出来ない事情に通じてる


そんな危ない部隊の中から万が一

裏切り者が出た時の保険、だった」


 ひとことひとこと噛み締めるように

道を遠回りして目的地へと向かうように

未だ続く葛藤の匂いを漂わせながら

今回の件の全貌を話していく。


 なぜ話してくれる気になったのか

それもわざわざ、丁寧に初めから

私の望んだ内容以上のモノをあえて。


……という疑問は解決しないが

今はただ黙って話を聞いていよう。


「トゥラはそう簡単に殺れる相手じゃない

さっきお前は`不意討ちでもすれば良い`

俺にそうやって言ったな


でも、俺は無理だと判断した

闇討ちするにはリスクが高いと


……`隊長`はお前の倒し方について

俺にやり方を任せてくれていた


だから、あえて気配を悟らせて

殺気は見せずに接近しようと

そう計画して実行したんだ」


 彼が明かした私を討つ策は

ものの見事に成功していたと言える。


 トゥラという女はまんまと術中に嵌り

物音と気配を立てる彼への警戒を解き

もし何か仕掛けてきても対処可能だと

そう思い込まされていた。


 もし彼が突然襲いかかってきたなら

これほどの気配を漂わせる者が相手なら

ほんの少しの油断でも致命的となる。


 私が対応に一瞬遅れるのは確定

あとは彼の備えが万全であれば

その小さな綻びを逃すことなく

私を打ち仕留められただろう。


「……いい作戦だ、もしトゥラが

キミの立場で同じように名を受け

この私を殺せと言われても

きっと似た手段を取るだろう」


 私という人間をよく知ったうえで、

決して油断をしなかったが故の必殺の策だ。


「まさしく絶対成功する方法 だった」


だった


 その言葉には力が込められていた

悩み抜いた末に出した結論のように

全てを振り絞ったかのような言い方だ。


 それはどういうことなのかと

思わず聞きそうになるのを堪えて

私は彼が再び喋り出すのを待った。


 また長いことかかるかと思ったが

意外にもその時は直ぐに訪れた。


「もう、どうするか結論は出てる

でもこれを口に出したら俺は


己の存在意義を否定することになる

身寄りのなかった俺の面倒を見てくれて

生きる意味を与えてくれた`隊長`を

裏切る行為に他ならないからだ」


それはつまり


「結論を言わせてもらう」


もう答えを言ったも同然だ


「俺の生きる意味、与えられた指示

あの人への恩、そして完璧な計画


ありとあらゆる背中を押す要因が

俺の背後にはあったにも関わらず


この俺という人間は、

ついに最後の最後まで


もう放っておいても確実に死ぬ

`トゥラ`というひとりの女の願いを


踏みにじる決意は出来なかったんだ」


 彼はそう言い切ると同時に

いつの間にか手に握っていた

闇夜のように黒い短刀を

木の床の上へと放り投げた。


「俺、あんたに死んでほしくないよ」


 悲痛な叫びのようにそういった彼の顔には

穢れを知らない無垢な子供のような表情が


浮かんでいるのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る