放たれ、到達した短刀は喉元に


 山奥にひっそりと建つ小屋とはいえ

客人をもてなす広さぐらいはあるのだ。


 寝ている事が増えた私が

使わなくなって久しい椅子に

男には座ってもらっている。


 そして何をしているかと言うと

ただの寂しい独り言に過ぎなかった

私の語りには、生きた人間が観客として

添えられているのだった。


もっとも


「つまり、生きた軌跡をその機械に話して

聞かせることが`証`とやらにすると

……そういうことか」


 観客と呼ぶには少々

直接の反応があり過ぎるが。


「そうだよその通りだ

要約してくれて助かるよ、

このトゥラはどうも話を纏める

だとかいう作業が大の苦手なんだ」


 しかしそれでも、私にとっては

自分でも意外な程に楽しかった。


 やはり生きた人間に話せるのは

ただ物言わぬ録音機械に向かって

喋りかけるよりも良いものだ。


「それで、どこまで話したかな」

「現状について軽く説明しただけだ」


「おぉそうかそうか、まだそこか

じゃあまずは子供の頃から話すとするか


とはいえ、何を言うのかなど

全く決まってはいないんだがな

考え無しに話し始める悪癖が……」

「なぁ、また話題が逸れているぞ」


「ん?おや、これはすまない

そうだなトゥラが3歳の時の事だ」


「ヤケに遡るんだな」

「おや?不満かな?」


 流石にスタート地点が遠すぎたか

と案じたがどうやらそうでは無いらしい

男は歯切れの悪い感じでこう言った。


「いや、ただ……なんと言うか……

俺の素性とかそういうことは

追求したりしないのか」


 どうやら私があまりにもすんなり

自分の事を部屋の中に入れたこと

更に身の上話を聞かせ始めたことに

引っ掛かりを覚えているようだ。


「それならさっきキミ自身が

`迷って偶然ここを見つけた`

そう言っていたじゃないか」


「とてつもないお人好しなのか

それともタダの平和ボケ女なのか

判断しかねるな」


「どっちみち尽きる命なんだ

例えキミが強盗でも構わないさ」

「……そういうことか、悪い」


 もちろん、そうは言ったけれど

もし本当に私に危害を加えてくるなら

大人しく殺される気は毛頭無いのだが。


 私はこんな状態になったとしても

素人にやられる女では無いのだから。


「……おっと、またしても脱線だ

いっこうに話が進んでいかないな」

「俺が居るせいじゃないか」


「いや、案外そうでも無いのだよ

1人の時もコレと大して変わらない」


「それは、その、こう言ったら悪いが

後世に残す記録としてどうなんだ?

整理してからやるべきじゃないのか?」


 至極真っ当な指摘を受けてしまった

僅かさえ反論の余地のない完璧な意見だ。


 間違いを指摘されたからと言って

気分を害したりなどはしないが

私には懸念点が生まれた、それは


「今のも記録されてしまったのか……」


 私の破綻した計画を正す者の声が

現在も録音され続けているという点だった。


「なんだか恥ずかしいぞ」

「行き当たりばったりなんだな」


「昔から計画を建てて先を見通して

行動する人間では無かった」

「厄介事の多そうな性格だ」


「すごいな、当たりだ」

「見てれば誰にでも分かる」


 照れくさそうに顔を逸らす彼だが

その言葉が当てはまる場合の方が

少ないことを私は知っている。


「いや、そうでもないさ

人の事が理解出来ない者は

少なからず居るものだよ」


そう言いながら頭に思い浮かぶのは

自らの利益にしか興味のない着飾った豚の

実におぞましい言動の数々だった。


 皆、相手をおもいやる心など

死肉を啄む鳥にでも喰わせた

生きる価値のない連中だったな


と、今では遠い昔となった

過去の生業の出来事が

呼び覚まされていく。


すると


「具体例がありそうな言い方だ」


 この男はどうやら私の発言の

裏側を汲み取ってしまったらしい。


「……驚いたな、それもまた正解だ

キミは洞察力に優れているな」

「大袈裟に言ってくれるな、照れる」


 ひょっとすると彼はかなりの

器なのではないか、という気がしてきた。


「このトゥラにもその特技があれば

いくらか苦労を減らせただろうに

神とやらも意地が悪いものだ」


 私はどうもその手の裏を読む力

特に人の心を把握するのが下手で

勘に頼って生き抜いてきたくらいだ。


 だから彼のような能力があれば

もう少し違った今があったのではと

思ってしまうのも仕方ないだろう。


 正直、この時の私は彼に

若干の羨ましさを感じていて

それ故の発言だったのだが


「……そうでもないさ」


 当の彼本人はあまり

嬉しそうでは無かった。


 無神経にも私は、彼の抱える問題を

土足で踏み荒らしてしまったのではと

己の安易な発言を悔いたのだが、


 事態はそれよりもっと

複雑な模様をしていた。


「時には愚か者であった方が良い事も

この世の中にはあるのは、トゥラ


お前も分かっているだろう?」


……いくら私が鈍いからとはいえ

彼の言葉がそのままの意味ではなくて

含まれた別の意図があるのは理解した。


`お前も分かっているだろう?`


 だなんて随分とおかしな言い方をする

まるで私のことを知っているかのような。


 突然何を言い出すのか?

だなんて言い挟む間もなく

男は更に話を続けた。


「知らない方が良いことや

気が付いてはいけないこと


そして`明かしてはならないこと`

それがこの世の中にはあるのは

……お前はよく理解してるはずだ」


 そう言いながら彼は棚の上に置かれた

例の`記録媒体`の元に歩いていき

カチッ……とそこ電源を落とした。


 このトゥラは、彼の行動の意図を

今すぐ問いつめるべきだというのに

彼の、その身に纏う気配の変化に戸惑い

何も言えずにいた。


 この身体が生気に満ちていた頃に

よく味わった、この空気感は

トゥラの生きた歴史の大半を占める

日常で頻繁に味わっていたこの感覚は


 おおよそ太陽の光の元で清く正しく

当たり前に生きていれば身につかない

闇に生きる人間から漂う気配だった。


そう、私と同じように。


 私も、まともでは無い生き方を

まともでない環境でしてきたから


だから分かる

分かってしまった。


 あれほどまでに気配がダダ漏れで

不用心に物音まで立てていたから私は

`その可能性`を排除したが、それは

それは大きな間違いだったようだ。


「大人しくしていればお前は

寿命まで穏やかに過ごせた


……生きた証を残そうなどと

こんな機械を買うだなんてこと

`隊長`は許さなかったんだ


白指部隊 元副隊長 トゥラ

つまりお前を、殺害せよと


命じられてしまった」


 およそ温度の感じられない声音で

目の前の男は、そう私に告げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る