トゥラの消えかけた命の灯火

ぽえーひろーん_(_っ・ω・)っヌーン

有り金はたいての好奇心、何を呼ぶ?


「……何から話そうか、迷うな」


 寝室のベッドに横たわったままの状態で

なにかに語りかけるようにして話し始める。

その相手はもちろん人間に、などではなく

音声を記録しておける媒体に……だった。


 ここは町外れの深い森の中

ぽつんと建ってる小さな木の小屋だ。


 病に犯されボロボロの身体でありながら

既に、余命幾ばくもないこの私の意識を

形に残しておきたいという突発的な衝動。


 そのために有り金の大半をはたいて

最新の技術の集まった、この`録音装置`を

治療の為の貯金を崩してまで買ったのだ。


 なんて馬鹿なことを!と、人は言うだろう

しかし私にとって命の長さは重要ではない

もう終わりの見えたものを引き伸ばす事は

それ即ち愚行であると、私は捉えている。


 そんなことよりも大事なことがある

風前の灯に薪をくべる様な真似ではなく

もっと大切な、私の存在を残すということ。

誰にも聞かれなくたって構うものか

これは、自身の記録なのだから。


 何を話そうかと思っても止まっていたが

このままずっと口を開かない訳にもいかない

……とりあえずはら自己紹介から始めよう。


「まず、声の主の名前は`トゥラ`という

これは、親から貰ったものではないんだ。

元の名前がどうしても気に入らなくて

勝手に自分でつけてしまった名前さ」


 枕を頭の後ろに感じ、天井を見上げながら

さっそく誰にも言ったことのない名前の話を

王国の最新鋭の技術に向けて喋っていく。


「トゥラは、こんな話し方だが女だ

ちなみに、絶世の美女だという事実を

何よりも先に述べておくとしよう


髪は珍しくもない金色で

女にしては少々短いくらいだ

顔立ちは……わからん、説明できん」


 初めのうちは抵抗感は否めなかったが

こうしてみると案外新鮮で楽しいものだな

だんだんと気分が乗ってきたのを感じる。


 僅かにあった緊張の気持ちは

霧が払われたように消え去っていた。


 前置きはこの辺にして、本題に入ろう

1番重大な話は取っておかない主義なのだ。

私が療養を捨ててまでやりたかった事

その根幹となる話に移ろう。


「トゥラは不治の病に侵されている

延命措置しか手の施しようのない病

病名は忘れた、長ったらしいやつだったな」


 前置きなどは一切挟むことをせずに

元から聞かせるためのものではないので

あくまで自分のペースで話を進めていく。


「トゥラには残念なことに伴侶はいない

まったく男っ気のない人生だったからな

仕事も……いや、職のことはいいか


とにかく死の淵を見届けてくれるような

愛すべき相手は見つけられなかったんだ

もう少し積極的に行くべきだったろうか?

せっかくの美貌なのに、惜しいことをした」


 まだまだ先の人生は長いものとばかり

あの頃の私は信じて疑いもしなかったから

その手のことは後回しにしてきたのだ。


「まったくもって、惜しいことをした

男を知らずに死ぬのは女として恥だな

いっそ誰か抱いてくれないだろうか?」


ガタッ……


「……もっともその辺の男などでは

トゥラの相手に、釣り合わないと思うがな」


 今の物音、この私は聞き逃さなかった

閉じた木の扉の向こう側で気配がした

慌てるような、動揺するような気配だ。


 病の床に伏せる前にしていた職業の関係上

どうしてもそういうのには敏感なのだ。


 耳がいいとか、五感が優れているとか

そういえば評判が良かったなと思い出す。

放っておこうか?とも思いはしたが

もしかしたら、万が一という可能性がある。


 いったん探りを入れてみるとしようか

どう反応がくるか、ためしてみよう。



「そうそう、話が少し男の方に脱線したな

つい横道に逸れてしまうのは悪い癖だな


トゥラという女は昔からそうなんだ

ほんの、ちょっとした事が原因で

`向こう側`に気が逸れてしまう」


 この距離、隔たりからでも伝わってきた

明らかな動揺を確実に感じとれたのだ

そして私は、その事にひどく安心した

`最悪の可能性`ではないと安堵したからだ。


 張りつめた空気が緩んでいく

戦闘態勢を一気に解いていく

これはそういう相手ではないのだから

人殺しのスイッチを入れる必要は無い

ただの素人だ、恐る心配はまるでない。


 では探り当てたものが何であるのか?

この私は気になって仕方がなかった。


「もう隠れているのはバレているんだ

もし良かったら出てきてくれないか?」


 仮に素人だとわかったのだとしても

この提案は褒められたものではなかった

でも、それでも追い返す選択肢はない。


 こんな人里外れた山奥の隠れ家に

どんな奴が、何の用があってきたのか?

死の際にいても好奇心は衰えていない。


 私は素直に本心を語ることにした

扉の向こうで葛藤している人間に対して

今しがた記録媒体に向けて話していた様に

心の底の本当の気持ちを、さらけ出した。


「なにも取って食おうとは言わない

トゥラは君に会ってみたいと思った

どんな人間なのか?それに興味がある


鍵はかかっていない、押し扉だ

開けて入ってきてはくれないか?」


 こんなふうにお願いをするのはきっと

除隊させてくれと隊長に言った時以来だ

広い世界を見たいからと、頼んだ以来。


 結局、ろくに世界を見て回るも前に

それまでの無茶が祟ってか体を壊して

このザマになっているのだけれど。


 私の久しぶりの心からのおねがい

見ず知らずの他人に向けた本心は切だった


 だから、この絶好の機会かもしれない

有り得るかもしれない可能性に対して

飛びついてしまった自分を責められない。

`孤独ではなくなるかもしれない`

という可能性について。



 いつまでたっても返事は返ってこない

迷っているかのような気配だけはしている

ただその時を待つことは、出来なかった。


「会ってもらえないだろうか?

こんなお願いは急だとは思うがーー」


ギィッ


 私が話終わるよりも前に事態は動いた

扉は鈍い音と共に開け放たれて、影を作る。

そうして現れたのは、1人の`男`だった。


 ひっそりと死んでいくだけだった

孤独に見捨てられて、見放された私の人生は

命の先約を捨てた愚かな衝動的な行動により


変化が、訪れた。


 私と同じ歳くらいの一般人の男は

ひどく懐疑的な目をこちらに向けたまま

その表情に似合う言い方と声でこう言った。


「ーー確かに、絶世の美女だ」



それは、甘い変革の瞬間だった。

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