第83話 それを愛と言うのかしら

 魔女の呪いにかかったとき、ネジは死というものを体感した。体中の魔力が暴走して、再生と破壊を繰り返した。その上、冒険者に追い回されて、ぼこぼこにされる始末。


 存在が消滅するかもしれない。


 寿命という概念がない。滅びという概念のないゴーレムにとって、死ぬというものを理解することは難しい。その一端いったんのぞくことができたのは間違いなかった。


 ただ、やはり、死には至らなかった。


 貯蔵ちょぞうしていた魔力の半分以上を失ったが、ネジの存在はまだここにある。魔女の目的はネジの死ではなく、ネジの身体だったようで、一部を奪ったら満足してそれ以上追って来なかった。


 身体が小さくなっているのは、実は、魔力が少なくなったことと関係がない。ガリバーは気づいていないようで、小さくなったことを心配しているが、ただの気分である。だが、おもしろいので、しばらく黙っていることにする。



「溶岩にあまり近寄るなよ。また落ちるぞ」


「落ちないよ。子供じゃないんだから」



 そう言われても、人間の成長というものはあまりわからない。ネジから見れば、まだまだ子供。目を離すと溶岩に落ちてしまうのではないかと心配だ。



「落ちはしないが」



 ネジが心配していると、ガリバーはにやりと笑って荷物をおろした。彼がこういう笑いをするときは何か悪戯いたずらを考えているときだが。



「溶岩の湯にははいりに来た」


「? どういうことだ?」



 ガリバーは、荷物の中から小瓶を取り出した。その中には淡い光が充満している。感じからすると魔力のようだが。


 

魔力装填術式具マジック・カートリッジ


「何だそれは?」


「魔力を貯めておく法具だよ」


「法具? なるほど。どうりで魔女くさいわけだ。サクヤが言っていたが、おまえ、魔女と親交があるらしいじゃないか。大丈夫か?」


「時間がてば、いろいろあるんだよ」


「そうか」



 それほど経っていないと思うが。人間はせわしなくていけない。ほんの少しの間に目まぐるしく変わってしまう。



「この魔力にサクヤ様のうろこの破片を入れて飲む」


「やだ、えっち」


「ちょっとサクヤ様は黙っていてくれ」


「えー、何でよ。だいたいあたしの魔力取り込んで大丈夫? また髪焦げちゃうよ、ぷふふ」


「だから、できるだけ魔力のない鱗の破片にしたんだ。ただ、それだと魔力が足りないから、この小瓶の中の魔力結晶でおぎなう。そうすれば火炎龍の火炎耐性を得て適度に魔人化できる。あと、髪はもう黒いから別にいい」


「そんな面倒くさいことするの? 大変ね、人間って」



 まったくだとネジも思う。そもそもそうまでして溶岩の湯に入る必要はない気がするのだが。確かにいろいろ変わったようだ。ガリバーの考えていることがいまいちわからない。


 ネジが悩んでいる内に、ガリバーは瓶から魔力をぐいと飲み干した。すると、次第に身体に影響が出始める。ぽこぽこと鱗が現れはじめ、頭に一本角が生えた。



「あら、お揃いね」


「くそ。やっぱり火炎龍の魔力は主張が強いな。翼までえて来そうだ」


「あ、生えてきたら、あたしとお空散歩しようよ。うふふ、ホオリがうらやましがるかしら」



 ガリバーの身体が魔人化したというのに、サクヤはいつも通りである。ネジの方は、気が気ではない。一度、サクヤの体液を取り入れて死にかけているのを見ているから。また、同じことにならないだろうか。


 しかし、ネジの心配をよそに、ガリバーは魔力を制御して、肉体の変化を抑え込んだ。知っていたときよりもずいぶんと魔力操作がうまくなったらしい。魔女の影響だとすると少しおもしろくない。



「さぁ、溶岩の湯だ」



 服を脱ぎ、湯船の縁に立ち、ガリバーは一つ息を吐いてから、勢いよく溶岩の湯に跳び込んだ。


 一瞬、どきっとする。彼が溶岩に落ちて、丸焦げになったところを目の前で見ているからだ。ネジが心配していると、ガリバーは、ぷはっと溶岩の赤から顔を出した。



「はぁ! 怖かった! でも、気持ちいい!」



 顔をぬぐって、ガリバーは湯船に背中を預けた。生えてきた尻尾が邪魔そうで少し難儀なんぎしていたが、いい塩梅あんばいをみつけたようだ。



「もう、跳び込まないでよ。かかったじゃない」


「わるい」



 サクヤが尻尾ではじいて、ガリバーに溶岩をかけ返す。やり返さないと気の済まないところが、相変わらず心が狭いとネジは呆れていたところ、ガリバーが手をひょいとあげる。



「先生も入りなよ」


「あぁ」



 ガリバーにうながされて、ネジは湯船に登った。この小さい身体では、こういう高いところに行くのに不便だが、ネジの場合、周囲の岩を操作して階段をつくれるのでそこまで困らない。


 溶岩の中に岩で椅子を造り、よいしょ、とネジは座る。



「はぁ」



 溶岩の湯。


 ねっとりと粘性のある赤黒い溶岩が、湯船の中でぐつぐつとえている。ところどころで火をいてあげており、すさまじい熱気が大気をがすようだ。圧倒的な熱量が、ネジの岩の身体表面を溶かし、じんわりと痛覚を刺激する。


 

「気持ちいいな、先生」


「そうだな」



 ふぅ、とネジとガリバーは二人して肩までかった。



「それにしても無茶をする。こうまでして溶岩の湯に入る必要なんてなかっただろ」


「まぁ、そうだけど。あれだよ、先生と一緒に風呂に入りたかったんだ」


「……そうか」



 ほんの少しの間に変わってしまった。ネジの身体も小さくなったし、森は燃えて灰になり、再び別の色で芽吹めぶいた。ガリバーもいろいろと変わってしまった。けれども、へへ、と照れくさそうに笑うその表情は、あの頃から何も変わらない。


 

「ガリバー、少し大きくなったな」


「先生ほどじゃないよ」


「また、来るといい」


「あぁ、今度は何か珍しい鉱石を土産みやげに持ってくるよ。もちろん呪いのかかっていないやつをね」


「それがいい」



 ネジは、人間が嫌いだ。

 

 うるさいし、臭いし、汚いし。いいところが何もない。ネジの好きな静寂をことごとく壊していく。


 だが、この騒々しさは嫌いじゃない。


 近頃、そう思うネジであった。

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おっさん冒険者と異世界秘湯巡り 最終章 @p_matsuge

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