小説。 決意。

木田りも

決意。


原案 合唱曲『決意』




涙が自然と溢れるというのはこういうことを言うのだろう。この場所から誰かがいなくなりまた誰かがやって来る。きっとそれは必然的なことであり、人生を送る上できっと普通のことなのであろう。日々が目まぐるしく変わる中、人々が懐かしいと思うものだけは意外と壊れず、耳や体に染み付いてる。


どこかで聞いたことのある音楽が聞こえた。

懐かしい音楽には、楽しさ、やるせなさ、そしてもう2度とやり直せない後悔が詰まりに詰まっている。


少し悲しいことがあった私は、今日も敢えて俯かないように歩いた。それは敢えて、である。俯いて歩いていると落ち込んでいるように見えるため、前を見て、出来るだけ周りの景色を見ようと努力しながら歩いているが、所詮それは嘘で塗り固めた行動で、落ち込んでいるのだ。最近、楽しいと思うことが減ってきた。ありきたりな生活と、変わらない毎日。学生の時は恋愛や部活や、それこそ毎日が常に変化があり、刺激的だった。それが今はどうだ。出来ない仕事をやらなければならず、失敗すると怒られる。こういうのを理不尽と言うのだろうが、こちらからは不満を出すのはダメだろう。だから我慢するしかない。それを刺激とは思えずただ自分を塞ぐことや、笑って陽気に見せることで対処していた。昔は有り余っていた時間が今は毎日を生きることで精一杯だ。こんな感じで人間はいつのまにか年老いていくんだろうなぁとまで感じる。本気で笑ったのはいつが最後だろう。

 久しぶりに、学生時代によく友達と行っていた商店街を歩いた。かなりお店が変わっていた。ラーメン屋は焼肉屋になり、お好み焼き屋は、潰れて、ゲームセンターは今はスポーツジムだ。

 懐かしい音楽が聞こえる。あれは「決意」。合唱曲としては有名な曲である。この音楽を聞くと、涙が自然と溢れる。すれ違う中学生たちが口ずさんでいた。私は振り返り、もうその曲のことなんて頭にないその学生たちを見た。先を歩いているあなた方に、私は人間としての生き方を学んでいる。不思議と私は昔を思い出していた。今と同じ、秋の空が高く、遠くにあった頃の青春。


 当時。僕は、人と話すことを避けていた。人に期待せず、自分で何事もこなしてやろうと。人が人を助けるのは偽善であり、誰も信用しない。そんな奴だった。だから友達なんてほとんどいない。僕に声をかけてくるのは、クラスの委員長くらいだった。委員長は誰にでも話しかけることができる才能を持っていた。その才能は僕からしてみれば関係ないが、羨ましいなと思っていた。他人というものを恐れの対象としてしか見てなかった僕にとって、他人に話しかける行為は最も遠い行動だったからだ。


 吹奏楽の音楽が聞こえてくる夏。グラウンドには野球部がいて、廊下にはランニングをするバトミントン部がいて、格技室からは、剣道部の声が聞こえてくる。夏はきっと、あっという間に、終わる。ランニングをする人たちが通り過ぎる。少しだけ生温い風。制汗剤の匂い。そのどれもが今は嗅ぐことが出来ず、戻ることもできないということは当時は考えもしなかった。最後の花火。夏が。


あっ。


 光を辿る。季節は秋になっていた。最後の合唱コンクール。私たちは、一つの曲を選択した。「決意」。私たちは、決意を選択した。合唱曲としては定番の『予感』や『COSMOS』などと、僅差で『決意』になったため、不満そうなクラスメートもいた。しかし、委員長が指揮者に立候補してからは、委員長がやるならまぁいいかと言わんばかりに、クラスがまとまりを見せた。


 練習は思ったよりハードだった。気持ちで歌うと言うが、気持ちで歌うってなんだ?というか気持ちで歌は上手くなるのか?委員長は実は、なかなか不器用だということを知り少しだけ親近感を感じた。ピアノの子と喧嘩ばかりしている。僕はそんなに苦労するなら辞めちゃえばいいのに、なんて考えていた。極力そういう嫌なことから僕は、避けてきていたので。委員長はお人好しなんだなぁとかそんなことまで考えていた。


 ある時、委員長とたまたま帰りが一緒になった。合唱の練習があまり進まず、お休みの日。みんなも少し解放されたような顔をしている。委員長は少しだけ落ち込んでいた。


「大丈夫?」

「ありがとう……」

「ねえ、そんなに苦労してるのになんで辞めないの?」

「え?」

「いや、なんで辞めないのかなぁって」

「んー、なんか、辞めても合唱はしなきゃいけないじゃん?理由はないけど僕が辞めたらそれこそみんな苦労するだろうなぁって」

「でも、そんなに苦しむんだったらさ」

「いいの、いいの。ありがとう」


 会話はそこまでしか覚えていないが、委員長の目は前を向いていた。次の日、委員長はやけにみんなと話していた。くだらないこと、世間話、普段教室の端にいる人にまで。そもそもそんなキャラだったがいつも以上だった。そして、指揮も変わった。人を見ている。元気な人により元気に、沈んでる人には、優しく穏やかに、どちらでもない人には、元気な人の影響を受けやすくするよう、朗らかに。明らかにクラスの空気が変わった。いける。これはいける。最後の合唱コンクール。間違いない。みんな確信を持った。そんな空気が風に乗って秋の高い空に呼応する。


 本番日。晴天。僕たちは歌い切った。とても楽しい合唱だった。息ぴったり。


 結果は……銀賞だった。そもそも歌が上手いクラスがあり、気持ちでは勝っていたと思うが、やはり完成度が違いすぎた。上には上がいると思い知らされた。銀賞はとても嬉しいもので認められた証拠だが、クラスのみんなは落ち込んでいた。委員長は変わらず笑顔でみんなに声をかけて銀賞の賞状を掲げ、写真を撮った。


 その日の帰り、委員長を見かけた。人気の少ないところで委員長はボロボロ泣いていた。彼が1番泣きたかったはずなのに、みんなの前では泣かなかった。僕は何て声をかけていいか分からず、そのまま帰った。次の日からも特に大きな変化はなく、いつも通りの日常が始まった。1日5〜6時間の授業。それを繰り返してるうちに、高校へ行き大学へ行き、社会人になった。その間、何もなかったわけではなく、青春も酸いも甘いもあったが、社会人になった今、振り返ってみると、思ったよりもあっという間に過ぎ去った。みんなは元気かな。僕は未だにあの時の委員長になんて声をかければ良かったのか考えている。


あっ。


 『決意』を口ずさむ中学生が通り過ぎる。


〜先を歩いていったあなたの後ろ姿に 人間としてのあるべき生き方を学ぶ 生き方を学ぶ 〜


私は、あの銀賞を取った時の合唱コンクールが人生で1番楽しかったと自信を持って言える。もしどこかで委員長に会ったら、たとえ背中を向けていても、そう伝えることに決めた。

 そして、僕はまたゆっくりと1歩を踏み出した。決意の1歩を。



おわり。




あとがき

私は合唱曲がとても好きだ。

理由は明白で、まっすぐ正直な曲が多いところだと思っている。告白で言えば、周りくどくなく、あなたが好きです。と言っているように私は感じる。そのような気持ちで今回、私はこの作品を書いた。社会人になり、以前にも増して他人に気を遣い、社会人としての行動が求められ、もう子供じゃないんだからという態度で周りに接していかなければならない。年下であることがこれからはきっともっと減っていき、縋れる場所も減っていく。そんな人間の生きづらさからは逃れられない。しかし、そのように生きていかなければならない。私はそう思う。そんな時、先を歩いていったあなたがいる。僕の生き方を変えてくれて、僕を見てくれて、私にとっての恩人がいて。多くの人に支えられた私が今度は次の世代を引っ張る。そう思うと、少しだけ頑張ろうと思えるようになるのだ。


「決意」はそんな曲だと私は解釈した。その決意が大人になることだと。二度と戻れない子供時代。それを懐かしむ。そんなきっかけになる作品になれば幸いです。


読んでくれた皆様に感謝します。

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