魔法詠唱文って1回で覚えられるわけないよ!

ちびまるフォイ

禁断の魔法

「君だけに特別な召喚魔法を教えてあげるピピン!」


「おお! 本当か!」


「よく聞くピピン。詠唱呪文はーー……」



ここまでが明確に覚えている記憶。


現代にあらわれた魔法妖精に詠唱呪文を教えてもらった。

その日はたしかに覚えていたのだけれど、魔法が使える嬉しさでおおはしゃぎした翌日。


「……魔法の詠唱呪文、なんだっけ」


寝て起きたら詠唱呪文は頭の中からどこかへ溶けて流れてしまった。


「なにかメモとか残ってないかなぁ」


長い詠唱呪文をいっぱつで覚えられるわけもないし、

銀行口座のパスワードのふせんで残すタイプの自分なので

魔法詠唱の呪文もなにか書き残していないかと部屋を探した。


「ないか……」


こういうときに限ってメモを残していない自分を呪った。

自分の教わった魔法が召喚魔法ではなく、呪い魔法だったら良かったのにと思った。


せっかく魔法を使えるようになったのに、

詠唱呪文を忘れたばっかりに使えないまま諦めるのは無理がある。


ネットで調べた「記憶思い出し屋」へと足を運んだ。


「いらっしゃい。私はどんな記憶でも思い出させてあげますよ」


「実は、召喚魔法を教わったものの詠唱呪文を忘れてしまって。なんとか思い出せませんか」


「やってみましょう。これからあなたの深層心理に問いかけます」


特別なお香がたかれて浅い眠りに入る。

思い出し屋は、寝ている自分になにか質問をしたりして記憶を引き出していた。


眠りから目が覚めるとすぐに思い出し屋へと結果を確認した。


「どうでした? 詠唱呪文わかりましたか?」


「そうですねぇ、実はいろいろと問題がありまして」


「問題?」


「あなたが思い出そうとしている呪文は難しい言葉が多く、

 深層心理から引っ張ろうにも使い慣れない言葉は引き出しづらいのです」


「つまり……失敗したってことですか」


「いいえ失敗はしていませんが、断片的にはなっています」


思い出し屋が書き留めたメモ用紙を渡された。

そこには小難しい漢字が断片的に書かれていて、詠唱呪文の文章にはなっていなかった。


「これがいまの精一杯ですよ。この言葉の断片をみてなにか思い出せませんか?」


「うーーん……たしかに見覚えはあるけど……。努力してみます」


メモ用紙を受け取って自宅で記憶再生トレーニングをはじめた。


呪文詠唱は声に出してはじめて召喚魔法として成立する。

字面だけ目で見てわからなくても、声に出せば脳のどこかしらが活性化されて思い出されるかもしれない。


「鉄槌……天命、深淵、門番……えーー……?」


羅列されたキーワードを何度か入れ替えたりしながら声に出してみるも、

糸口もつかめなければそれらしい呪文にも結びつかない。


もう何度同じ単語を発話したかわからないほど繰り返していたとき。

お母さんが部屋にノックもせずに入ってきた。


「あんたさっきからブツブツうるさいよ! 部屋の外まで聞こえてるのよ!」


「ば、ババア! 部屋に入るときはノックしろって言ってんだろ!」


「なんで自分の家でノックしなくちゃいけないのよ。

 さっきからご飯できたよって言ってるのに降りこないあんたが悪いんでしょ」


「う……うるせぇ」


「それに、あんたなにやってるのよ」


「別にいいだろ!」


「よかないよ。ブツブツへんな単語ばっかりしゃべって。

 ご近所さんに聞かれたらなんて思われるか。

 こないだもなんか大声で叫んでいたでしょ。

 あれでお母さんお隣の山田さんに息子さん大丈夫ですかって聞かれたわよ」


「もういいだろ! 出ていけよ!」


「なんだっけ。"とこよのしんえんにひそみしさくのもんばん……"」


「ちょ、ちょっとまって! まさか覚えているのか!?」


「そりゃあんたが部屋の外まで聞こえるほど大声で、

 何度も何度も唱える練習していたからこっちまで覚えちゃったわ」


「やった! それじゃ覚えている呪文を教えて!」


召喚呪文は自分にしか使えない。


詠唱呪文を知っていても他の人は使えないし、

専用の印を手で結ばなければ召喚できない。


母親が詠唱呪文を覚えていたのは本当にラッキーだった。


「ええっとたしか。"とこよのしんえんにひそみしさくのもんばんよ、そのふうばくをときはなちてんめいのてっついをふりおろさん"だったっけ?」


「それだーー!!」


あれほどのどまで出かかっていても出なかった答えがついに出た。

頭のなかに渦巻いていたもやもやが一気に晴れてすっきりする。


部屋から母親を追い出すと、召喚用の杖を取り出し魔法の準備を整える。


「ようし、いくぞ!」


やっと思い出せた呪文を思い切り叫んだ。


「常世の深淵に潜みし作の門番よ! その封縛を解き放ち、天命の鉄槌を振り下ろさん!」


部屋には青白い光が満ちて、地面からスーツを着た人間が召喚された。

召喚魔法は大成功。やっぱり呪文は正しかった。


召喚魔法で現れた男は周囲をキョロキョロと見回し、俺の顔をたしかめた。


「あなたが召喚したのですか?」


「はい。俺があなたを召喚魔法で出したんです」


「そうですか。詠唱もあなたが?」


「はい。俺が唱えました!」


スーツの男はネクタイをきつく締めて話した。




「私を召喚する魔法詠唱には特許使用料が発生します。これまでの詠唱ぶんの使用料を徴収にまいりました」


天命の鉄槌が振り下ろされた。

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