佐倉愛華の場合

プロローグ


 目が覚めた時、自分がどこにいるのかがわからなかった。ただ、いつものベッドの感触や天井の模様から、いつもの部屋ではないことだけは判断できた。

「おーい、ここはどこですかー?」

 大声で呼びかけてみるも、反応は無い。

「聴こえていますかー?」

 諦めずに叫んでみるも、反応は無い。ベッドから起き上がって部屋を探索しようかと思ったその時、部屋の向こうに少女の姿が見えた。私が寝ているベッドからあまり離れていない。が、姿はよく見えない。ベッドがあるだけの小さな部屋に、私とよく見えない少女が二人。これから私はどうすればいいのだろう、話しかければ良いのだろうかと考えていた時、その少女がベッドに近づいてきた。さっきまで見えなかった姿がはっきりと見える。その少女は、葵であった。目は赤く腫れ、泣いた痕がはっきりと見える。

「どうしたの葵ちゃん…?」

 どうしてこの場に葵がいるのか、どうして葵は泣いているのか、と次々に疑問が浮かんでくる。もしかしたら、彼女ならきっと何か知っているんじゃないかとも考えたくなる。

 けれど葵は何かを答える様子は無く、無言でベッドに近づいてくる。

「あの…どうしたの?」

 ベッドの前に葵は立っている。

「てか、どうして私はここにいるの?」

 どうして、どうしてと頭の中で必死に叫んでいる。その度に葵がの返答を期待するが、彼女にその様子は見えない。

「ねえ、何がどうなって……」

 いつの間にか、葵はベッドに上がっていた。そして横になっている私の上に乗っかるように、私の腰の部分に尻を乗せた。

 緊張のあまり、声が出なかった。

「ごめん…ごめんね愛華ちゃん……」

 葵は一言そう呟くと、私の服の中に手を入れ込んだ。彼女の手の感覚を素肌ではっきりと感じる。

「ちょっ、何やってるの葵!」

 必死に腕を押さえて抵抗するも止められず、服は私の胸元まで持ち上がった。寝る時は下着は着ずにパジャマだけ素肌に被せるような形で寝ているので、葵には私の胸が見える状態にある。私はベッドで横になっていて、服は上げられ胸が露わになっている。その上に葵が私の腰の上に乗っかっている。

 脳内にこれまで読んできた漫画の記憶が浮かび上がってくる。それは確か、男女二人か…または男二人がベッドで『そういうこと』をするというもの。そして今の状況は、漫画で『そういうこと』をする時と似通っている。

「ちょっ、ちょっと待ってよ葵!私にも心の準備ってものが…」


第一章


 明らかに葵の様子がおかしく見える。今日の朝から。私があの夢を見てから。

「ね、一緒に昼ごはん食べよ」

 葵はいつも私が誘わずとも、自然と私の机にやってきて弁当を広げる。なのに今日は何故か、私の前に来る様子が無ければ、何か困っていることがあるのか頭を抱えている。いつもの葵には見られない行動だ。

「あっ、ごめんごめん…今行くから」

 私が話しかけた時にようやく意識が戻ったのか、葵は机の横に掛けてあるバッグから弁当と水筒を取り出し、立ち上がった。

「どうしたの?なんか気分悪い?」

「いいや、大丈夫だよ。特に気分も悪くないし」

 葵は何かを隠すように、大丈夫だよとアピールをすると、「ほら、愛華の席に行こう」と急かした。正直なところ怪しさしか見えないが、かと言って思い当たる節が無い。だから無視する事にした。もしかしたらあの夢のせいで疑心暗鬼になっているだけなのかもしれない。私の方が考えすぎているのかもしれない。

「だね、行こっか」


「どうしたの?」

 ぼーっと虚空を見つめている葵に気がつき、声をかける。力が抜けていっているのか、葵が持っている箸が音を立てて床に落ちた。箸は床に落ちると大きな音を立てて、その音でようやく葵の意識は戻ってきた。

「ごめんごめん…ちょっと寝ぼけてて」

 愛華はそう言うと、床に落ちた箸を拾うために頭を下げた。

「くっそ…箸に床の汚れが付いてる……」

 葵は残念そうに舌打ちをすると、その箸を使って再び食事を再開しようとした。

「ちょっ、ちょっと待って葵。流石に不潔すぎるからさ、私の箸を使ってもいいよ」

 私はもう食べ終わっているから、特に箸なんて使うこともない。床に落ちてゴミが付いている箸で食うよりか、私が使った箸で食った方がマシなんじゃないかと考えた。

 すると、葵は大きな声で喜ぶような奇声を上げた。

「えっと……私が使ってもいいの?」

 困惑したような表情を浮かべががら葵は尋ねる。

「えっ、別に全然構わないけど」

「本当にいいの?」

「埃が付いている箸で食いたいなら使わなくてもいいよ」

 葵から好奇な視線を向けられ、思わず恐縮する。にしても一体、今日の葵はいつにも増して変な気がする。わざわざ私の箸を使うぐらいで、そんなに驚くことであるのだろうか。

 葵は嬉しさ半分、心配半分が混ざり合ったような顔をしながら、私の箸を取った。

「それでさ、葵って昨日何時に寝たの?」

 話もひと段落ついたので、さっきの話題に戻す。

「葵が夜更かしって何だか珍しいけど…なんかあったの?」

 葵は私の箸で卵焼きを摘み、口に入れようとするも、なかなか手を動かさない。箸を持った手は彼女の口元付近で止まっている。口に入れるのを躊躇しているかのように。

 あっ、そっか。

「もしかして葵…間接キスを気にしてたりする?」

 ギクリ、と目が動くのが見えた。私の予想は的中したのかもしれない。

「ほら、やっぱり」

「だって…やっぱり愛華のものでも気になるでしょ」

 葵は言い訳をするように、目を泳がせながら答えた。

「そう?私はそこまで気にしないけど…だって、葵のことは親友だと思ってるし。親友の唾液がついたものくらいは普通に触れられるよ」

 まあ、私が恋愛感情を抱いている相手だったら話は別だけど。

「いやそういう問題じゃ…まあいいけど…」

 葵は勇気を出して卵焼きを口に運ぶと、勢いよく他のおかずも食べ始めた。勢いに任せて食べたら間接キスの恥ずかしさなんか吹き飛ばせるのだろうか。私にはよくわからないが。

「ごちそうさまでした」

 手を合わせ、食材に向けての感謝の言葉を一緒に吐く。小学生の頃以来、毎回続けている習慣だ。

「愛華、箸ありがとうね」

「いえいえ、こちらこそ」

 何がこちらこそなのかは自分でもよくわかっていないが、感謝されると自然にこの言葉が出てしまう。そしてその流れで、私の唾液と葵の唾液が付いている箸を受け取る。

「あとさ、ちょっと大事な話があるから今日の放課後…校舎裏にでも来てくれない?」

「なんで校舎裏なのかわからないけど…まあいいよ」

 校舎裏に呼び出されるとは、私は何かやらかしてしまったのだろうか。漫画で知った校舎裏のイメージと言えば、不良が優等生をボコボコにしたり…そういうイメージしか思い浮かばない。

「あっ、ありがと…」

 葵はみるみるうちに顔が赤く染まり、廊下へと駆け出してしまった。

 やっぱり、今日の葵は不自然すぎる。


「それで…校舎裏に私を呼び出して何の用?」

 普段なら立ち入るはずがない校舎裏に足を踏み入れる。そもそも生徒が入ることを想定していないのか、雑草は生え散らかしていて非常に歩きにくい。周りには蠅が飛び交っており、彼らが飛び回る不愉快な音が耳に入ってくる。地面には蟻や小さな虫たちが多数生息しており、私は小さな虫たちを踏み殺して歩かねばならない。正直、二度と入りたくない。

「ごめんねこんな所で…でも、周りの人に聞かれないためにはここが一番かなと思って」

「まあ確かにここなら誰にも聞かれなさそうだけど…誰かに聞かれちゃマズい話なの?」

 一応、周りを確認してみる。しかしこんな場所に来る人は誰もいない。

「話っていう訳ではないんだけどね…」

「話じゃないの?じゃあ何、突然ヤンキー集団が現れて私をボコボコにするとか?」

 そんなことは絶対に…宝くじに当選して尚且つ飛行機が墜落するレベルで有り得ない話だとは思っているが。

「そんなわけないでしょ…そもそも私はヤンキーと連んでもいないし……」

「じゃあ…一体なんなの?」

思いついたアイデアはこれくらい。話をするわけでもなければ、ヤンキーにボコられる訳でもない。

「えっと、それはね…」

 葵はおもむろに肩に掛けていたバッグの中からある紙を取り出した。その紙は小さく畳まれていて、手紙のように見えた。

「手紙?」

「そう、手紙」

 予想外だった。校舎裏に呼び出して、手紙を渡されるなんて予想もしていなかった。

「今からこの手紙を渡すからさ…家に帰ったら読んでくれない?」

 はい、と渡された紙を右手で受け取る。表面には「親愛なる佐倉愛華へ」と書かれている。

「あっ、別に家に帰ってからではなくてもいいけど…ただ、私の前では読まないで。絶対に」

 強い口調で言われてしまうと、了承せざるを得なくなる。

「それじゃあ…また明日ね」

 葵は足早々と去っていき、校舎裏には私一人だけが取り残された。蠅が飛び回る不愉快な音は、未だに鳴り止まなかった。


第二章


「私、赤羽葵は変態です」

 家に帰り着くと葵から貰った手紙を早速開いた。一行目を読んだ途端、「私の前では読まないで」と言った彼女の気持ちを一瞬で理解した。にしても何故葵はこの手紙を私に渡したのだろうか。

 その理由は、二行目で判明した。

「そして私は、佐倉愛華のことが好きです。親友としての好きを超えた好きの気持ちを、愛華に抱いています」

 これは、葵の赤裸々な告白を綴った手紙だとわかった。その告白は私に向けられたものであるということも。

 でも不思議と、悪い気持ちはしなかった。と表すよりも、現実味が無かったと表現した方が正しい。私は当事者ではなく、物語を追っている読者としての目線で、手紙を読んでいた。

「好きという気持ちを抱き始めたのがいつ頃なのかはわかりません。でも、気づいた時には好きになっていました。愛華を犯したいという想いも、その時に抱き始めました。幼馴染で親友の愛華を犯したいだなんて、私はどうかしています。恋のせいで気が狂ってしまったのかもしれません。それとも、これが私の本性なのかもしれません。

 私は今日、愛華と一緒の部屋に閉じ込められる夢を見ました。夢というより、私の精神が生み出した精神世界と言った方が正しいかも。この部屋は私と愛華がセックスをしないと出られない部屋で、私はそのことを黙って愛華と一緒に生活していました。何も知らないふりをして部屋から出る方法を探ったり、愛華が作ってくれたご飯を一緒に食べたりと、私が望む愛華との生活を気ままに送っていました。でも過ごすにつれ日に日に性欲は増していって、ついに耐えきれず愛華をベッドに押し倒してセックスを始めました。いいや、あれはレイプと表現した方が良いと思います。私は一方的に性欲を発散していた。その間、愛華は泣いていました。必死に「やめて」と叫んでいました。

 結局、私は最悪な大馬鹿者なのです。親友のあなたに性欲を抱き、私の欲望を表した世界では、あなたをレイプしました。

 この手紙は私を赤裸々に告白するのと、私の気持ちを愛華に伝えたかったから書きました。あの部屋に閉じ込められてから私は自分の気持ちを見直し、愛華への想いを整理しましたが、やっぱりあなたのことは諦めきれません。今でも大好きだし、大好きという想いの中には愛華と快楽を分かち合いたい気持ちやや肉体関係を持ちたいという気持ちが存在しています。

 もしこの手紙を読んで私が嫌いになったなら、今すぐこの手紙を燃やしてください。私を気持ち悪く感じたなら思い切り殴ってもいいです。きっとその方が諦めがつくと思います。

 これはただの私のわがままですが、それでも私のことを嫌いにならないでいてくれるのなら、どうか好きでいさせてください」

 読み終わった時、私はため息を吐いていた。

 気持ち悪い。

 この手紙の感想を一言で済ますなら、最適な言葉だ。彼女の妄想の中で私を作り上げて、私を犯した。気持ち悪い、と一言で済ますのは非常に簡単だ。実際、気持ち悪い。

 でも何故か、嫌いにはなれなかった。葵は私を想ってこの手紙を書いてくれた。親切に「私はこんなに気持ち悪い人間だ」と教えてくれた。その親切が、私にはどうしても嫌いになれない。

「明日からどう接すればいいんだろうか……」


 翌日、いつもなら登校中に見かけるはずの葵の姿は無かった。学校に登校しても葵は現れず、授業中に突然現れることもなく、葵の席がぽっかりと空いた状態のまま一日が過ぎていった。

 放課後、先生から「葵ちゃんと愛華ちゃんって仲良いから」という至極安直な理由で、配られたプリントを渡しに行く係を任された。


エピローグ


「えっと…どうして愛華がここに?」

 布団からひょっこりと顔を出して確認をする。何故か、私の部屋に愛華が立っている。

「そりゃ…プリント係を任されたし…あと、昨日の手紙を読んじゃったら葵に何か一言でも言いたくなるし…」

 やっぱり、あの手紙の件に関して愛華が私に伝えるようだ。そりゃあ当たり前なのだが、内容が内容なだけに、とても恥ずかしい。逃げ出せるなら今すぐにでも逃げ出して、恥ずかしさを吹っ飛ばすように大声で叫んでやりたい。

 昨日、なんで私はあの手紙を渡してしまったのだろうか。どうしてあんな手紙を書いてしまったのだろうか。どうせ碌なことにはならない、と察してはいたのに。

「じゃあまずプリントなんだけどさ…これ、数学の宿題ね。今日習った二次関数の問題だけど、簡単だったから授業受けてなくても普通に解けると思う。あと、これは国語の宿題。授業で習ってる文章題からの出題だけど、まあ文章題だし大丈夫でしょ…とりあえず、全部机の上に置いておくね」

「…ありがとう」

 愛華の様子から察するに、少なくとも私を完全に拒絶しているようではなくて一安心する。

「そしてこれが本題のあの手紙に関してなんだけど」

 今まで緩んでいた空気が一瞬で凍りついたように感じた。

「正直、私はあれを読んで…気持ち悪いとは思った」

「…だよね、やっぱりそうだよね…」

 薄々わかってはいたけど、こうして直に伝えられるとやっぱり精神的に来るものがある。

「でも…でもね、私はあれを読んで嫌いにはなれなかった。なんなら、今までよりもっと好きになった」

「……なんで?」

「だって、自分の内面をあんなに他人に披露できるなんて、私には考えられないし、私には絶対無理だよ。でも葵はそれをこなしたから…凄いなって思えるよ」

 何にも言葉が出なかった。謝るべきなのか、照れてもいいのか。

「私にはまだ気持ちの準備が足りないし、人を好きになるって経験をしたことが無いからさ、付き合おうとは言えない。けど、私は葵と一緒にいたいと望んでるよ。葵には私を好きなままでいてほしいって」

 愛華は私が座っているベッドに近づくと、私に向けて手を伸ばした。

「だって私たち、もう間接キスも経験済みじゃん」

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