第5話 ゆりかご
車道の横には、緑の絨毯のような水田が広がっている。俺はバイクを降り、
「ばあさーん!!どうだ?フナっ子達は元気か?」
「ああ、今年も沢山帰って来たからな。元気に育ってるよ」
「おー!居る、居る!もうすぐ琵琶湖にお帰りかな?」
水田の中にはニゴロブナの稚魚が沢山泳いでいた。琵琶湖の固有種で、鮒ずしでも有名な鮒だ。実はこのニゴロブナには変わった習性がある。
古来から琵琶湖の浅瀬に産卵してたと思われるニゴロブナは、人間が湖の周りで米作りを始めると、田んぼの中が産卵に最適と判断し、毎年春に成ると田んぼを目指してやって来る習性が身についてしまったそうな。人間は産卵に来た鮒を少々頂いて鮒ずしにするが、無事卵から孵化した稚魚は、そのまま餌が豊富な田んぼの中で育てる。やがて鮒は湖に帰り、再び大人に成って産卵の為に田んぼに戻って来る。このサイクルをずっと繰り返していたのだが、近年開発が進んで水田が用水路よりも高い位置になり、お母さん鮒は田んぼまで帰って来れなく成ってしまったのだ。これがニゴロブナが減った要因の一つとされている。
でも、ココの田んぼにはお母さん鮒に優しい工夫がされている。魚が
この田んぼはもうすぐ水抜きを行う。稚魚達はパイプを通って一斉に水路から琵琶湖に帰るわけだが、ばあさんはその時に稚魚達が田んぼに取り残されないよう、誘導の為の溝を掘っているのである。ばあさんは開発前から米作りをしてた人だから、手慣れているし、昔の事を何でも知っているのだ。
「なあ、ばあさん。聞きたい事が有るんだ」
「なんだい?」
「湖底人って知ってるか?」
「コテイジン?」
「耳の後ろにヒレが付いてる人間なんだけど」
「ああ、それはヒレツキ様じゃ」
「ヒレツキ?」
「ヒレ神様、ヒラ神様とも言われる、龍神様じゃよ」
「龍神……」
「そうじゃよ。湖底に住む水の神様じゃ。時々人間の姿や、蛇の姿に化けて現れるという。怒ると天に昇って嵐や竜巻を起こすとも言うが、琵琶湖の水を守ってくださる大事な神様じゃよ」
そうか。ミズッチョは水の精霊、龍神だったんだ。自然を壊す人間に、わざわざ警告しに来てくれたんだよ。
ゆりかご水田は大変な手間暇がかかる。それでも琵琶湖の自然環境を守りたくて、頑張っている人達が沢山居る。もし琵琶湖の水を全部抜けば、ニゴロブナは再び田んぼに戻って来れない。地下水が吹き上がって大洪水に成れば、田んぼは全て流される。どちらにしてもニゴロブナは生存できなくなる。いや、ニゴロブナだけじゃない。他の生き物達も……。
動かなきゃ……他人事じゃない。
俺が出来る事を何かしなきゃな。
頑張っている人達の為、生き抜こうとする魚達の為、大いなる大自然の為、そして俺の大好きな琵琶湖を守る為にだ!考えるんだ。龍神の逆鱗に触れちまう前に何か策を……ミズッチョが再び俺に姿を現す前にだ。
俺は色々思考しながら水田を後にしてバイクを飛ばした。別荘の鍵を依頼主に返しに行った後、真っ直ぐ自宅アパートに向かう。バイクをアパート下に停め、キーケースから部屋の鍵を取り出そうとしたのだが……。
「アレ?無い?ウソ、落とした?」
いや、落とす訳がない。キーケースにしっかり付けていたのだから……まさかッ!
俺は慌てて自分の部屋の前まで走った。部屋の扉前の床が、びっしょり濡れている。雨も降ってないのにだ。もう、現れたのか?俺は恐る恐る扉を開け、中を見ると……。
「あっ!お帰んなさい!遅かったから僕、先に御飯食べてたよ」
俺のベッドにセーラー服を着たミズッチョが座っていた。えーと……色々聞きたい事は有るが、
「何でセーラー服なんだよッ!!」
「地上人は勉強する時、この服着るんでしょ?」
「勉強?」
「そうだよ。僕、決めたんだ。琵琶湖の事をちゃんと勉強する事。勉強して、琵琶湖の水を抜かずに済む方法を走太と一緒に探すんだ」
「……そうか。それはサンキューだぜ。けど、別にセーラー服は着なくていいぞ」
「でもココで暮らすなら、水着じゃ駄目でしょ?それに僕、この服好きだよ」
「ココで暮らす?」
「そうだよ。だって走太と一緒に探すんだから、一緒に暮らすよ。それにココは鳩のマークのスーパーも近いから、便利だよ」
「いやいやいや、意味わかんない!何で同居なんだよッ?!」
「琵琶湖を守る為だよ!」
「いや、だからぁー……あー!!お前、冷蔵庫の中のもん全部食ったなあー!!俺、昼飯まだなんだぞッ!!」
「じゃあ、今から一緒に食べに行こう。琵琶湖の美味しい物の勉強だ!!」
「お前の目的は食う事だけだろぉッ!!」
こうして琵琶湖を救う為、俺と湖底少女の奇妙な共同生活は始まった。
琵琶湖が崩壊する迄のタイムリミットは、あと僅か100セタシジミ……。
だから、何日だよッ!!
ヒレツキ〜俺は湖底少女と一緒に琵琶湖の水を全部抜く!〜 押見五六三 @563
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