三話『買い物終わりのサンドイッチ』

 人々で賑わう城下町は、今日もザワザワと騒々しい。人々の話し声、石畳の道を走る馬車の音、鳥の囀りに、そのほか諸々。紙袋の音がクシャッと響く。カツカツと歩く音。チェックの入ったメモ用紙を見ながら、メイド二人は城下町を歩く。


「えーっと、次に買うものは」

「ニーナ待ってください!」

「もー、遅いですよリタさん」

「ニーナが歩くの速すぎるんですよ!」


 リタと呼ばれた少女は顔を赤くさせながら、ハァハァと荒く呼吸をする。肩を上下させ、城下町の人々に揉みくちゃにされた髪を整えながら、ジロリとニーナを睨んだ。だけどニーナはそんなリタに肩をすくめるばかり。ようやっと足を止めたニーナに、リタはヨロヨロと覚束ない足取りで近づく。


「はぁ、はぁ、ずっと止まってって、言ってたのに」

「だから止まってるじゃないですか」

「もっと早くに気づいてくださいよ……」

「こんな人混みの中無茶言わないでください」


 呆れたようにニーナがそうこぼすと、キッをリタはニーナに目を向け「喧しいです!」と息絶え絶えの中叫んだ。


「ニーナにはわからないと思いますが、体が小さい人間は人混みに弱いのです!」

「……あー、確かに。リタさんくらいちっちゃいと人の波に飲まれちゃうか」

「そうですそうです!だから体が大きいニーナは体の小さい私を守るべきなのです!」

「何いい歳した大人がそんなこと言ってるんですか」

「黙らっしゃい!」


 ニーナの的確な言葉に図星であったリタは、目を吊り上げながらニーナに怒鳴る。だがその見た目もあってか、迫力も何もなく、傍目から見ればただただ小さな子供が癇癪を起こして怒っているように見えるだろう。なにせリタは、ニーナの一回りも二回りも体が小さく、その顔貌は子どもだと勘違いされるほどの童顔で、喉から発せられる声すらも子どものようであったからだ。だが実際の彼女はニーナよりも年上で、成人した立派な大人。だからこそニーナはリタの発言に呆れるばかりであった。


「とにかく!ニーナはもっと私に気遣って行動してください!」

「気遣う……具体的には何を?」

「だから人混みから私を守ってください!」

「……ふむ」


 リタの言葉にニーナは少しばかり考え、一つの案を思いつく。その案を頭に思い描きながら、ニーナはリタの頭から足の爪先までじっくりと眺め……コクリと静かに頷いた。そしてフワリと不思議そうな目を向けるリタに優しい微笑を向けた。


「肩車でもしましょうか」

「馬鹿!!!」


 ニーナの提案に間髪入れずリタはツッコミを入れ、リタのその反応にニーナは思わずクスクスと笑う。無事悪戯が成功。ムキーッと怒るリタに、ニーナは満足感を抱いていた。


「ふふ、ほんと……揶揄い甲斐がありますよ」

「ぐぬぬ、年下に転がされるとは……」

「転がしやすいリタさんが悪いんですよ」

「横暴なんだぁ!」


 揶揄いやすくて楽しい先輩を手のひらでコロコロしながら、ニーアはクスクスと笑う。それからニーナは、紙袋を抱えていない片方の手でリタの手を握る。思わずリタは驚き、反射的に肩を跳ねさせた。


「冗談はさておき、行きますか」

「……ニーナってサラッとイケメンなことしますよね」

「……?そう、なんですか?」

「うーん自覚無しなのがタチ悪いところですねぇ」


 ニーナはリタの発言に首を傾げながら、先ほどよりも短い歩幅で歩く。手を繋いだリタは、そんなニーナの様子に呆れた目を向け、はぁっと溜息をこぼした。


「それで、この後どうします?」

「あと買うものはお肉だけでしたよね?」

「ですね、かなり時間が余っちゃいましたねえ」


 ニーナはそう言いながら、手首に巻かれた腕時計を見た。時刻は12時前。城下町から屋敷に戻るには片道1時間ほどかかるが、屋敷には15時前に帰れば良い。そしてあと買うべきものはお肉のみ。つまりニーアとリタには、約2時間ほどの自由時間が与えられていた。

 リタはニーナの手をキュッキュッと握りながら「なら折角だし時間まで街でゆっくりしましょう」と提案をした。


「いいですけど、私今日あんまりお金持ってきてないですよ」

「ふふ、ここはリタ先輩に任せてください!後輩を奢るなんてお茶の子さいさいです!」

「奢ってくれるんですか?」

「いやまぁ屋敷に帰ったら勿論請求しますけど」

「酷い先輩だ」


 そんな会話を繰り広げながら、ニーナとリタは無事お肉屋さんに到着。氷魔法でキンキンに冷凍されたお高い牛肉を購入し、時刻は12時を少しすぎた頃。リタはニーナの手を離し、うーんっと大きく伸びをした。


「ちょっとリタさん、少しは持ってくださいよ」

「この後奢ってあげるんですから我慢してください」

「いや、奢るって言うか立て替えるの間違いでは」

「なら立て替えるので我慢してください」

「リタさんこそ横暴な人ですよ」


 ニーナの不満げな目を前に、リタは楽しそうに笑い「知りませーん」とはにかむ。それから紙袋と買い物鞄で片手が使えないニーナに近づき、唯一残っていた手も使えないようにする。ニーナは繋がれたリタの手の感触に思わず、子どもと手を繋いでるみたいだと感じた。


「さて」


 リタは小さく呟く。


「今からどこに行きますか?」

「そうですねぇ」

「ニーナ、行きたいところとかありますか?」

「んー……」


 ニーナはリタの問いかけに静かに唸りながら考える。人々のざわめきが鼓膜を揺らし、城下町の風がニーナの頰を撫でた。そしてその瞬間、ニーナの鼻腔を腹の虫をくすぐるような香りが刺激し、ニーナは無意識に「ご飯……」と小さく言葉にした。


「お腹、空きましたね」

「あぁ、確かに。丁度今はお昼時ですもんね」

「まず最初にお昼ご飯を食べたいです」

「ですねですね、私も意識したら急にお腹が空いてきちゃいました」


 リタはそう言いながら、クーっと鳴ったお腹を摩る。そんなリタの様子にニーナはクスリと微笑したのち「何か食べたいものはありますか?」とリタに尋ねた。リタは少し考えてから「なら」と言葉を繋げる。


「以前行ったあのお店に行きませんか?」

「あのお店?」

「ほら、サンドイッチが美味しかったあそこですよ!」

「……あぁ!いいですね、ならそこにしますか」

「やった!それじゃさっそく行きましょう!私はもうお腹ペコペコです!」


 リタは子どものような満面の笑みを浮かべながら、早歩きでニーナの手を引っ張る。ニーナはリタに手を引かれ、少しばかり前かがみの状態で歩く。


 ——やっぱり子どもみたい。


 ニーナはリタに手を引かれながら肩をすくめ、満更でもない表情を浮かべていた。


△▽△▽△


「ん~、美味しい!」

「ですね」


 おしゃれな雰囲気を漂わせるカフェで、リタとニーナは店内一番人気のサンドイッチに舌鼓を打っていた。ふわふわのパンに、しゃきしゃきのレタス。ボイルされた卵に、厚切りジューシーなハム。そして秘伝のソースはそれらの旨みをさらに引き出させ、リタとニーナは思わずその頬をゆるゆるに緩めていた。


「いやぁ、やっぱりこのお店のサンドイッチは格別ですね!久しぶりだから、ハムッ、ん~~~、おいひ~」

「リタさん、食べながら喋らない」

「は〜い」


 ハムハムと幸せオーラ全開でサンドイッチを頬張るリタを横目に、ニーナもサンドイッチに齧り付く。モグモグと咀嚼し、嚥下すれば無意識に口角が上がっていて。ハッとしたときには隣に座るリタがニヨニヨと不敵な笑みを浮かべていた。


「むふふ、ニーナったらそんな幸せそうな笑みを浮かべて」

「いや、リタさんに言われたくないです」

「くすす、ニーナの貴重な笑顔、ゲットしちゃいました!」

「あーもー」


 悪戯に破顔するリタへ、ニーナは眉を顰めながら手を伸ばす。その手にはナプキンが掴まれており、リタの頬についたソースをニーアは拭った。


「むむ」

「そんなこと言ってる暇あるなら、子どもみたいにほっぺにソースをつけない努力でもしててくださいよ」

「んぐぐぐ、ニーナ、拭うの乱暴です」

「拭ってあげるだけ感謝してくださいよ」


 まったく、本当に彼女は年上なのだろうか。あまりに言動が子供っぽすぎてニーナはリタを胡乱な目で見る。だけど当の本人はそんな視線に気づくことはなく、サンドイッチを豪快にかぶりつきまた頬にソースをベッタリとつけた。


 ——母親になった気分だ。


 モグモグと咀嚼するリタへもう一度手を伸ばしソースを拭って、ニーナははぁっと溜息をこぼした。一応これでもリタはニーナの先輩であり、メイド業を教わった先生である……はずなのだが。ここ数年の彼女は以前にも増して子供っぽくなっているよう、ニーナは思う。別に頼られることが嫌いなわけではないが、出会った当初の頼れるお姉さんはどこへ行ってしまったのか。ニーナはしみじみと感慨深く過去のことを思い出し、そして隣で舌鼓を打つリタとのギャップに、今日何度目かの溜息を吐いた。


「ふぅ……美味しかった」

「ん、ですねぇ」


 そうして食べ終わったニーナとリタは、食後のティータイムを楽しむ。サンドイッチも紅茶も美味しいこのお店、そういえばルビィは来たことあるのだろうか。もしなかったら今度一緒に食べに来てもいいかもしれない。

 なんてニーナが一人ぼーっと考えていると、縞縞模様のストローでオレンジジュースをチュルチュル飲むリタは「この後どうします?」と話を切り出した。


「まだ時間ありますし、このままここでゆっくりしてもいいし、外ぶらぶらしてもいいですよ」

「あの、あの、ニーナ」

「ん?」


 リタは何かを思い出したかのような表情をしてから、ニーナの名前を呼んだ。


「以前ハンス君から新しくお菓子屋さんができたって聞いたんですよ。なんでもすごく美味しいらしくて、行きませんか?」

「あー」


 リタの発言にニーナは少し考え、そして結論を出したと同時に小さくかぶりを振る。後ろで結われたニーナの黒の髪が、サラサラと揺れた。


「実はもうルビィ様とそこに行く約束をしているので、今日はやめときます」

「お、そうでしたか」


 リタの誘いにニーナは断ったが、何故かリタの表情は嬉しそうなはにかみ笑い。優しく目を細め、愛する子どもを見つめるようなその眼差しは、ニーナにコテンと首を傾げさせた。


「……何笑ってるんですか」

「んー?いや、ね?ふふ」

「?」

「ニーナは本当、ルビィ様大好きですね」

「え?」


 愛おしげに、慈しむように、ニーナを見つめるリタの瞳を前にニーナは少しだけ困惑した。困惑し、目を見開き、リタを見る。だけどその瞬間、リタの笑みは子どものようなものに変わり「いいなあ!」とリタは呟いた。


「ニーナはルビィ様と仲良くて!」

「……仲、良いですかね?」

「仲良いですよ!それはもう周りが羨ましく思っちゃうくらいには!」


 なんたってルビィ様は私たちの憧れの存在ですから!美しくて優しくてかっこよくて賢くて可愛くてかっこいい!そんなルビィ様と仲良くしてるニーナがすごく羨ましいですよ!だってニーナにだけですよ、ルビィ様があんな風に笑顔になるの!本当二人とも仲良いんだなーって思うし、そんな二人がすごくすごく私は羨ましくて……っと、ペラペラ熱弁するリタを放って、ニーナは困惑した頭をなんとか整理させた。


 ——ルビィ様が、大好き?私が?あの悪役令嬢を?


 ニーナはカップの中で揺蕩う紅茶に目を落としながら、一つ一つゆっくりと考えていく。


 ——だけど彼女は私の知るルビィ・ホワイトじゃない。穏やかで、優しくて、努力家で、たまに子どもっぽくて、少しばかり泣き虫で。そう、全然違う。……全然違う、けど。


 ニーナは目の前の紅茶を喉に流し、飲み干した。紅茶独特の香りが鼻を通って体全体に染み渡る。


 ——やっぱ今後も観察が必要だな。いつあの冷徹な彼女になるかわからないし、だからそのときは……


 ニーナは紅茶のカップをソーサーの上にカチャリと置いた。


 —— ヒロイン推しとして、ルビィのメイドとして、そしてルビィの友人として、なんとかしないと。


 ニーナは再びそう決意しながら、未だにルビィについて語り続けるリタへ、デコピンをくらわせるのであった。

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