第5話

 それからさらに10年経った。

 町には日本人の移民も来るようになった。

 ある日、マディランというデザイナーの女が町にやってきた。髪の毛はブルネットで白い陶器のような肌で、まるでボストンあたりの劇場にいる女優のような美人だった。彼女は色々な洋服の型紙をデザインしたり、時にはオーダーメイドでドレスを作っていた。ある時、俺が町の連中が捨てたガラス瓶を集めていた時だ。突然聞かれたんだ。

「そこで何をしてらっしゃるの?」

 驚いたよ。男ならともかく、白人の女で話しかけてくる奴なんてまずいないからな。

「ガラス瓶を竈で溶かしてから枠にはめて冷やして、窓ガラスにするんです」

「随分器用なんですね」

「前に隣町でガラス工房の下働きをしたことがあって」

 彼女は満足そうに頷いてから言った。

「実は今、人手を探してますの。手先が器用で英語の読み書きが出来て、おまけに用心棒になってくれそうな男性を」

「まさに俺のための仕事だ」

 そう言って俺が肩をすくめると、彼女は鈴を転がしたような笑い声をたてた。

 俺は彼女の家の納屋に住まわせてもらいながら、仕事を手伝った。型紙の裁断や仮縫い、布地の仕入れ、販売先を見つけ帳簿も書いた。彼女は引退した売春婦を仕立て人として雇っており、会社は徐々に大きくなっていった。俺はその内、夕食に誘われるようになった。仕事の話から、なぜアメリカに来ることになったのか、故郷の家族について、野球をしたことはあるかまで、様々な話だ。彼女はシカゴで洋服の勉強をしたことは話したが、自身の出自については決して語らなかった。

 俺とマディランは出会って3年目に結婚した。当時カリフォルニアじゃ異人種カップルの結婚は認められてなかったからな。わざわざワシントンまで行ってきたよ。そう、マディランは俺の妻になったんだ。

 あの時、首を吊らなくて良かったと思う。

 日本の家族に会えないのは寂しいが、美人の妻と3人の子供、そして孫もじきにできる予定だ。一応名目上はゴールデン婦人服の副社長だしな。

      

 マディランのことは愛してるが、彼女は今でもミステリアスな女性だ。過去のことは決して話そうとはしない。俺も聞くつもりはない。愛してるからな。

 もちろん俺はマディラン(Madiran)がミランダ(Miranda)のスペルを並べ替えたものであることも、彼女のブルネットが金髪をわざわざ染めたものであることも、かつて町にいた売春婦のミランダと同じように首筋にホクロが3つあることも知っているが、まあ、それは黙っていよう。  

 その方がいい。


                    Fin

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

開拓時代のアメリカ西部にいた一人の侍が書いた手記 白兎追 @underscary

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ