お袋さんの日記

山脇正太郎

第1話

立てば芍薬、坐れば牡丹、歩く姿は百合の花。

 美人を形容する言葉らしいが、若者は使ったりするのか。いや、使わないどころか、知らないんじゃないかと思う。だいたいさ、芍薬、牡丹、百合なんて如何にも「ザ・和風」の花に例えられても、最近の女子高生はあまり喜ばないんじゃないかな。だって、私自身がそうだから。どちらかというと顔はそこそこ整っていると思うのよ。ただ、悲しいかな。昭和のお母さんみたいな、安心感がたっぷりの顔なのよね。クラスの男子からは、お袋なんて呼ばれているし、私もキャラクターってものがあるから、ついつい「ご飯は食べたのかい」なんて冗談で返してしまうのだから、駄目だよね。本当は、もう少しだけでいいから華やいだ顔に生まれたかったのだけれども、うーん、平凡な言い回ししか思いつかないのだけど、バラの花みたいな顔だったら、お袋なんて呼ばれなかったんでしょうね。でも、そんなことを言っても仕方がないから、私はキャラクターを守って、今日も「ご飯は食べたのかい」なんて冗談を言うのよ。

 でも、今日はちょっとだけ嬉しかった事を日記にしたためようと思って書いているの。そう、誰にも見せることがない日記。SNSにあげるような内容ではなくて、昔ながらの日記。まあ、こんな懐古趣味だからお袋なのかも知れないわね。

 さて、嬉しかった事なんだけど、今日は素敵な殿方に出会ったの。殿方ですって。この表現はわざとなので、気にしなくていいわ。誰が気にするものですかね。書くのも、読むのも私だけ。でも、誰かを想定しながら書くと、なんだから楽しいから、私はもう一人の私に書いているのです。

 殿方、えっと、名前を正直に書きます。S君です。そう。あのS君です。いや、恥ずかしいじゃないの。これ以上詮索するのはやめてちょうだい。わかっているでしょう。あのS

君です。「うわ、そう来たか」って、いいじゃないの。私だって乙女の端くれなんですもの、恋の一つくらいはしますとも。まだまだうら若き少女ですのよ。オホホホ。

 出会ったって言ったでしょ。S君は、同じクラスメイトじゃないの。何を言っているのと思うのでしょう。でも、私が「出会った」と表現したのは、S君の普段は隠している一面を発見したって事なの。だってね、私達が通常あっているS君は、どちらかと言うとやんちゃな一面が出すぎている、いわゆる不良だよね。学校中の先生から、目を付けられていて、廊下を歩くたびに注意をされている人だよね。

 とにかく、私はS君のいいところを見つけたんだ。学校の帰り道、場所はそうだね、えっとあそこ、分かるかな。線路に沿って流れている川の橋の下なの。不良の溜まり場だって言われているところ。実際に、私もそこに何人かの男子が固まって、タバコを吸っているのを見たことがあるしね。なんだろうね。橋の下なんて、すぐに見つかる場所なのに、わざわざそんなところでタバコを吸っているのは。

 話を戻すね。その橋の下に、今日はS君だけが座っていたの。タバコは吸っていなかったわね。私はできるだけS君が視界に入らないように歩いたわ。だって、目が合ったら、殴られてしまうんじゃないかって怖かったから。

 でも、その時、どこからか猫の声が聞こえたの。ニャア、ニャアって。私は、辺りを見回したわ。私は無類の猫好きだって、知っているでしょう。「猫好きなる者は、猫の声を耳にししたら探すべし」って、「月刊ねこ」の巻頭特集にも書かれているでしょう。なぬ、知らぬじゃと。もしや、犬派であるか。裏切り者が。猫派だと答えたのは、我を欺くためか。なんたること。許せぬ、許せぬ。憤慨極まりない。切り捨ててやる。殿中でござるじゃと、そんなこと関係ない。皆の者出あえ。出あえ。

 っと、脱線をしてしまったわね。とにかく私は、猫を探したの。すると、どうも橋の下から聞こえるのね。私は思ったわ、S君が猫をいじめているんじゃないかって。怖かったわ。だけど、猫がいじめられているとしたら、助けなきゃいけないでしょ。

 私は、橋の下をそっと覗いたわ。S君に見つからないようにね。そしたら、S君が子猫を抱えて、給食のパンのちぎって食べさせていたのよ。笑わないで。そんな昭和のドラマみたいなことあるわけないでしょうって。確かにこの令和のドラマにそんなシーンがあったら、誰も見ないでしょうね。ありえないって思うでしょうね。でも、実際にS君はパンをちぎって、子猫の口に運んであげていたの。もっと言うと、小さなお皿に牛乳が入れてあったの。それも給食の牛乳なんだろうね。

 でね、S君は子猫の頭を優しく撫でているの。そして、満腹になった子猫は、目を閉じて、自分の右手の肉球をチュパチュパと吸っているの。しばらく経ったらS君は、子猫を近くに置かれていた段ボール箱の中に寝かせたわ。

 そうね。これが出会った殿方の話なの。この続きはあるのと言われても、困るな。だって、S君は猫を寝かしつけたら帰っていったんだから。

 恋じゃないのかって。どうかしらね。恋だと言われると、そんな気がするような、しないような。いやいや何を言わせるの。私は、S君の新たな一面を見つけたの。それでいいじゃないの。私は、お袋なのよ。男子にとって、昭和のお袋さんなのよ。S君だって、お袋としか呼ばないわ。だから、明日の私も「ご飯は食べたのかい」と冗談めかして言うだけなの。

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