第12話 ちょうどいいじゃん



「あ、かみしろー」


 廊下で俺を見つけて駆け寄ってくるクラスメイト、"いずさ"こと小柳津紗季おやいずさき。同じクラスにして同じ文化祭実行委員、そして同じ焼きそば組。グリーンアッシュのベリショで無造作ヘアのスポーティな娘、しかし帰宅部。趣味でジム通いはしているらしい。


「相変わらず仲良しですねぇ〜」


 なんの変哲もない昼休み。例によって坂下さんがくっついていた。今ならこれだけくっつかれるのも納得できる。コイツ、友達を作るのが苦手なくせに孤独が嫌いなんだ。生き辛すぎる。


「この人友達作るの苦手なくせに孤独が嫌いなんだよね。だから慣れた人に凄いくっつくの」

「お、おい馬鹿!」


 声に出てた。思ってた以上に声に出てしまった。

 坂下さんは俺の肩を割と強く殴り、いや結構強く、いやほんとに痛えぞこれ? これが吸血鬼狩りの力か。しかしいずさちゃんと目を合わせようとはしない。


「へぇ、意外。一人が好きなのかと思ってた。なんか近寄りがたいというか……そんなオーラというか」


 それ、多分誰かしらに話しかけようと考え込んで怖い顔になってただけだと思う。そんで最近は話す人が居なくて手持ち無沙汰だから言い訳に本読み始めたりしてね。で、もっと最近になると俺の監視って言い訳ができたってワケ。


「全然そんなことないから。」

「そうなの?」

「……っ、は、はい……」


 いずさちゃんが坂下さんを覗き込むと、彼女は俺の後ろに隠れながら小さく返事する。初登場時のチョッパーみたいな様子にいずさちゃんは。


「……ッカ」

「あ?」

「カワイイ……」


 手をワキワキと動かし、涎を垂らしそうになりながら躙りよる。


「さつきチャン……こっちおいで……」

「え、ちょ、カミシロ……」

「良かったな、友達増えたぞ」

「おいで……おいで……」


 二人は俺を障害物に鬼ごっこをし始めた。女子二人の鬼ごっこの障害物にされるのも悪い気はしない。

 と、思っていたのだが。


「許さん!!」

「ぶがっ!?」


 緩んでいた頬を、何者かに突然殴られた。俺は勢いでその場に倒れ、反射的に犯人を見上げる。


「お前は……百合警察!」

「貴様は百合に挟まった!」


 百合の間に挟まる男を許さない警察だった。クラスメイトの百合豚です。


「ち、違うんだ! 二人は俺を障害物に鬼ごっこをしていただけなんだ!」

「それはっ……。…………では。」


 百合警察がサムズアップしながら立ち去る頃、坂下さんはいずさちゃんにがっちりホールドされて身動きが取れなくなっていた。ぷるぷると震える坂下さんは、今まで見た中で一番かわいかった。弱そうで。弱者ってかわいいね。


「で。いずさちゃん何か用事あったんじゃないの?」

「あ、そうそう」


 いずさちゃんは鞄を見下ろす。坂下さんを捕獲するときに捨てたものだ。


「ちょっと鞄の中に透明のファイルあるから取って」

「え、鞄の中漁っていいんスカ」

「いーよいーよ変なもん入れてないし」

「入れてないってことは持ってはいるんだな」

「そうやって揚げ足取ってるとモテないよ〜」


 クソ、そこは「そっ……そんなのないから!」って赤面するとこじゃねえのかよ。食えねえヤツ。

 鞄の中には確かに透明のファイルが一つ。どうやら文化祭実行委員絡みの仕事らしい。


「それ神代の分な。今日の放課後集まれって」

「はいうけたまわり。こんだけ?」

「うんそんだけ。さつきチャン貰ってっていい?」


 坂下さんは涙目で縋るように俺を見る。ああ、かわいいなぁ……弱者。ハムスターみたい。


「いいけど、ちょいちょい」

「?」


 俺はいずさちゃんに手招きしてスマホのメモ帳を見せ、そこに文字を打ち込む。

 『坂下さんは単純だから餌付けすれば懐くよ』

 『菓子なら何でも食いつくけどコーラ味が効く』

 俺は先の百合警察のようにサムズアップし、その場を後にした。多少の荒療治には丁度いいだろう。

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俺が求めたのはこんな異種族コメディじゃねぇ! 新木稟陽 @Jupppon

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