scene37: 逢瀬を果たす

 遠くから海が誘うコンビニにやってきた澪は、ジャージ姿のまま自転車のサドルに尻を乗せて一人寂しそうに周りを見回していた。ガラス窓から漏れる白く冷たい光を頼りに朱里の姿を探すと、ほどなくして丸いライトが暗闇からやってくる。同じように動きやすい格好の朱里が姿を見せると澪の顔が明るくなった。

 朱里の顔は晴れやかではなかった。何かを察した澪は浮かべていた笑顔を引っ込めて心配そうに眉を下げる。


「朱里ちゃん、どうしたの?」

「バレたっぽい」

「バレたって……え?」

「直接見られたわけじゃないけど、噂話で母さんにタレこんだ人が出た」


 それを聞いた瞬間に澪の呼吸が止まる。

 驚きで顔を凍り付かせる中、朱里は苦しそうに笑っていた。


「まあ、あと少しは何とか誤魔化せそうだけど……時間、なくなっちゃったね」

「朱里ちゃん……っ」

「泣かないでよ、まだ終わったわけじゃないんだからさ」

「でも、嫌だよ、朱里ちゃんと離れたくない……!」


 建物の陰に自転車を置いた二人は入口前の段差に腰掛けて寄り添い合う。少し風が強くなる。夏の夜にしてはやや寒い。そのまま、二人で転がって海へ落ちていってしまいそうだった。

 少しでもあたたまろうと澪は抱きつくようにして朱里へ絡みつく。それが振り払われることはなかった。


「私も、澪のいない暮らし、考えられなくなっちゃったよ……もしこのまま離ればなれになったとしたら、寂し過ぎてどうにかなっちゃいそう」

「卒業まで待てないよ。今だって、勉強が手についてないのに……」

「夏休みは忙しいんだっけ」

「うん。鯖之山町で一週間の勉強合宿」

「一週間!? その間澪に会えないの考えただけで気が狂うよ……!」


 心のままに喋った朱里は自分が想像以上にダメージを食らっていることを自覚していた。今はスマホで会話もビデオ通話もできるのに、一週間会えない"程度"が鋭い棘となって刺さっていた。

 誰にも知られないように、二人だけでひっそりと楽しむつもりだった。それなのに、周りは彼女たちの静かなひとときすらも許してくれない。


「なんでこんなことに……」


 何もかもがどん詰まりになっていたその時だった。遠くからやってきた軽自動車がコンビニの駐車場に入り、ぴったりと身を寄せる二人の姿をライトで白く照らす。ほどなくしてエンジンが止まると、二人の見たことある人が中から出てきた。


「ちょっと、浅海さんと船場さん、どうしてこんな時間に……」

「湊先生」

「あの、そのっ」


 第三者を前に澪は急いで離れようとするが、朱里はそれを腕で抑え込むようにして逃がさなかった。逆に香里奈へ見せつけるようにして朱里は澪を抱き寄せて自信に満ちた顔を浮かべる。

 "親友"にしてはあまりに距離が近すぎるようだった。ただならぬものを感じ取った香里奈はかける言葉が見つからず、車から降りたところで立つだけだ。


「いま、母が家でヒステリー起こしてて。ほとぼりが冷めたら帰ります」

「……もしかして、二人は」

「湊先生なら、分かってくれるでしょ?」


 遮るように放った朱里の一言で香里奈は再び黙りこくる。迷いがあった。

 状況に流されるだけの澪は、朱里の身体にすがりつきながら大嵐が過ぎ去るのを待つだけで、できることはない。緊張で何十倍にも引き延ばされた時間の中、息を一つする度に朱里の身体へ強く指が食い込んでいく。


 香里奈は目を伏せて、溜め息を一つ吐いた。


「青凪先生がまた変なことを言ってたのね……ええ、二人の邪魔はしないわ。今は私もそれどころじゃなくなっちゃったし」

「ごめんなさい、でもすぐに帰るようにします」

「みんなそれぞれ事情があるもの。教師とはいえ、今すぐ帰れ、なんて言えないのよ。ああ、ごめんなさい、愚痴っぽくなっちゃった……それじゃ、先生は買い物してくるからね」


 そそくさと去るように香里奈はコンビニへ入っていく。乾いた風が抜けた後、澪はぐったりとした様子で朱里に身体を預けてきた。何も言わずに朱里は澪の肩を抱いて頭を撫でる。


「大丈夫だよ。先生だって分かってくれてるんだから」

「うん……でも、どうして?」

「保健室で、渚ちゃんから聞いてたんだよ。先生が戻ってくるまで話すとね――」

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