scene33: 激白

 午前十一時半、道の駅「はちうら」近隣の海岸。快晴、穏やかな風。

 白く長い砂浜には家族連れが二組いる。まだ幼稚園にもならない子供が辺りを広々と遊び場にしている中、そのどちらの組とも遠く離れた場所に、学校を休んだ不真面目な女子高生二人が笑顔の一つもなく立っていた。朱里が遠い海の向こうを見ている、その背中を澪が見つめている。このまま彼女が水の中へ飲み込まれてしまいそうで澪は気が気でなかった。


「ずっと、澪は私の生きる意味だった。今もそう。辛いだけの人生だと思っていたけど、澪に会うためだけに頑張ってこられた。でも……澪は私に会ってから、いい意味でも悪い意味でも変わったでしょ」

「……それが、朱里ちゃんのせい?」

「そう。私のせい。私のせいで、澪は変わっちゃったの。元の生活に戻れないくらい」


 普段より丸まった背中には見えない重石が載っている。ある日から朱里を苦しめ続けてきたそれは今初めて、「大好き」で盲目だった澪に見えるものとなった。それを今まで一人に背負わせてしまった能天気さと愚かさが、澪の視界から少しずつ色を奪っていく。


「本当は、澪とは仲のいい親友で居たままの方が良かったのかもね。でも、私は澪のことが好きになっちゃった。ずっと、二人で居たいって思った……」

「朱里ちゃんとの関係、後悔した事なんてないよ」

「私だって。でも、この後どうなるんだろうって考えちゃったんだよ」


 振り返った朱里は澪の両肩に手を乗せる。髪の毛で影ができた目頭は僅かに湿っている。見たことのない顔だった。


「私はきっと、高校を出ても、大学を上がっても、誰からも理解されないような人だった。それがひどく辛いことだってことも分かってるし、そのつもりだった……でも、私は自分の人生に澪を巻き込んじゃった。寂しかったから、私を慕ってくれるからって、私よりもいい暮らしができるはずの澪の人生を、おかしくしちゃった……」

「朱里ちゃん、ダメ、そんなこと言わないで……!」

「ごめんね。本当にごめん……!」


 肩を震わせる朱里の顔を澪は見ることができなかった。自分が憧れた彼女が泣くところなど、澪はとてもでないが認めることができなかった。

 朱里の肩に手を置き、後ろの砂浜へ力を込めて勢いよく張り倒す。突然のことに朱里はどうすることもできず、尻餅をついてから仰向けで大の字になった。すぐさま澪は腰の辺りを跨ぎ、上から乗りかかるようにして彼女の腫れた顔を見下ろす。

 高い日差しが、澪の目元を真っ黒に塗り潰していた。朱里ははじめて震えを走らせる。


「私に、気を遣わないでよ」

「澪……」

「朱里ちゃんは、私のことをもっとダメダメにして、それで知らない顔していればいいの! だから、私の人生をもっと、目一杯グチャグチャにして……もう、朱里ちゃんなしじゃ、生きられない……!」

「みお……」


 互いの崩れた声が浜辺で混ざり合う。波の音はそれら全てかき消した。セーラー服姿の二人は砂の上で腕を回して締め付け合う。

 波が地面を擦るのを聞きながら、朱里は涙目の澪へ贖罪の口付けをする。ほんの少し残った理性が右手を澪の腰に留め、円を描くように優しく撫で回させていた。そらの匂いが通り過ぎていくと互いの視界が開け、入道雲から離れたところをちいさく漂う浮雲が2つ見えるようになる。


「ねえ、澪」

「なに?」

「さっき、澪はああ言ってくれたけど……」


 何もなかったように起きた朱里は服の砂を落とし、波打ち際で膝を折った。その場所では、3センチほどのカニが今まさに砂の中へ潜っていくところだった。


「……私が、死にたいって言ったら、その時は付き合ってくれるの?」


 嘘のようで、少し本気にも取れる言葉。澪に返事できるわけがなかった。しばしの沈黙を経て朱里は今の状況がおかしそうに笑う。


「いいよ、冗談のつもりだったから」


 変な汗をかく澪の横で朱里はいつも通りに振る舞っていたが、それはどこか残念そうにも取れた。相変わらず、彼女の背後には死の影が取り憑いているのだ。

 澪はそれが自分にも手を伸ばしているような気がしてならなかった。もしそれに捕まってしまったら――


「朱里ちゃん。家出、考えてくれる?」

「まぁ、最終手段になるけどね。私もあの家は嫌だし。でも利用できるだけは利用する」


 常に彼岸との境を歩く少女は澪の前でその狡猾さを垣間見せる。行動力と決断力に優れた彼女はまさに、かつてのような憧れの存在だ。そして、自分がその隣を歩めるのだという優越感に痺れる心地を得る。

 海岸線に沿って並んだ二人は日照りに頭を茹だせながら手を繋ぐ。貪欲に、しっかりと指を絡めて硬く握り合う。


「ずっと一緒だからね」

「うん。澪も、私から離れないでね」

「うん……!」


 昼を回る。高校では下校準備が始まる頃だった。二人は涼を求めて屋内へ戻っていく。

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