scene22: 夢に落ちる
色がかすんだスーパーの看板が現れた。空から光が抜けつつある中、自転車を漕いだ澪は入口近くの自転車置き場で止まる。一緒に乗っていた朱里が後ろから下りるとタイヤのゴムが戻り、澪の座るサドルが僅かに上げ戻った。
入口には、二人の母親と同年代の女性を始めとした家族連れの姿が目立つ。
知り合いの家族に会わないか不安な澪だったが、先にカゴを持った朱里が澪の手を引いて売り場を引っ張り回し始めると、次第にそんな不安は薄れ消えていく。
「澪、今日のご飯は決めた?」
「ええと……たこ焼き!」
「いいじゃんそれ、早く材料買って帰ろ」
今度は急かす様子の朱里に押されながら澪は店内を巡り、キャベツやたこ焼き粉といった材料を次々と籠の中へ入れていく。生鮮食品売り場で茹でられたタコを、乳製品売り場でチーズをそれぞれ手に取っていると、少しだけ離れていた朱里が四角状のミルクチョコレートを持って帰ってきた。
「うわ、なにそれ」
「絶対合うって。デザートみたいな感じでさ」
「ほんとかなぁ」
今日明日で必要な飲み物も手に入れた二人は他愛もない会話をしながらレジに並ぶ。袋をそれぞれ一つずつ分け合うようにして持ち、自転車へ戻ってまた二人乗りになる。帰りの上り道は二人で自転車を押していった。
親の居ない浅海家に戻ってくると、澪は台所の棚にしまってあったたこ焼き器を引っ張り出して線を繋ぐ。その間に朱里は台所でたこ焼きの素を作り、後から追いついた澪も準備を手伝ってタコを小さく刻む。
準備を終えた頃には既に外は真っ暗になっていた。
いつもより少し遅めの時間に生地を流し、中に二人の好きな具を入れていく。
「そう言えばさ、澪と一緒にやりたくて持ってきた物があるんだけど」
「え、気になる」
「じゃーん」
朱里の持ってきたリュックサック――よく見れば少し角が浮き出ているそれを開けると、中から「人生ゲーム」が出てくる。わりと最近に販売された新しいものだ。
「やる! 気になってたけど機会が無くて」
「いいよー。私もこういうの好きなんだけど、遊び相手がいなくてさ……」
普段夕食をとっているテーブルの上で作っていたたこ焼きが焼けた頃にはボードゲームの準備も整っていた。初期のお金やコマを揃えた二人は、皿によけたたこ焼きを一個ずつつまみながらルーレットを回し始める。
カラカラカラ……盤上の澪はビジネスマンとなり、朱里はデザイナーになった。
「澪は、将来の夢ってあるの?」
「何にも考えてない。いい大学に行って、いい会社に入って、くらいしか」
「仕事のことじゃないよ。日本一周とか、南国の島に別荘を買うとかさ」
「うーん」
未来の自分がどうなっているかなど、高校二年生の澪が考えたところで分かるはずもない。その間にも“ビジネスマン”の澪は無事に働き続けて給料日を迎える。朱里も同じく収入を得るが、金額は澪の方がちょっぴり多い。
小さな家も買ってみた。経済的な事情が殆ど同じこともあってか、澪が買ってしばらくしてから朱里も同じ家に自分の色の旗を立てる。
「朱里ちゃんは、何するつもりなの」
「考えてないよ。澪のせいで今も悩んでるんだから」
「なんかごめん……」
「でも、どうにかなるんだろうとは思う……もう数年で、母さんと離れられるし」
それは澪も思うことであった。早く親元を離れて、一人で縛られずに暮らしたい――二人の理想が実現されるまで、まだ少しだけ時間が要る。
「朱里ちゃんは頭いいから、きっと大丈夫だよ……あ」
車の形をしたコマが進んで「結婚」の二文字が大きく書かれたマスで止められた。もう一本乗せるためのピンが朱里の方にあったため彼女に取って貰おうとするが、朱里はずっと澪の方を向いたまま動かなかった。
珍しく、真剣な顔をしていた。思わず澪も固まってしまう。
「……ねえ、澪」
女っ気の混じる湿った声で、澪の名前が呼ばれた。朱里は自分のコマに差さっているピンク色のピンを抜き、結婚マスに留まる澪のコマへ差し込んでみせる。
それがどういう意味か分からないほど澪も子供ではない。車の中、横にふたつ並んだピンを前に、込み上げてくる恥ずかしさとくすぐったさを必死に堪えていた。
「きっと、上手くいくと思うんだ……その、どうかな」
互いに目を合わせられない二人。澪は、二人乗りになったコマを見つめたまま、ふるふると肩を震わせて――
「うん。いいと思うよ、朱里ちゃん……」
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