その3 形の破損した関係性

 ミュトスは終わりなんて宣言されたが、それからいつまで経っても終わらない。詰まった感情に打ちのめされていた私もさすがにこれはおかしいと思って立ち上がると、持ってきていた髑髏の破片が震えだした。もしかして生き返るのかと思っていたが、言葉は話してくれない。だが、分かる。その骨を握ると、感覚的にだがどこに行きたいのかは伝わってきた。……正直、これが正しいのか分からない。どうせこのミュトスには前みたいに迷惑をかける人はこれ以上にいないのだ。だったら、やる価値はある。割れた海を歩いていくと、そこには絶命した巨人ユミルの死体があった。私が泳いで顔の近くまでくると、あっと手から骨が口の中へと落とす。やらかしたと思っていたが、すぐに立ち上がるとしてまた尻餅をついてしまう。それは別に急に立ち上がろうとしてバランスが上手く取れなくなる現象ではなく、地面が揺れていた。

 よく分からないけど、そんなのミュトスなのだから当たり前からと思っていると、巨人ユミルの死体の傷がみるみるうちに回復していく。やがて重そうな身体を立ち上がらせると、心配になりそうなフラフラ具合で私を踏み潰さんとしてくる。肝を冷やしながらも距離を取ると、やがて馴染んで来たのか安定して立てるようになった。


「ふぅ。すまねぇな、お前さん。血も再生産したつもりだったんだが、半分ぐらいしか復帰できなかった」


「どうでもいいけど。本当にキミはクソど……あの髑髏なの?」


「あー、そうだな。正確には違う、と表現するべきだとは思うぜ」


 私を肩の上に乗せてくれると、長々と説明してくれ……なかった。無言で割れた海を走って行くと、虚無の方へと走る。ここがミュトスであるとはいえ、こういう非現実的な体験というのは不思議な感じがする。前の時はそういうのを感じることもなかったが、ここまで非現実的だと一周回って現実味が出てくる。ロボットアニメの主人公ってこんな気持ちだったのかなと思っていると、目の前にまたあの虚無が見えてきた。「大丈夫だとは思うが、肩から手を離すんじゃねぇぞ」と言われたので力を入れて掴むと、柵ごと蹴り飛ばしてその中へと泳ぐ。またあの水流に飲まれるのかと覚悟していたが、さすがは巨人だ。一瞬の感覚の後、私が苦労したのも露知らずとでも言うのに元の場所に戻ってきた。そこにはもちろんあのグングニルを持ったオーディンが立っており、私たちの姿を視認すると少し驚いていた様子だった。


「新たなる肉体を手に入れてまで、我……オーディンを殺したいのか?」


「オーディン。……いや、違うな。グングニルを持っているからそうだと勘違いしていたが、お前は……どうして両目とも無事なんだ?」


 その言葉に目を光らせると、オーディンだった存在は槍を地面に突き刺した。途端に立っていた場所に地割れが起きて真っ二つに割れる。ここはてっきり虚無なんだと思っていたが、そんなことが起こりえるのか。どういうことかと頭を抱えていると、私たちのいる場所へグングニルが投げられる。それはユミルの太ももを貫くと、また相手の手に戻って行く。


「正体に気付いた褒美に教えるが、我こそはこのミュトスの真なる主、真なる核……巨人モーズグズである。ここはニブルヘイムのフヴェルゲルミの中、ユグドラシルの根が浸る泉である」


 横文字のラッシュに脳が追い付かない。ニブルヘイムとユグドラシルは佐藤から何度か聞いた覚えがあるけど、それ以外は全く覚えていない。というか、モーズクズってクソ髑髏の親戚なのか。分からない。こういう類の神話を勉強したことがないのを大いに後悔した。クズさんが槍をこずくと、地割れをしていた場所に巨大な根が現れた。それは穴の向こう……アトランティス大陸、ではなくニブルヘイムへと繋がっていた。今まで見えなかったものが見えるというのは驚きだが、どちらにしても、このミュトスを脱出するためにはクズさんを倒さないといけない。


「全く。俺がユミルとして生み出してやった存在だというのに、オーディンもアイツも簡単に裏切りやがる。俺は絶対に分からせてやる。真に尊敬するべきは誰なのか、ってことをなぁ!」


 巨人同士の争い。それはとても大きな喧嘩のようで、規模がハチャメチャだった。起きていることを現象として言葉にすると、まずはグングニルによって呼び起こされた雷が泉の水を枯らした。息が苦しくなってくる。それから、沢山の聞き取れない言葉が聞こえた。まともに聞こうと思ったら気が狂ってしまいそうな言葉たち。私が仰け反っていると、二人の争いは加熱していく。ついにユミルとしての権能……身体から巨人を生み出すと、使役してその能力たちで暴れる。そこからは分からない。世界が乱れ、争い、やがて私は彼の肩から振り落とされた。地割れの底へと落ちていく。

 

 その後、二人がどうなったのかは分からない。ただ私の身体は今にも干からびそうになっていて、死も近いんだろうなという漠然とした感覚があった。その時、私の隣に巨大なものが落ちてきた。


「落ちてきたの?」


「……ったく。落ちたよ。まぁ精一杯暴れたから、もうこの肉体を維持できるのかすら怪しいんだがな」


「そう。やっと死んでくれるんだ」


「今時の人間はこんなに非情なのかい? 世知辛い世の中になったもんだねぇ」


「勝手に感嘆してないで。……それより、勝ったの? 負けたの?」


「俺は原初の巨人だぞ?」


「でもオーディンたちには殺されたんでしょ?」


「それは言わぬが花、ってやつさ」


 頭上から時折、パラパラと土が落ちてきている。このままここにいれば、いずれ土砂に巻き込まれて死ぬだろう。このまま意味もなく死んだとしても、こんな常人じゃ味わえない思い出は冥途の土産としては最高の品だ。蒸発してどこかで野垂れ死んでいそうな両親に自慢して「お前らがいなくても大丈夫だ」と言ってやりたい。妄想を垂れ流していると、巨人の肉体を突き破って中途半端に再生されたクソ髑髏が転がってくる。倒れた私の頭の上まで来た。


「寝転がっているし乗れないよ」


「そんなこと分かってるぜ。……ただの、気まぐれさ」


 この時間が永遠に続けばいいのに、なんて感傷じみたことは思わない。ただ悪くない気分ではあった。それだけの話。私は髑髏に手を触れさせる。


「そういえば、結局あのクズさんって何者なの?」


「あいつか? 俺にもよく分からないんだが、巨人だし俺の系譜なのは間違いねぇだろ。まっ、今回は俺が勝ったのでどうでもいい話だがな。というか、クズさんってなんだよ。……もしかして、俺も変なあだ名を付けていたのか?」


「さぁねー秘密」


「せっかくお前を助けてやったのに敬意が足りなくないか?」


「うっさい。助けないのも助けるのもクソ髑髏の勝手……あっ」


  髪の毛を数本ぶっちぎってくる。痛みに震えて怒ろうとしたが、返事の声は聞こえない。実際どうなっているのかはもう見えない。でも、それで良かった。その方が気持ちは楽だった。唐突な死か、あるいは湿っぽい終わり方が嫌なのか。


「……私もね、去り際だけ良い雰囲気になるやつ大嫌いだから。ちょうど良かった」


 これ以上の言葉はいらない。別にこのクソ髑髏に特別な好意があったわけじゃない。裏の意味があったとかではなく、本当になかった。ただ、悪くはなかった。気持ち悪さは否めないけど、それでも一緒にいて悪い気がしなかった。この関係は多分、「友達」とか「親友」とか「腐れ縁」とか「家族」とか、そういう定義からはズレたものだ。言葉にすれば一瞬で陳腐になるような関係性。

 身体の力が抜けていく。今度こそ次のミュトスへと行くことができるみたいだ。この世界では一カ月の半分近くを費やしてしまったし、のんびりしていたら現実の肉体が死んでしまうかもしれない。次からはもっとスマートでスピーディーな攻略を目指さなければいけない。

 こうやって心地よい達成感に浸りながら、あぁと感嘆の声を漏らす。目蓋をつむると、生き埋めになりそうな量の土砂が流れ込んで来た。その瞬間、ミュトスは途切れた。


『思考発見――ロゴス・ユーリカ――論証終了。第二のミュトスを終了します』

『思考発見――ロゴス・ユーリカ――論証終了。第二のミュトスを終了します』

『思考発見――ロゴス・ユーリカ――論証終了。第二のミュトスを終了します』

『思考発見――ロゴス・ユーリカ――論証終了。第二のミュトスを終了します』

『思考発見――ロゴス・ユーリカ――論証終了。第二のミュトスを終了します』

『思考発見――ロゴス・ユーリカ――論証終了。第二のミュトスを終了します』

『思考発見――ロゴス・ユーリカ――論証終了。第二のミュトスを終了します』

『思考発見――ロゴス・ユーリカ――論証終了。第二のミュトスを終了します』

『思考発見――ロゴス・ユーリカ――論証終了。第二のミュトスを終了します』

『思考発見――ロゴス・ユーリカ――論証終了。第二のミュトスを終了します』


『致命的なエラーが発生しました』

『致命的なエラーが発生しました』

『致命的なエラーが発生しました』

『致命的なエラーが発生しました』

『致命的なエラーが発生しました』


『ロゴス・ユーリカを停止シャットダウンします』

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