第四話―情勢
――ニーナに案内されるがままに入室した一室は、八畳くらいの普通の部屋だった。
内装もシンプルで、テーブルを中心に挟むようにして椅子が二つずつ並び、その隅には収納棚が二個と、その中にはニーナが着ているような服が数着と折りたたまれて置いてあるだけだった。
――休息所とかか?
そんな辺りを伺うを俺にニーナは「ホントは男子禁制、ニーナのお部屋なんですよ」なんて茶化すようにいいながら、奥の椅子へと着席すると、テーブルの向かい、手前の椅子へと手を伸ばす。
「どうぞ、お掛け下さいな」
「では、失礼します」そう言いながら腰を据えた直後、ニーナはこの世界のことを説明し始めた。
――端的に説明された内容に整理をつけながら確かめていく。
まずは、この場所。ここは、とある大陸の南側に位置する五大国の一つ。ラルフローレンという国で、その内部、王城の南側に隣接した城下町、ニーナがギルドを構えているのが、その一角なのだが……予想通り、国の名前すら全くと聞き覚えがなかった。
その上、この世界には人類を脅かす脅威の存在がいるらしく。それは魔物と呼ばれ、圧倒的な生命力により、人類の天敵とまで称されているのだとか。街より外は魔物の生息区域なっていて、人類は街になるほどの規模でしか集落を作ることが出来ず、外壁で外との隔たりを作らないと、生活すらままにならないなのだと。
そして、それがこの数百年と変わることない現状で、人類は今も尚、魔物に脅かされた日々を過ごしている。というのがこの世界の情勢だった。
「簡単に言いますと魔物との戦争真っ只中ということです」
「……だから外には兵士みたいな人が多かったんですね」
「そうなんですが……驚かないんですね。何か、覚えてたりするんですか?」
「え?あぁ、いえ、魔物の想像すらどんな物なのか……だからですかね。それにここに来るまでに武器を持った人を数多くの見掛けていたので、何かと戦っているっているのかなって」
「ほぉ、いいですねー。ニーナ的に話が早くて助かります。じゃあ、私もズバッと話しますが、貴方が一番聞きたいであろう漂流者の事は、ズバッと言うと何一つとわかっていることはありません」
内容はホントにズバッとだけど、そこにスバっと言う言葉は別にいらない。
それにしても、何一つか。まぁ、ミナト達が知らない事から予測は付いていたが……隠してる? ……どうだろうな。まだ何とも言えないか。
「そうですか……でも、ここでは漂流者を集めているんですよね」
「えぇ、そうです」
「何もわかってないって事を告げる為に、わざわざ保護するはずはないことは、俺にでもわかります――だとすると、本題がある?」と、確信的な言葉にニーナはニコニコしだし、耳がピクピクと動く。
「ホントに話が早いですね。漂流者の方って、詰んでるからか、説明されるまで何も出来ない受け身の人が多いんですが――失礼、余計な話でしたね。ではでは、ここからが本題です。今のままじゃあ、帰るにも帰れない、知識もない、記憶もない、身分もない、お金もなく、稼ぐこともできない、そんな貴方のような漂流者様へと向けた制度があります」
「制度ですか?」
「えぇ、と言っても細かい決まりがあるわけじゃなく、強制すると言った話でもありません。受ける受けないは貴方次第、ですが、受けたからと言って、今すぐにその境遇を改善させると言ったこともありません。話からわかる通り、今はどの国でも物資が足りない状況ですからね。デメリットのみを抱えられる余力は、どの国にもありはしないのです」
「国としても何かしら利益のある内容にしないとやって行けない、と――話の筋は理解しました、続きをお願いします」
「では、その制度についてですが、それは貴方が人としてこの街で生活できるように、提案という形でお話させて頂く内容となります。ズバッといいますが、その内容とは今ここで義勇軍に入り義勇兵になってもらうという事です」
義勇兵?――確か、街を歩いていた時に聞き覚えた言葉だが。
「義勇兵ですか……それになったとして、俺が受ける損得はなんですか?」
「そうですねぇ。義勇兵になると身分証明書が発行され、この街に滞在する権利を得ることができます。それに加え月に一度、お給料として、ある程度の資金が支払われます。これらが貴方にとっての得ですかね。損の方は、国から年に数回、義勇兵に向けた任務が与えられます。その内容は度々変わりますが、必ず言えるのは"命に関わる内容"だということです」
「その内容をお聞きしても?」
「任務の殆どは魔物退治です。ですが、生半可な内容とは違い。国が脅威と判断したものが任務になるため、難度がもの凄く高く、前例で占拠された砦を奪い返すと言ったことや、ドラゴンの討伐と言ったことが行われていました」
なるほどな。だから、魔物の話を初めにしていたのか……まぁ、兵と言う言葉から何となく予測していたが、砦を奪い返すとなると、本当に戦争みたいだな。
ドラゴンと言うのはよく分からないが――それにしても脅威と判断された魔物に、こんな即席兵をまでも必要とするということは、兵士が圧倒的に足りないということ……そうなると義勇軍へと送られる任務というのは、必然的にあるだけの戦力を導入する。
「総力戦」
「そうなりますね。でも、その任務も受ける受けないは自由なんですよ。受ければ参加料だけで、かなりの報酬を頂けます。まぁ、命が掛かってるので、当たり前と言えば当たり前なんですが、ですが功績によっては、追加報酬が支払われたりもします。ただし、あくまでも国からの要請ですから、受けなかった場合は兵隊として信用が失われ、それを繰り返すと解雇させられちゃったりしますが」
「それだと損は選べるってことになりません? 所属しても任務は参加をするだけとか」
「その為、任務に参加される方は義勇兵としての身分証明の提示、各部隊による名簿確認、任務終了後の報告書と戦果で収集した素材の納品、それらを行ってもらい、ようやく報酬が支払われます」
「なるほど、参加したのがわかるようしているんですね」
「それと、これは一番重要な話ですが、滞在権がない方は憲兵により国外へ追放、もしくは拷問にかけられます」
「それって、つまり、漂流者は義勇兵にならないと国から追い出しますよって事、ですか?」
「えぇ、そうですね。ですが、漂流者を装う輩が多いのも事実で、身分を明かせない人は、犯罪者か、他国籍の密偵くらいですから……ちなみ、この国での漂流者は義勇兵になることでしか身分証明書を発行する方法はありません」
なるほどな。世界の脅威にもなっている魔物。それを退治するには頭数がいる。
そこで身分のない漂流者への提案。
漂流者は生きるためには金と生きる場所が必要で、それが同時に叶えられる方法が義勇兵になること。だが、義勇兵になると魔物との戦いを半ば強要され、命の危険が伴う。といっても、結局、身分証がない漂流者は追い出されて魔物に殺されるか、人里を見つけられずに餓死してしまう、と……これ選択肢ないな……まぁ、だから漂流者は保護する対象になっているのだろう。
だが、わざわざ漂流者を保護するということは、それぐらいしないと国として存続出来ないほどなのだろう。
……だとすると、この国が漂流者の情報を隠してる線はなくなったか? 今の事情だけでも漂流者というのは、切羽詰まった現状であることは間違いない。例え、記憶があったとしても、身分証がなければ滞在することは出来ないわけで、母国に帰るにしても資金がいる。漂流者は持ち物すらないのだから、身分証の発行と仕事はする必要がある。だとすると、国としたら記憶があるにしても漂流者なら兵士として雇える可能性が高い。無いなら尚更、例え嘘でも記憶に関してなどの条件を出せば、扱いが簡単になるだろう。それをしないということは、利用するだけしようと考えている訳でないということがわかる。
まぁ、まだ断言しない方がいいのだろうけど……なんにしても選択肢がないのだから「わかりました。なります。その義勇兵とやらに」と、自分への決意として口にする。
「随分と決断がお早いのですね」
「選択肢のない話しですし、男ですからね」
「それはもう十分に理解してますよ。じゃあ、身分証明書を発行するので、利き手をテーブルの上へ出して名前を口頭してください」
その言葉に従い、右手を差し出すと、ニーナは握るように俺の手を取る。それから「ナギサ」と自分の名前を口頭すると、右手の甲に不自然な温かみを感じた。その瞬間、表情が歪む程の焼けるような熱を感じると、その皮膚が茶黒に変色し、何やら文字が浮かんできた。
「その手の文字が身分証となります。何かあればそちらを提示してください」
これが身分証? 脈をうつ度に茶黒に染まった文字が濃くなる。……名前を口頭させたということは、刻まれた文字は名前なのだろうけど、それだけでもないようだ。
やっぱり、何より先に文字を覚える必要がありそうだな。
「後はこれとこれを」と、渡されたのは黒色の布袋。と、こっちは何だ? 楕円形に作られた鉄板を小さい鎖に通した物。
「布の方は今月の資金になり、こちらのネックレスは認識票になります」
「認識票ですか?」
「それは今刻んだ身分証とリンクしてます。認識票は二つ同じものがあり、身分証の生命反応に影響を受けます。簡単に言うと、死んだことを確認できる物ってことですね」
「それを俺自身が受け取る意味とは?」
「そうですね。持ってる意味と言うなら、認識票のリンクを利用して、外で亡くなってしまった際に亡骸を回収することができます、もしくは誰かに預けておくと安否などを知らせることが可能です。まぁ、ぶっちゃけますと、国が支払う資金が死人へと譲渡されていたなんて話がありましたから、それの防止策だったりします」
いや、ぶっちゃける内容じゃない。正直聞きたくなかったよ。
「それはそれとして、リンクや生命の確認がどうということは、もう一つの認識票はこちらで管理されるんですか?」
「はい! そこは、ご安心ください。貴方が死んだら、お金は送りませんので!!」
「ニーナさん……いや、ニーナ、その話はいらない」
「タメ語!?」
話はこれで終わりかな? だとしたら、ここで話す意味はなんだ? ギルド、なんて話しは出てこなかったが……ミナト達の口ぶりからすると、重要そうな感じがしてわりに、義勇兵の話ではクエストって言葉も一回も出てこなかった……聞いた方が早いか?
「ところで、このギルドって義勇兵と何か関わりが?」
「あぁ〜、そういえば……いいところに気が付きましたね。あいにくと義勇兵とはあまり関係ないんですよ。あるとすれば冒険者の方ですね」
――?あぁ〜、そういえば? そんなに重要な内容じゃないからか?
「――冒険者ですか?」
「そう、冒険者です。なんなら、ナギサくんも冒険者になられては?」
「義勇兵に冒険者?」
「えぇ、実際、冒険者というのは義勇兵の副業みたいなものなんですよー。それに実のところ、義勇兵の賃金というはランクによって上昇し、駆け出しの義勇兵に与えられる賃金で生活するのはかなり厳しいんですよー」
えっ? 今しれっと大事な話をしなかったか?義勇兵のランクの話も聞いてないし……
「義勇兵になれば、生活には困らないんじゃあ?」
「いえいえ、ある程度の報酬があたえられるだけですよ。それに先のさっきに言いましたけど、直ぐにその境遇を改善しませんよって。というか、年数回しかないようなお仕事で生活できたら、ほとんどの人がニートになってしまいますよー、ぷぷ」
いや、ぷぷって。
「あのさ、その内容だと、漂流者は冒険者にもなる必要があるんじゃないのかな?」
「タ、タメに……まぁ、そうなるね!!」と満面の笑みで微笑むニーナ。いや可愛いけど、誤魔化すためのサービススマイルって……
「あのままで終わってたら俺金欠で死んでたんじゃない?」
「かもしれないけど……でも、それはナギサくんがトントンって話を進ませるせいでもあって……というか、ただ言い忘れちゃってだけじゃないですか!!」
非を認めた瞬間から開き直ってる!?しかも、俺が悪いかのように怒ってるし。
「いや、それは理不尽すぎる」
「うぬぬ、わかった!!今からするから!!ごめんね!!」と、ニーナは何だかんだ謝罪を入れる。すると、そこから俺達は完全に砕けた口調になり話を続けた。
……。…………。
「とまぁ、これで冒険者の説明は以上。詳しい話はさっき居た二人と、照らし合わせて確認すると覚えやすいからね。これでいい?」
「あぁ、うん。ありがとう……後、言い忘れとかない?」
「多分ね。まぁ、気になったことがあったら、君ならこの部屋に尋ねに来ていいよ」
数刻も経たずに打ち解け、友人のような感覚で言葉を交わす。
そんなニーナは終始笑顔になっていた。ぷんすかと、怒っていたあの表情はどこへやら。
まぁ、こっちの方が可愛いからいいんだけど……
「了解。最後にあったらでいいんだけど、この国の地図と諸々、宿舎とかの場所を教えてくれるとありがたいんだけど」
「いいよー、まっかせてー」
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