第三話―ギルド

 ――あれから。


 彼女達から聞きたいことがあった俺は、話す時間を貰うと、流れから場所を移すことになった。


 ――噴水がある広場へと辿り着く。


 中心に噴水、それを囲うようにして屋台などが並ぶ、こちらは商店街と違い、年齢層が偏り、若い人が多い印象を受けた。そんな人達からは賑やかな笑い声が聞こえてくる。


 ――平和だな。


 そんなことを思いながらも、辺りを眺めていると、二人の少女は噴水の淵へと座り、黒髪の子が隣をトントンと叩き合図を送って来る。俺はそれに応えるようにして隣に座った。


「いやぁ、それにしても今日だけで二回もナンパされるなんてね」

「でも、一回目はカウントしていいものなんですかね?可愛らしい人のついでみたいでしたから」

「うっ、あんまり言わないでください……」

「あら?お嫌でしたか?ですが、可愛らしいのですからしょうがないですよ」


 性別を誤魔化していたことに不満があったのだろう。金髪の少女は明らかに悪意が感じられる弄り方をしてくる。まぁそれは、訂正して置かなかった俺が悪いのだが、それにしたって、男に対して可愛らしいは似つかわしくない!! そう言いたい思いを胸に押し込め、知りたい情報を知るために、今の自分が置かれている状況を端的に伝えた。


 すると、話す内容に不思議がる様子もなく「やっぱりね。予測はついていたけど、格好も、聞いた状況も、私達とほとんど同じだし。君も漂流者だね」と黒髪の少女は俺へと向けて言葉した。


「俺が漂流者……それに私達と同じ――ですか?」

「うん。私達も、こことは別のところから来た、よそ者なんだ――と言っても、住んでいた場所とかは覚えてないから、よそってのが何処かはわかんないんだけどね」


 やはり、二人ともそうだったのか……だが、二人の様子を見るに、普通に生活できてるようだし、そんな面影が見当たらない。この状況を変えられる何かがあるのか? それは後からでも聞けるか……だとすると、気になるのは、同じ状況の人間がこの場だけでも三人もいるということだ。


 記憶を無くしてることもだが、状況すら似ているとなると考えなくても分かるほどの異常性だ。


「こんな状況の人って、他にもいたりするんですか?」

「そうだねぇ、少なからず私達の周りだけでも、後三人はいるね」


 となると、偶然というのはまず無いだろう。だとして、意図的に集められてる可能性がある? 

 いや。記憶を喪失の事もだが、置き去りにするだけってのは意図が読めない。


「漂流者になる理由って判明してたりは?」


 二人は俺の言葉に首を横に振る。


 ――だよな。わかってたらもうこの辺りにはいないだろうし、先に話してくれてるだろう。


「私達も原因を調べてみたのですが、誰も、わからない様子で……ただ分かるのは、この街に流れたついた漂流者は即時に保護されて一つの建物に集められるということだけでして」

「それがギルド……ですか」

「察しがいいね。まぁ、そういうことだよ」


 ――ギルドが漂流者を保護してるのは、理由があるのか、善意なのか、それをさておいたとしても、二人が話しに出すくらいだ。


 今を変えられる何かしらがあると見ていいだろう。

 だとすると、とりあえずの目的はそこにたどり着くこと――か。


「……でも、俺の所には」

「そうみたいですね」と二人は考えていた俺を見た後、顔を見合わせ、何やら話しをしていた。


 ――それが終わると「もし、そこに行くつもりなら、私達が案内してあげてもいいけど?」と、願ってもない提案をされる。


 実際、土地勘や字が読めない俺には、口頭での案内ではたどり着ける自信が無い。

 正直、案内されでもしない限りギルドとやらに辿り着くのは不可能だろう。

 それをわかっているからこそ、二人は助け舟を提案してくれているのだろうけど……

 さっきのナンパ男からといい、助けて貰ってばかりだな。


「ホントですか!? それならお願いしたいんですが!!」


「じゃあ決まりだね。大船に乗った気持ちでいてもいいよ!!」と言うと、黒髪の子は立ち上がり、俺の正面に移動して手を差し出してくる。


 俺はその手を取りながら立ち上がると「申し遅れました。俺はナギサといいます。少しの間ですが、よろしくお願いしますね」と自己紹介を交えて言葉にした。


 すると、黒髪の子はニコニコとしながら「ふふ、ご丁寧にどうも、私はミナト、そっちはカナコ」と、自分がミナト、金髪の子がカナコだと紹介をしていた。そんな脇で、カナコは持っていた紙袋を噴水の縁に置き、ゴソゴソと漁り出す。すると「これ、頼まれたものなんですが。状況が状況ですから、よかったら使って下さい」と言いながら、紙袋から靴を取り出し、俺の足元へと置く。


「いいんですか?」

「えぇ、顎でつかわれている事にも癪に触りますし、ギルドまでの道のりは足場も悪いですから」と、お淑やかそうに見えていたカナコが、イライラした雰囲気を醸し出しながら言葉にしていた。


 この靴も男物だし、なんかありそうだな。


 その靴を履き終えると「サイズは大丈夫そうですね……では、出発しましょー! 着いてきてください! あぁ、道はちゃんと左側を歩くんですよ!」と、カナコが言葉にし、立ち上がると、先陣を切った。


 お淑やか……でもないか。


 ――広場を抜け、商店街を越えると、入り組んだ路地へと入っていく。

 綺麗に整備された道から、徐々に荒れた道に変わってくると、足を下ろす度に、ザリっとした感触が靴から足の裏を伝う。


ガラス片が砂に混じっているのだろう。

靴ももらっといてよかったな。

それにしても、ギルドはここを通った先にあるらしいのだが……背の高い建物が多く、かなり薄暗い。


 場所が場所な為に少々不安になっていた俺だったのだが……鼻歌交じりに先頭を歩くカナコ、その後に続くミナト。その手には迷子にならないように俺の手が繋がれ、引っ張られるようにして進んでいた。こうゆるい感じだと、不安な気持ちもどこへやら……何かあったとしても、なった時に考えればいいか――と二人の可愛らしさから安易な気持ちにさせられていた。


 それにしても、こんな場所なのに人通りはいいんだな。


 俺達と入れ替わるようにして、通り過ぎる人々がちらほらといる。そのほとんどが身を鎧で包み、傍らには武器を携えてた。


 兵隊? にしては、武装に統一性がなく、巡回にしても人数が多すぎる。というか、ギルドの方向に行くに連れて多くなってる気がする……もしかして、そのギルドとやらと何か関係があるのか? と、そんな憶測を立てながら歩いていると、路地を抜け、開けた通りに出てくる。


 先の商店街程ではないが、かなり大きく、脇にある建物からは商店街と同じように看板が上がる。


 こちらも同じく、店を開いているようだったけれど、屋台などはなく、闊歩するのも武装した人達ばかり。なによりも、店からは錆びた金属の匂いが漂ってくる。


鉄臭い。この通りは、兵士たちに向けた専門店街とかになるんだろうか? 周囲へと気が削がれていると、二人は大きな建物の前に立ち止まる。すると、ミナトが「ここだよ」とそう告げた。


 二人の向いている建物へと目を向ける。


 その建物は他の建物より随分と大きい。七十坪くらいはあるか? 他と比べると年季も入ってそうだ……?


 ふと、視線をやった先、正面から見えるように打ち付けた大きな板を見つける。

 そこには幾つもの紙が貼られており、何やら文字が書いてあった。それに興味が惹かれるも、カナコは俺に構う様子はなく、そそくさと建物内へと入っていった。

 ミナトもそれに続き、俺は繋いだままの手に引っ張られるようにして中へと入った。


 ――その途端。


「コラコラコラ!」と甲高い怒声が聞こえてくる。


 それに驚いた俺は声がした方向へと目をやると、その建物内部。テーブルや椅子が並んだ間に、一人の少女がこちらを向いて立っているのを見つける。


 その少女は人形のような綺麗な顔立ちに、長い金髪を編み込み、その可憐さに合わせた、フリルをあしらった可愛らしい服を着ていた。けれど、そんな可愛さとは裏腹に表情は怒っているようで、どうにもその矛先は俺たちに向いているようだった。


 すると、少女は鼻をふんすと鳴らすと「掛け板を見てなかったの!? 今、営業時間外なの!!」と、ぷんすかと怒りながら怒声を上げていた。


 営業時間外? だとすると、彼女はここの従業員かな?


「すいません、ギルドに用事があって」と、カナコはぷんすか娘に対して冷静に言葉にしていた。

「ギルドも営業時間外!!クエストを受けたいなら表の掲示板に貼ってあるから!!」

「ご、ごめんなさい。でも、私達、この子、漂流者をお連れしたので……」と、丁寧な口調なっていたミナトだったのだが、何故か俺の後ろに隠れるようにして立ち、握る手は汗ばみ力強くなっていた。


 ――この感じ、怯えてるのか?


 すると、ぷんすか娘は「漂流者? ん? え? あぁ、なるほど」と言葉にした後、間髪を入れずに言葉を続け「そうならそうと先に言ってくださいよー」と、表情と声色をころっと変えた。


 って、そんな暇あったか?


「いらっしゃいませー。ラルフローレン、ギルド総合支部、ニーナのアトリエへ。店主をしてます。ニーナでーす」と営業スタイルを表情に浮かべながら、自己紹介をしていた。


 その言葉に、空気が和らぐのを感じると、辺りを見渡す。中二階風の大広間に二階へと続く階段、テーブルが複数個と奥の方にはカウンター、その先に樽や瓶が並んでいる。酒場――か?


 改めてニーナと名乗った少女を見てみる。


 店の雰囲気には全くあってないな。可憐さだけなら、看板娘というには十分。まぁ、あの態度を見てなかったらの話しだが……それにしても、この娘が酒場の店主? 随分と若そうだが。と、凝視していると、髪の間から長く尖った耳が見えた。


 特徴的な耳だな。雰囲気作りの一貫か?


「でも、おかしいですねぇー。そんな話し聞いてませんけど……まぁ、いいですか。……貴方が漂流者ですね?」と俺の目の前まで近づいてくるとマジマジと顔を眺めてくる。


「えぇ、おそらくですけど」

「凄いですね……美少女……いや、体つきから美少年ですか? どっちにしても可愛い。フリフリとか似合いそうでいいですね」

「いやいや、そういうのは少年に似合わせるものじゃないですよ――それよりもお話があるんですが」と、話が逸れる前に本題に入ろうとすると。


「せっかちさんですねー。貴方からの話は結構ですよ。漂流者の方の対応は心得てますから……ふむふむ、貴方だけなら、とりあえず奥の部屋に移動しましょうか」と、カウンターの隣、奥の方にあった扉へと案内される。


 貴方だけ……か。だとすると、俺はミナトの手を解き「ミナトさんカナコさん、お二人共ありがとうございました。今度お見かけした際はこの御恩をお返しさせていだきますので」と、二人へと別れを告げた。


 元々約束はここまでだしな。それに、何時まで掛かるかも分からないことにつき合せられないし。


「えぇ!?あぁ、うん」と、歯切れが悪いミナトの返事を聞きながら、俺は案内された部屋へと入っていった。


 ……。…………。


 

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