第1話

 夜の路地裏を複数人の男女が駆ける。そのうちの何人かは手足が機械化していたり、獣化していたり、中には人の面影を残さないほど異形化した者もいた。室外機から漏れる生温い空気に当てられながら、彼らは一様にある人物を追っていた。

 それは、神経質そうな白いスーツを身にまとった男である。この男は“ディアボロス”春日恭二である。例に漏れず、春日も異形の手足で人には出せない速度で走り抜けていた。

 春日の行く先々に、追手が現れる。やがて追い詰められた先は人気の無い公園であった。追手はいつの間にか十数人まで増えており、春日は完全に包囲されていた。

「今日こそお前に引導を渡してやる、FHファルスハーツのクズめ!」

 追手のうちの一人がそう叫ぶと、全員が春日へ飛びかかる。しかし、彼らの刃が、牙が、カギ爪が届く事は無かった。彼らのほとんどがからである。

 僅かに漂う血煙と生き残った数人の悲鳴の中、春日は眉間に皺を寄せ上空をにらみつける。そこには、凶悪な笑みを浮かべた少年が浮遊していた。

「“クルックドマン”、些か登場が遅いのではないか?」

 生き残りの頭を潰しながら春日は言う。

「……いいじゃないかぁ。そんなに怒った顔をしなくても。だって沢山殺せたんだぜ」

 愉悦の渦から未だ脱していないのか、“クルックドマン”は口の端から息を漏らしながら話す。16歳の少年に似つかわしくない皮肉めいた口調の彼は、ブカブカなシャツから瘦せこけた体を覗かせていた。

「俺一人でUGNの雑魚くらい殺せたものを」

 四肢の変化を解除しながら、ディアボロスが言う。その言葉に反論する者がいた。追手の生き残りである少年である。

「テロリスト共め…っ。誰彼構わず殺して、奪って! 罪の無い人々がお前らのせいで死んでいった! 俺の家族も! 許さない、絶対に許さ」

 少年の絶叫は、その半身が消滅する事で途絶えた。そして、断末魔があがる間も無く全身が消え失せる。気が付けば“クルックドマン”の周囲に、闇を凝縮した球体「魔眼」が浮遊していた。

「……ああ、良いな。もっと、もっと殺したい。もっと…」

“クルックドマン”の赤い双眸がギラギラと光る。再び魔眼が怪しい動きを見せる。


 プルルル、プルルル。ガチャ


 春日がポケットから携帯電話を取り出し、耳に当てる。やがて数分会話したかと思うと、“クルックドマン”に携帯電話を差し出す。

「……小僧、電話だ。」

 虚空を見つめ、興奮気味だった“クルックドマン”は我を取り戻して春日に向き直る。その表情は「今いい所だったのに」と雄弁に語っていた。少しため息を吐いた後、携帯電話を受け取る。

『“クルックドマン”、健康状態は良好かな。』

 電話の相手がそう言う。

「……ああ、アンタ誰だ。なんの用だ」

『そんな警戒しないでくれ。俺は“バイヤー”。君に依頼をしたい』



『俺の実験に参加して欲しいんだ』

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