第九話 教えて! アンジェラ先生 (2)

 声を合わせてお礼を言う。ほんとよくしつけられてるなー。

 でもお客さまは一瞬で終了のようである。まあどっちでもいいんだけどね。

「ねえねえ、これ兄ちゃんがとってきたの?」

 子供たちがこっちにも集まってきた。

「そうだよー」

「ねえねえ、ドラゴン倒せる? ドラゴン!」

「んー、ドラゴンはまだ見たことないなー。でもこの前オークなら倒したぞー」

「オークすげー! オーク!」

 子供たちが尊敬のまなざしで見てくる。いやー、最近野ウサギに殺されかけたり、訓練で死にかけたりろくなことなかったけど、和むなー。

「兄ちゃん剣士か? おれ冒険者になりたいんだよ! 剣教えてくれよ、剣!」

「もっと大きくなったらなー」

「馬鹿かおめー、この兄ちゃん魔法使いだぞ! さっきでかい音しただろ。んで庭に穴があいたのこの兄ちゃんがやったんだぞ」

「すげー、魔法使いすげー!」

 ははははは、いいぞいいぞ、もっと俺を尊敬しろ、子供たち!

「はいはい、そろそろ勉強の時間だよ。ほら、この肉冷蔵庫にしまってきて。今日の晩はこの肉を使いなさい」

 アンジェラが大きい子供に指示を出していく。

「冷蔵庫なんかあるの?」

 中世だと思っていたがそんな文明の利器があるのか。

「うん? わたしは回復魔法のほかに水魔法が使えてね。自前で氷が作れるからね」

 ああ、なるほど。魔法か。水魔法って地味そうな感じだったけど、氷魔法も含まれてるのか。夏とか結構よさそうだな。

「よし、じゃあ回復魔法を教えるよ。見たことはある?」

「ええ、見たことくらいは……」

 初心者講習のときに何度も回復魔法をかけられたが正直あんまり覚えてない。なんせかけてもらうのは倒れたあとだったしな!

「とりあえずどんなものか見てもらおうかな。治療院に行くよ」

 治療院のロビーを抜けて奥の部屋に入る。そこでは年配の神父と尼さんがお茶を飲んで休憩していた。

「あら? その子が生徒さん?」

「そう。あ、わたしらもお茶ちょうだい。ほら座って座って」

 お茶が出されたので飲む。ロビーには患者が待ってるようだったが、こんなにのんびりしてていんだろうか。

 紅茶かな? 結構おいしい。砂糖が二、三個欲しいところだけど。

「このお茶は少しだけど魔力を回復してくれるお茶でね。こうやってお茶を飲んで魔力を回復しながら治療をしてるんだよ」

「そうなのよー、魔力のやりくりが大変でねえ。わたしたちは午後の担当なんだけど、もうかつかつよー」

 そう年配の尼さんのほうがのたまう。

「わたしとさっき案内してくれた司祭様が午前担当。人手が足りなくて困ってるんだよね」

「そうなのよー。ねえ、あなた。魔法を覚えたらここで働かない? 冒険者をやるより安全でいいわよー。なんなら時々アルバイトに来るだけでも」

「こらこら、勝手にスカウトしないでよね。こいつはわたしが預かった生徒なんだから」

「あらあら、アンちゃんこの子気にいっちゃったのかしらー。うふふふふ」

「もう、そういうのいいから! ほら、こいつに治療を見学させてやってよ」

「アンちゃん……」

 真っ赤になってる。色が白いと赤くなるとよくわかるなー。

 いてっ、叩かれた。

「アンジェラさんか先生と呼べ。年下でしょ!」

「アンちゃんいくつ? 俺二三歳だけど」

「え、うそ……一五、六くらいかと思ってた」

 ただでさえ東洋人は幼く見えるっていうし、俺は童顔だし背も低いしね。

 でも一五はないと思う。

「だからってアンちゃんはやめろ。わたしは二〇だ。せめてアンジェラにして欲しい」

「はい、アンジェラ先生」

「じゃあ治療を再開しましょうかー」

 治療室? に移動して患者を呼ぶ。

「しっかり見ておきなさいよ」

 男の人は病気のようだ。神父さんのほうが様子を見て、回復魔法をかけていく。一分ほどあとには元気になった男性がお礼言って出て行った。

「わかった?」

「手をかざしただけに見えたけど……」

「魔力の流れを見るんだ。目で見るんじゃない、こう、なんていうか、心? で感じ取るんだよ」

 あ、この人教師向いてない。感覚で覚えるタイプの人だ。

「そうねー。目に魔力を集中してみるといいわよ。慣れてくるとぼんやりと魔力の流れがわかるようになるわー」

 尼さんがフォローしてくれる。

 なるほど。そういえばスキルに魔力感知ってあった気がする。

 次の患者が入ってくる。添え木を外すと、手がぷらぷらしている。骨折か。患者は青い顔して脂汗を流している。神父さんが手をそえて回復魔法をかけていく。少しすると患者の人が自力で腕を動かしている。どうやら治ったようだ。

「まだ治ったばかりだから二、三日はあんまり動かさないように」

 うーん、魔力の流れか。よくわからん。目に魔力を集中しようとしてるんだけどうまくいかない。

 三人目、今度は尼さんのほうに交代するようだ。患者の足の包帯を外していくと怪我の具合が見えてきた。かなりひどい。ヒザが血でぐちゅぐちゅになっている。

 尼さんが手をかざすと傷がゆっくりと消えていき、少しのあとを残して消えた。次も怪我のようだ。腕がすっぱり切れていてまだ血が出ている。

「ほら、あなたこっちにきてちょうだい。はい、ここに座って。手を出して。魔力を集中して。そうそう、いいわよ。もっと集中してー。はい、回復魔法。あらー、やっぱダメねー」

 うーん、魔力の集中は結構うまくいってた気がするんだが、最後回復魔法をかけようとしたあたりで魔力が抜けていく感じがした。

 これが失敗か……

 MPを確認するときっちり減っていた。

「当たり前よ。そんなにすぐに使えるようにはならないわよ」

 そうアンジェラ先生が言う。

 尼さんが目の前で回復魔法をかけると、傷がすーっと消えていく。すごいな回復魔法。

「いけそうな気がしたのよー」

「よし、見学はもうこれくらいでいいね。続きはこっちでやろう」

 治療室を出てすぐ隣の小部屋に移動し、向かい合って椅子に座る。

 綺麗な女の子と個室で二人きりとかどきどきするな。まあすぐ隣が治療室なんだけど。

「さて、これから本格的に回復魔法を教えるわけだけど、二週間くらいかけてゆっくりやるか、二、三日でがんばって覚えるかどっちがいい?」

「じゃあ二、三日のほうで」

「うん。マサルならそう言ってくれると思ったよ。魔力はどの程度残ってる?」

 MPを確認すると あった。数字言ってもわからんよな、きっと。

「さっきの爆破を一回とあとは小さい魔法何回かくらいですね」

「十分ね。手を出して」

 アンジェラ先生が手を差し出して言ったのでぽんと手をおく。お手の体勢だ。

「逆よ。手のひらを上に」

 言われるままに手をひっくり返す。手をにぎにぎされて、アンジェラ先生の手はあったかくて気持ちいいなーなんてことを考えてたので、手をナイフで刺されるまで反応が遅れた。

「んぎゃああああーー」

「こら、うるさい。そんなに深く刺してない。冒険者ならこれくらい我慢しなさい」

「いきなり何をっ!」

「回復魔法の練習よ。今から回復魔法をかける。よく見てなさいよ」

 アンジェラ先生が手をかざすと痛みが徐々に消え、傷が消えた。

「どう? 魔力の流れが見えた? ふむ、まだ足りないようね」

 手はがっちりホールドされている。くそ、この女意外と力が強いぞ

「こら動かない。動くと手元がくるって余計に痛いよ?」

 そうナイフを構えながらアンジェラが言うので抵抗をやめる。そこに容赦なくナイフが刺さる。今度は覚悟してたので声は出さない。

「よしよし、よく我慢したね。ではもう一度回復魔法をかける。よく見ておきなさい」

 くそ、集中だ、集中しろ、俺。すべての力を魔力を感じることに結集するんだ!

「どう?」

「うーん、何か感じられたような……気がしないでもない」

 嘘じゃない。魔力が感じられたような気がした。たぶん。

「まあいいか。今度は指をだして。大丈夫、今度は指先にちょっぴり傷をつけるだけだから。痛くしない。先っちょだけだって」

 嫌々指を出すと指先をちくりとやられた。

「今度は自分で回復魔法をかけてみなさい」

 指先に魔力を集中して……回復魔法発動!

 ……しなかった。

「魔力は発動してるようね。お茶をいれてくるから一人で練習してて」

 何度もやったけどうまくいかない。何が悪いんだろうか。スキルで覚えた魔法はあんなに簡単だったのになー。

 アンジェラがお茶を持って戻ってきたのでいただく。

「まあ一日でとか天才でもないと無理だよ。わたしは半年かかったからね」

「半年!?」

「半年でも早いほうだよ。でも回復魔法を使えるようになったあと、水魔法を使えるようになったのは結構すぐだった」

 弓とか投擲は一日で覚えたのに、魔法ってそんなに手間がかかるのか。それとも俺の成長速度がチートなのか。

「そもそも火魔法を使えるんでしょ? 魔力の流れもよく見えないとか、どうやって魔法を覚えたの?」

「えーと、なんとなく?」

 スキルで覚えました。訓練とかまったくしてません。

「そんなのでよくやっていけるね」

 そう言って呆れられた。

「魔力はどのくらい残ってる?」

「あと五、六回分くらいですかねー」

残りMP20で、回復魔法(失敗)の消費量は3だ。

「さすが冒険者、自分の魔力はきっちり把握してるんだね。指を見せて。うん、もう傷がふさがりかけてるね。手を開いて」

「あの、ぐさっとやる必要あるんですかね、先生。指先にちょっぴりやれば」

「痛くなければ覚えない。短期コースを選んだのは君だよ。さあ、大人しく手を開いて。手首あたりにぶっすりやってもいいんだよ? さぞかし血がいっぱい出るだろうね」

 大人しく手をひらく。容赦なくナイフが刺さる。

 くそ、やっぱ痛い。

「集中して。大事なのはイメージよ。傷が治る、傷のない元の健康な体に戻ったことをイメージするんだ」


 その日は魔力が切れるまで一度も成功しなかった。気絶こそしなかったが、かなりだるい。

「ほら、お土産」

 帰り際に小袋を渡された。

「魔力の回復するお茶だよ。お茶にするか、そのまま食べてもいい。食べたほうが効果は高いよ」

 試しにそのまま食ってみたらすごくまずかった。

 そりゃお茶の葉だからね!


   ~試し読みはここまでとなります。続きは書籍版でお楽しみください!~

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【書籍試し読み増量版】ニートだけどハロワにいったら異世界につれてかれた 1 桂かすが/MFブックス @mfbooks

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