第九話 教えて! アンジェラ先生 (1)

 この世界の一日は朝日が昇ってからスタートするから午前中が結構長い。

 朝食を食べてギルドで依頼を確認し、森の近くまで狩りをして帰ってもまだ昼前である。その分夜が早いんだが、慣れるまで朝がきつかった。起こしに来てもらったにもかかわらず、二度寝して宿の朝食を食べ逃したり。


「そろそろパーティを組むことを考えたらどうかな」

 野ウサギの肉を納品して、報酬を受け取っていると、そうおっちゃんが言ってくる。

「森のほうに行くならソロはつらくなってくるよ。ほら、講習で一緒だった子らとか、他にも君とパーティを組みたいって人もいるし」

 おっちゃんに聞いたところによると、魔法使いはレア職らしく、基本的に誰でも魔力は持ってはいるが、実用的な量を持っている人は少ないそうだ。

 MPは使い切れば気絶する。修行して覚えたところで、数発の火矢でMP切れを起こし気絶するようなスキルははっきりいって無駄。弓や投擲のほうが同じことを効率よくできる。

 結果、魔法を低レベルから使いこなせる人材は貴重なのである。

 それにアイテムボックスは空間魔法の一種で、非常に便利なので覚える冒険者はそれなりにいるそうなんだが、収容量などに問題があるらしい。野ウサギのときに堂々とやったのは正直失敗だった。野ウサギの数より、あれだけの量を収納していたことのほうが目立ったみたいだ。

 誰にも魔法を使ってるところを見せたことがないせいで、そちらの実力は知られていないのだが、実力のわからない魔法使いとしてよりも、荷物持ちとして期待されているのがちょっとばかり嫌な気分である。

「考えておきますよ」

 それに冒険者たちは怖い。見た目が。体育会系である。軍隊である。

訓練を一緒にしていた二人なら平気だが、あの二人のパーティ、他にもメンバーいるんだよね。

 はっきり言って知らない人と冒険に出て何時間も何日も一緒にいるのはつらいものがある。

「ところで回復魔法を教えてくれるところとかありませんか?」

 いずれ回復魔法は取っておくべきだが、今のところ優先度は低い。手持ちのポイントが少ないのもあって、他の狩りに使えるようなスキルにポイントを使いたかったのだ。習って取得できるならそれにこしたことはない。

「それなら神殿だね。寄付をすれば教えてくれるよ。回復魔法の習得は難しいらしいけど、君ならきっと大丈夫だ」

 昼ごはんを適当に済ませたあと神殿に向かう。

 神殿ということでパルテノン神殿を思い浮かべたんだが、そこはどちらかというと教会に近かった。大きな石造りの建物に、これもまた大きな扉がついており開け放たれている。中を見ると、ホールの奥に三メートル大の石像がいくつも並んでいた。

 ここの神様だろうか。

 男性神に女神、武器を持ったのやら祈った格好のやら色々である。

 何人か人がいたが、お祈りをしてたり、よくわからない作業をしていた。中央に建ってるでかい像の顔が伊藤さんに似ている気がする。神様って言ってたし本人かもしれないな。眺めていると神父らしき人が声をかけてきた。

「諸神の神殿へようこそ、冒険者の方。何か御用ですかな?」

「はい、ここで回復魔法を教えていただけると聞いて」

「そうですか、では担当のところへ案内いたしましょう」

 一度神殿を出て中庭のようなところを抜け隣の建物に向かう。

 ロビーには怪我人や具合の悪そうな人が座っていた。ここは病院か。神父さんに連れられさらに奥へ入って行く。


「こちらがシスターアンジェラです。ではアンジェラ、よろしくお願いしますよ」

 そう言って神父さんは去っていった。

 シスターアンジェラは金髪で長い髪をしたちょっと愛嬌のある感じの、整った顔立ちをした結構な美人さんでたぶん二〇歳くらいだろうか。背は俺と変わらないくらい、一六〇センチほど。白を基調とした質素な服に身をつつみ、でかい胸を装備していた。メイド服を着せたらとても似合うだろう。頭に神父さんとお揃いの丸い平べったい帽子をかぶっている。たぶんこれがここの職員? のトレードマークなんだな。

「や、山野マサルです。よ、よろしくお願いします」

 シスターに見つめられ顔が赤くなるのがわかった。女性と話すのは久しぶりである。

 前世では母親かコンビニ店員、こちらに来てからも宿の女将さんか初心者講習に一人いた子くらいとしかまともに会話していない。女性は嫌いではないが、リアル女性はすごく苦手なのである。突然シスターが近寄ってきて体をぺたぺたと触ってきた。

 胸があたりそうだ。顔も近いよ!

「あ、あの、な、なにを」

 満足したのか、離れてくれた。

「魔力は強いようね。魔法はどの程度使えるの?」

「火魔法をそこそこ使えます。あとは浄化とかライトとか」

「一番威力のある魔法を見せてみなさい。君の魔法の実力が知りたい」

 部屋を出て庭に案内された。

「広さは余裕ありますけど、音とかでかいですし地面に穴があきますよ。ここでぶっ放して大丈夫ですかね」

 庭は広そうだったけど、小爆破の魔法は音もすごいし小さいクレーターができる。庭の両脇には神殿と病院、奥のほうにも建物が建っていて道路側以外は三方向を囲まれている。ちょっと心配になって聞いてみた。

「大丈夫。どーんといってみなさい!」

 MPは70あった。これなら十分だろう。

 手のひらを前に突き出して【小爆破】の詠唱を開始する。レベル3の呪文だけあって小爆破は溜めに少々時間がかかる。詠唱が完了し、庭の中央に向けて発射する。

 ボンッという音と共に衝撃と砂が飛んできた。庭には一メートルくらいの深い穴ができている。

 何人かびっくりして様子を見に来たがアンジェラが追い返してた。

「なかなかやるじゃない。これなら回復魔法の習得も問題ないね」

「そうなんですか?」

「魔力があるってことはそれだけ練習もたくさんできるってことだからね。魔力が高ければ大抵の魔法は習得できる」

 アンジェラにもう一個の建物に案内される。なんか子供がたくさんいて、アンジェラに突撃して抱きついてた。

 う、うらやましくなんかないんだからね!

 そのまま大きな食堂らしいところに通され、話をした。子供たちは遠くからちらちら様子を見ているが邪魔をしたりしない。しつけがいきとどいてるな。


「いまいくらゴルド持ってる?」

「はあ、5000くらいですが」

 つい正直に答えてしまう。

「結構貯め込んでるじゃない。見てのとおり、うちの神殿は孤児院もやっていてね、寄付と治療院のあがりで運営しているのよ。つまり子供たちがちゃんと食事できるかどうか、マサルの寄付次第ってわけ」

 そう来たか。

「それでいくら寄付してくれるのかな?」

「せ……1000くらい……」

 はぁ〜。

 思いっきりため息をつかれた。

「最近は孤児も増えてね。ほら、あそこの子を見てごらん。あの子は最近両親をモンスターに食い殺されてね。たまには美味しいものを食べさせてやりたいじゃないか。服もあんなのじゃなくてもっといいものを着せてやりたいじゃないか」

なんか小さな女の子がこっちをうるうるした目で見つめてる……

「2……」

アンジェラに睨まれた。

「3000……」

「3500ね! まあこれくらいで勘弁しておいてあげる。みんなー、今日はこのお兄ちゃんがいっぱい寄付してくれたからごちそうだよー」

 わーーーっと周りから歓声があがった。

 みんな飛び上がって喜んでるし、まあいいかって気分になった。

 3500ゴルドで日本円にして三五万。自動車教習よりは少し高いくらい。これで魔法が覚えられるんだから、そんなに高いとは言えないのかもしれん。

 アイテムから3500を取り出し渡す。金貨三枚と銀貨五枚。金貨が1000ゴルド、銀貨が100ゴルドである。

「アイテムボックスも使えるのか。なかなか優秀だね」

 アイテムボックスに野ウサギの肉×3が残っていたので、ついでに渡す。

 ウサギといっても普通にペットショップにいるようなのより数倍はでかい。中型犬くらいはサイズがあり、肉もかなりな量がある。これをとったのはだいぶ前だったが、アイテムボックスに入れておくと腐ったりしないので本当に便利だ。

「野ウサギの肉です。みなさんで食べてください」

「気がきくね。おーい、こっちにおいで。お客さまがお土産を持ってきてくれたよ!」

 お兄ちゃんからお客さまに昇格したようだ。子供たちがわらわらとこっちに来る。一〇人以上いる。多い。

「ほらみんな、野ウサギの肉だよ。お兄ちゃんにお礼を言いなさい」

「「「お兄ちゃん、ありがとー」」」


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