第八話 山野マサルの特に何もない一日 (4)
吟遊詩人は二〇代くらいの若い男で、顔はまあ普通だな。白い羽がついたつば広の帽子に草色のマント。地面に皮か何かのシートを敷いて座り込み、小さいギター、いやリュートかな? を持ってぽろんぽろんとゆっくりとしたメロディをかき鳴らしている。
「何かリクエストはございませんか?」
俺が近づくのに気がつくと、そう聞いてきた。リクエストしろってことですよね。そしておひねりを出せと。別に知りませんって顔をして聴いててもいいみたいなんだけど、そこは気弱な日本人。それほど図太くはなれない。
「何か明るい曲を」
そう言って、おひねりに銅貨を一枚、木の器に入れる。銅貨一枚はたった一〇〇円だけど、気持ちだしね、気持ち。
お金を入れて、俺が少し離れた位置に腰を落ち着けると吟遊詩人はポロロンと今までと違った調子でリュートを鳴らし歌い始めた。
さすがにプロだけあっていい声をしている。題材は故郷を飛び出した若者が商人になって出世する話か。苦労して、失敗もして、最後は成功してお金持ちに。かわいい嫁さんをもらって大きい家に住んで。うん、どこでも人の願望って似たようなものだな。
そのまま座り込んで何曲も聴いていた。三回ほどおひねりを追加してたら、聴衆が増えて吟遊詩人さんもノッてきたようだ。俺以外からもおひねりがたくさん入って気持ちよさそうに歌っている。
だが正直微妙っていえば微妙である。声はいいし、楽器の腕もいいんだろうけど、単調でのんびりとした歌が多い。何曲かは日本で出しても売れるんじゃないかってのもあったけど、全体として見ればちょっと物足りない。ここは音楽に関してはそれほど進歩してないようだ。
日本のアニソンや歌謡曲が懐かしい。一曲こいつらに披露してやってもいいんだが、あいにくそれほど歌はうまくない。楽器も使えない。下手なりにでも歌えば人気が出そうな曲は何曲も知っているが、目立つのは嫌いだ。それにやっぱり歌で世界は救えそうにない。
最終的にそこへ行き着くんだよな。戦う道以外の選択肢が極めて少ないのだ。どの道二〇年経ったら日本に帰るのだ。お金儲けに意味はないとは言わないが、とにかく今のところは強くなるのを最優先にしないとそのうち死んでしまう気がする。
しかし、世界を救わなくていいっていうのはどういうことだろうか。スキルのテストって言ってたし、俺が報告をあげてるのをフィードバックでもして、本命を投入するつもりでもあるんだろうか。ありそうだ。だからこそ、俺みたいな大して役に立ちそうもない人間を選んだのかもしれない。あの時確かに言っていた。あの求人は適性のある人のみ引っかかると。
そうだよな。世界を救うつもりがあるんなら、もっとやる気があって強そうなやつを連れてくればいいんだよ。うん、そうだ。俺はなにもしなくていい。生き延びることを考えて二〇年過ごせばきっとなんとかなるさ……
ふと気がつくとほとんどの客が引いていた。ちょっとぼーっとしてたようだ。吟遊詩人がちゃりちゃりと収入を数えていた。
「今日は最後まで聞いてくれてありがとう」
おひねりも四回くらい出したしな。銅貨一枚ずつだけど、それでも安い食事なら二回分くらいにはなる。馬鹿にできない金額だ。
「僕の歌はどうだった?」
「うーん。まあまあってところかなあ」
「手厳しいね」
そう言って苦笑する吟遊詩人さん。実際のところ素人のど自慢でうまい人レベルだ。地球のプロ歌手のうまい人と比べればどうしたって質は落ちる。
「でもそのとおりなんだよね。自分でも悪くはないと思うんだけど、劇場とかで使ってもらえるほどじゃないんだ」
吟遊詩人さんも苦労してるんだな。
「オリジナル曲とかも作ってるんだけど、なかなかうまくいかなくてね」
「俺の故郷の曲を教えようか?」
ふと思いついて言ってみる。教えるのはもちろんアニソンだ。
「へえ、どんなのだい?」
有名なロボットアニメのオープニングを熱唱してやる。当然日本語だ。現地語で歌うなんて器用な真似はさすがにできないしな。
「ちょっと待って。もう一回、もう一回頼むよ」
メモを用意した吟遊詩人さんの求めに従って何度か歌ってやる。
「言葉はわからないけど、勇壮な曲だね」
「そう。これは戦に赴く戦士の曲だよ」
「意味は……?」
吟遊詩人さんの取ったメモを元に、歌詞をラズグラドワールド語に翻訳していってやる。もちろんロボットの名前はそのまんまだ。そこは間違えないように発音も正確にきっちりと繰り返し教えておいた。もし俺の後にこっちに来る日本人が居たら。この歌をどこかで聴いたら驚くだろうな!
ついでにエンディング曲とか、続編のとか劇場版のやつとかも何曲か教えておいた。吟遊詩人さんはすっごく喜んでた。
「でも僕がこれ、使っていいのかい?」
「うん。俺の故郷の人が、異郷の地でこの曲を聴いたらきっと泣いて喜ぶよ」
「そういうことなら」
「がんばって有名になって広めてよ」
「ありがとう! がんばるよ!」
ぜひがんばって、アニソンをこの異世界に広めて欲しい。そして続いて来るかもしれない日本人を驚かせて欲しいものだ。
吟遊詩人さんの相手をしてるうちに夕方だ。そろそろ宿に帰る時間だな。今日は久しぶりにゆっくりできた。これで一人じゃなかったらもっと良かったんだけど。
こっちに来てハーレムでも作ろうって思ったんだけど、ハーレムって一体どうやって作るんだろうね。どこに女の子が落ちてるんだろう? いや、女の子が空から落ちてくるのか? ないな。空から人が落ちてくるとか意味がわからない。
こっちで知ってる女の子といえば、真偽官の子に、ギルドの受付のおねーさん三人、宿の娘さん、訓練生の子。
受付のおねーさんはだめだな。彼氏どころか結婚しててもおかしくないし、そもそも顔しか知らない。娘さんは競争率が激しすぎる。真偽官の子はちょっと小さいか。訓練生の子は遠くに行っちゃったし。あれ? 俺はどこで出会いを求めればいいの? 道行く女性をナンパ……? 無理だ。泊まってる宿は野郎ばっかりだし、冒険者ギルドにたまにいる女性方はアマゾネスタイプだし……
ええと、こういう時ファンタジーな小説では、町の外で盗賊に襲われている女性を助けるんだよな? 一人でふらふら旅をすればいいんだろうか? 女の子目当てに? ないわー。ない。無理!
他にどんなパターンがあったっけな。学園編か。学校に入ってモテモテ! 残念、俺二三歳です! 学校って年じゃないぞ。魔法学校とかあるのかな? ありそうだ。魔法の勉強……ないな。経験値稼いでスキルで取れるし。学校入ってる間、レベル上げできないのは困るな。
そういえばどこかで回復魔法習えないかって思ってたんだ。考えてたより、経験値を稼ぐのに命の危険を伴いそうだし、なるべく節約できるところは節約したい。戦闘系は割とあっさりレベル1にできたし、魔法もどうにかできるんじゃないだろうか。
どこで習えるか、明日受付のおっちゃんにでも聞いてみよう。まさか魔法学校でしか習えないってこともあるまい。
宿に戻ると、日はすっかり傾き食堂は酒を飲む冒険者で混み合っていた。基本的に繁盛している店ではあるが、席が埋まるのは珍しい。どうしようかと思ってると、カウンター席が一個空いてい たので紛れ込ませてもらう。
給仕のおばちゃんにいつも頼む、一番安い日替わり定食を注文する。シェフの気まぐれセットとも言う。最初は何が出てくるかとドキドキしたものだ。だがこの宿の主であるおっちゃんの料理の腕は確かだ。何の肉を使ってるかわからなくても味は間違いなく美味い。
すぐに女将さんが定食を運んできてくれた。小さいパンにスープ。肉がどっさり入った山盛りのパスタだ。
「サービスしといたわよー」
女将さんは俺にたくさん食べさせようとする。食べてもっとでかくなれってことだろう。でも俺もう成長期過ぎてるんですよ……
「いつもありがとうございます」
しかし礼を言って素直に頂いておく。普通盛りだと少し物足りないので、同じ値段で大盛りにしてくれるのはとても助かる。
今日のパスタも絶品である。肉が何かとか詮索する気もなくなる。パンは少し硬くてパサパサだがスープに浸して食べると悪くない味だ。米が恋しくなるかと思ったが別にそうでもない。まあそんな余裕のある生活じゃなかったってせいでもあるが。
賑わう食堂を見回す。娘さんはもう引っ込んでる。大事な娘に酔っ払った冒険者の相手をさせられないってことだろう。それでなくても、朝早くに朝食の準備もある。夜は夜でパートのおばちゃんが数人、食堂と厨房の応援に来ているしそれで人手は足りてるんだろう。
俺の食事が終わる頃には食堂のほうも落ち着いてきた。夕食客が帰って、飲みに来た客が残った感じだ。俺は酒はあまり飲まないほうなので引き上げることにする。酔っ払った冒険者とかには近寄りたくもない。
部屋に戻るとお腹がふくれてちょっと眠くなってきた。
寝る前に日誌を一〇分くらいかけて書く。内容は今日あったことや見聞きしたことが中心だ。
日誌というより日記だな、これ。でも今日は野ウサギをちょろっと狩っただけだし、毎回ちゃんとした報告が書けるものでもない。伊藤神からは文句もないのでこれでいいんだろうと思い、宿の薄くて硬い寝台に潜り込んだ。
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