第八話 山野マサルの特に何もない一日 (3)
広場の反対側ではここまでは聞こえないが、吟遊詩人がギターのような楽器を弾き鳴らしながら何かを歌っていた。中世ヨーロッパくらいの文明、文化だと思ってたが、どうも古代ローマに近い気がしてきた。トイレもあるし、銭湯もちゃんとある。建物や橋も立派なものだし、水車はさっき見かけた。現代知識で一儲けも少しは考えていたのだが簡単にはいかないようだ。
そもそも俺はニートだし、できること、持ってる知識が極めて偏っている。高卒レベルの知識と、あとはアニメや漫画、小説の知識のみである。銃や大砲でも作れれば良かったのだが、火薬の作り方が思い出せなかった。
戦国モノの小説で硝石を作るのに、床下を使ってどうこうする、くらいまで思い出した。そこから先がさっぱりだった。それに銃の構造もわからない。火縄銃ですら細部を示せって言われたら困る。
鉄の筒に火薬と弾を入れる。そこに火縄で火をつける。どうやってだろう? 小さい穴を開けて火縄を通す? 穴なんか作ったら火薬が爆発した時に圧力が抜けるんじゃないだろうか?
武器の線は多分無理だな。武器屋を見て回ったがどれも精巧で品質も良さそうだった。日本刀はさすがに見当たらなかったが、そもそも作り方なんか知らないし。鉄の防具なんかもとてもじゃないが、素人に手が出せるようなシロモノじゃない。
医療はダメだ。薬や治療法なんかまったく知らない。せいぜい手を洗おう、歯を磨こう、太ったら糖尿病になりやすい。この程度だ。
農業も先ほどちらっと見た限り、鍬のようものは持っていたし、堆肥らしきものもあった。この線もまあ無理だな。都会とは言えないが、そこそこ発展した地方都市で育ったし農業なんかやったこともない。せいぜいTVで芸能人が、毎週日曜日に田舎で農業をやっているのを見てたくらいだ。もしかしたらその知識で何か役にたつものがあるかもしれないが、ここの農家の人のところに行ったとして、どうなるだろうか?
「農業の知識があります」
「どこで農業を?」
「TVで見ました」
「は?」
「農業は実際にやったことがありませんが、芸能人がやってるのを毎週見てました」
「芸能人ですか……?」
「はい。米を作ったりビニールハウスを作ったり」
「やったことはないんですよね?」
「ないです」
「カエレ」
うん、だめそうだ。
娯楽はだめだ。アニメや小説、漫画の話を本にして売ればたぶん儲かる。ボードゲームやカードゲームなんかも作れば売れそうだ。そのあたりの知識ならばっちりある。でも二〇年で滅びる世界に娯楽を広めてどうなるんだ。仮に魔王に攻め滅ぼされるとして、住民が麻雀にハマってましたじゃ滅亡が早まりそうだ。それはヤバイ。俺のせいで世界の滅びが早まる。
知識で儲けるなら実用的な、世界が発展するようなのじゃないといけないんだが、こうやって考えてみるとほんとに実用的な知識ってないものなんだな。
ふと思いつく。これってもしかして、チートスキルもらってなかったら詰んでたんじゃないか?
まず最初の草原で野ウサギになぶり殺しにされるだろ。そこをなんとかしても門で止められるな。言葉もわからない。妙な格好。お金もない。
なんとか町に入れてもらえても、やっぱり言葉はわからないし、冒険者ギルドの登録もできたかどうか。ギルドに入れたとしてもやっぱり言葉がわからない。依頼なんかできるわけもない。
これはだめだ。確実に野垂れ死にコースだな。
百歩譲って言語チートだけはもらったことにしよう。あと町とギルドに入るお金。それくらいはいいよな。討伐依頼は無理だな。野ウサギすら倒せるかどうか微妙。薬草はわからんし、草原は危険だ。オークなんかに出会ったら即死するな。
となると雑用系の依頼ってことになるか。荷運びとか、ドブ掃除。きつそうだな。女将さんのとこで皿洗いさせてもらおうかな。料理はそこそこできるし。異世界ではないレシピでも使って、店を繁盛させて娘さんと結婚。は、だめだな。冒険者に殺される。独立しよう。
小さい店を手に入れてちょっとずつ大きい店に。いずれはチェーン店にしたいな。それでお金を儲けて、嫁さんをもらって。
異世界まで来てやることがこれか……日本でラーメン屋でも開いてがんばるほうがいいな。
それにいくらがんばって店を大きくしても、二〇年後の終了は確定してるしなあ。
内政とか生産系はがんばってもどうにもならんね。たぶん。
じゃあ戦闘系を鍛えてみようか。ギルドに入って初心者講習会に入れてもらえるとしよう。それでオークを倒せるくらいにはなるかな。
たぶん一匹ならいける。いや、きついか……? ノーマル状態だと、運動能力もしょぼいし。弓を使おう。弓なら戦えそう。それから訓練で一緒だった知り合いのパーティに入れてもらおうかな。誘われたし。いや、これもどうなんだろう。もしチートなし状態のへぼへぼな俺だったら誘ってくれたか? うーん。そのときはこっちから頼み込むか。一緒に死線をくぐった仲間だ。無碍にはするまい。
これでパーティに入れそうだし、ずいぶん安全に冒険者ができるようになったな。ぼちぼちと、死なないように稼ぎつつ強く……強く……なる?
この経験値を稼いでレベルアップするシステムってチートだろうか? 普通の人も経験値を稼いだらレベル上がる? 他の人のステータスは見れないからわからんな。でもレベルアップって普通の人はしないよな。うん、しないわ。これもチートだな。じゃあ、レベルアップはなし。普通に筋トレとか修行しないと強くならないことにしよう。
でも俺は二三歳。もう成長期は過ぎてるし、強くなるって言っても限度がある。多少強くなった程度じゃだめだ。きっと生き残れない。厳しいな。
魔法があった。魔法なら使えるはずだ。魔力はこれ自前だよな? その部分は強化はまだしてないし、最初からMPは持ってた。魔法を覚えよう。これでなんとかなるか? なるかもしれない。弓と剣でどうにかしようとするよりずいぶんましになった気がするぞ。今ある火魔法レベル ならどれくらいで到達できるかな。一〇年、いや五年ってことにしよう。魔法使いの才能はそこそこあるって設定くらいはいいよな。
二〇年あれば火魔法レベルくらいいけるだろうか。5は無理として4はいけるだろ。それで魔王と対決? ないな。想像もできない。そもそも二〇年で世界が滅ぶってなんだよ! 設定に無理があるよ! 個人でどうこうできる話じゃないよ! 見直し! 見直しを要求する!
チートってまじチートだなあ。なかったら死んでた。スキル取得に加えてレベルアップでステータスを強化すれば、俺みたいな雑魚でもそれなりに戦えるようになれそうだ。
それと自分の無能っぷりもよくわかった。もっと勉強しとけばよかったのかな。でもそうするとハロワにもいかないし、こんなとこ来てないよな。やっぱ勉強もっとして真面目に生きてりゃよかったのか。そしたら普通の人生送れたかもしれないな。
普通の人生か。大学受験に失敗した時点で、人生負け組一直線だよなあ。いや、別に高卒でもちゃんと稼いでる人はいっぱいいるし、俺が無能なだけか。チートでもつけないと本当に何にもできない。
あ、だめだ。悲しくなってきたな。せっかくチートもらって新天地に来たんだし、楽しまないとな。ちょっと生命の危険があったり、超絶しごきを食らったりする以外はこっちもそんなに悪くない。TVも漫画もないのはどうかと思ったけど、なかったらないで案外気にならないものな。
それにチートがあればこっちの世界じゃかなり強くなれる。教官にはボッコボコにされたものの、レベル2でも訓練生同士の戦闘じゃ誰にも負けなかったし。レベルが上がってスキルを増やしていけば無敵になるんじゃないだろうか。うん、元気出てきた。
二〇年生き延びたら日本に戻れるんだし、死なないように無理しないで、適当に逃げまわっておけばいいわ。うん、それでいこう。
座り込んでいた広場の隅っこから立ち上がる。広場には俺みたいな暇人は結構いるし、気配を殺してることもあって、誰も気にもとめない。考えてるうちに結構時間は経っていたが、宿に帰るには早いかな。広場の反対側で歌ってる吟遊詩人でも見に行くか。
広場の中央部を通る時は注意が必要だ。馬車が通るので、ふらふら歩いていると馬にはねられて別の異世界に転生なんてことになりかねない。それとは別に馬のウンコが普通に落ちてる。掃除して回っている人がいて、そのうち綺麗になるんだが十分な注意が必要だ。あいつら歩きながらぶりぶりやるんだぜ。一回あやうくかけられそうになったよ。
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