第八話 山野マサルの特に何もない一日 (2)

 それにしても、なんだ。このモテっぷりは? 俺の華麗な野ウサギ狩りの腕が必要とされてるってことか?

「確かにすごいけど、野ウサギが狩れてもな」

 聞いてみたらすぐに否定された。

「意味がわからない」

「つまりだな。アイテムボックスだよ。お前すごい数持てるよな」

 モテたんじゃなくて、持てるんだった。うん、自分で言っててつまらない。

「お前は安全な後方にいればいいからよ」

 なるほど。宿屋の冒険者もそれが目当てだったのか。

 念のために荷物持ちの報酬を聞いてみたのだが、これがしょぼい。

「俺、昨日は野ウサギ三五匹狩ってきたんですよ。報酬いくらくらいかわかりますよね?」

「……ん、むう」

 25ゴルド×三五匹で875ゴルド。冒険者も頭の中で計算したのだろう。しぶい顔をしている。

「じゃ、そういうことで」

 その冒険者を放置してさっさと立ち去る。どうも他の冒険者もチラチラこちらを見ている気がする。気のせいならいいが、また捕獲されては面倒くさいので冒険者ギルドを後にする。

 野ウサギが狩れてもな、だと。しょっぱい報酬しか提示できねーくせに、馬鹿にしやがって。うん、今日も野ウサギ狩りにするか。


 装備をきちんと整え、門を抜けると草原はすぐそこだ。街道を外れ草原を進む。数は少ないものの町に近い位置でも気配察知があれば野ウサギは見つけることができる。

「一匹発見、と」

 隠密忍び足で近寄ると、さっくりとナイフを投げて仕留める。あれほど危険な野獣がもはや雑魚ですらない。

 一〇匹仕留めたところで休憩する。これで250ゴルド。日本円で二万五千円くらいである。

 お金を稼ぐだけならこれで十分なんだが、問題は野ウサギで経験値が入らないってことなんだよなー。かなり狩ったはずなんだが、野ウサギでは あたりからレベルが一個も上がらなくなった。経験値が微量なのか、まったくないのかはわからないが、どっちにしろ野ウサギのみではやっていけないのは確かだ。

 かといって森も怖い。みんなが口を揃えて危険だと言うのだ。実際に入り口あたりでオークに襲撃されたし、あれが普通の駆け出し冒険者だったら確かに死んでたかもしれない。

 ちらりと森の方角を見る。今日はやめとこう。もう十分に稼いだし。

「今日は何匹だ? 一〇匹か。野ウサギは農園も荒らすからな。しっかり狩っといてくれよ」

 門番の兵士にそう言われる。農園なんかあったのか。

 聞くとどうやら、この門の反対側にあって結構な広さがあるそうだ。そんなことも知らんのかとちょっと呆れられた。町の反対側なんかに用はないし、仕方ないんだよ!

 だが野ウサギのことはいい話を聞いたぞ。あんまり狩りすぎて怒られないかと思ったが、別にそんなこともないのなら次からは遠慮なく行けるな。

「次からは本気でやりますよ」

「さすが野ウサギ、頼もしいな!」

 その野ウサギはいい加減やめてくれませんかね……

「一匹どうです?」

 ふと思いついて野ウサギを一匹差し出す。ちょっとした情報を教えてもらった礼だ。

「おお、いいのか?」

「いくらでも獲れますからね」

 一匹や二匹、なんてこともないのだ。

「それもそうだ。ありがたくもらっておこう。今日はご馳走だな!」

 そんなことをやってるうちに、他の門番の兵士が集まってきた。ちょうど交通が途切れた時間で暇だったらしい。

 そして、いいなーいいなー。一人だけずるいなー、と屈強な兵士の人たちが俺を見て言うのである。

「あの、どうぞ」

 一人一匹ずつ差し出したよ。合計して五匹。

 ゆすり取られたみたいな形になったけど、なんかすっごく喜んでたし、渡しながらまあいいかって思い直した。兵士って給料安いらしい。


 とりあえず町には入らず、そのまま農園を見に行くことにした。

 まだ午前中だし、戻ってもすることがない。農園は南のほうがでかいと教えてもらったのでそちらを目指す。町の高い壁にそってさくさく歩いて行くとほどなく農園が見えてきた。一メートルほどの低い壁が町の壁と直角方向に延々と続いている。野ウサギ避けならこの程度で十分なんだろう。

 農園は一部分は作物が植えられて青々としていたが、ほとんどがむき出しの地面だった。耕した形跡はあるから、これから作物を植えるんだろうか。壁を乗り越えてさら進む。不法侵入っぽいが、他に道も見当たらない。

 遠方に数人、作業をしている人が見えて、一人がこちらに気がつく。俺が怪しいものじゃないですよーと手を振ると、それで興味をなくしたのかまた作業に戻っていった。邪魔しちゃ悪いのでそのまま壁沿いに進む。

 壁の一箇所には堆肥が山積みにされていた。すごい異臭がした。原料は何かはわからないし知りたくもないが、かなり発酵が進んでいるようだ。

 またしばらく歩いて行くと、街道が見えてきた。西側の街道は農園を突っ切るような形で通っており、確かにこれで農園があるのを知らないとか言った日には呆れられるのも当然だなと納得した。

 門があって、こちらでも同じように兵士が検問に当たっていたが、とりあえずは町の外のほうへと向かう。この街道はそのまま西へ向かうと、馬車で五日ほどの距離に王都があるそうである。

 王都にはそのうち行こうとは思っているが、今日の目的地は川だ。町の近くには川が流れており、立派な橋がかかっているそうだ。

 橋ではなく川はすぐに見えてきた。小川だ。近づくと小さい橋がかかっているのがわかった。これが立派な橋か? と思いつつ、さらに進むとちゃんとした川が見えてきた。大河ってほどじゃないが、川幅は一〇〇メートルほどはあって流れはゆるやかだ。さっきのは農園に水を引き込む水路だったようだ。水路のほうには水車が二つほど建っているのが見えた。橋は石造りのがっしりとしたものがかかっており、多少の増水ではびくともしそうにない。

 橋の中ほどに釣りをしてる人が見えた。革鎧を着て、剣と弓を持ってるのがいかにも異世界らしい。

 そのまま釣り人のほうに近寄っていく。白髪のお爺さんだ。がっしりした体格で装備も年季が入っている。引退した冒険者か何かだろうか。

「釣れますか?」

「まあまあだな。お前さん、釣りに興味あるのかね?」

「ええ」

 正直釣り自体にはそれほど興味はない。釣りとか小さい頃、釣り堀でやったことがあるくらいだ。だが、釣れた魚には興味がある。

「何が釣れるんです?」

「これだ」

 年配の釣り人は木のバケツを見せてくれる。中には変わった形の魚が二匹。三〇センチくらいはある。なんだろう、どっかで見たことある魚だな。

「見た目は悪いが味はいいぞ」

 思い出した。深海魚でこんなのがいた。頭がでかくて口もでかい。よく見てみると鋭い歯がびっしりと生えている。

「お、かかった」

 俺が魚を見ているうちに獲物がかかったようだ。リールもついてない木の竿でどうするのかと思ったら、どっせーいという気合とともに一気に魚を釣り上げた。俺の近くに落ちた魚がびちびちと暴れる。

「離れてろよ。噛まれたら指くらいは簡単に食いちぎられるぞ」

 思わず一歩あとずさる。釣り人はナイフを取り出すと手慣れた様子でとどめを刺した。

「この川ってこんなのがいっぱいいるんです?」

「そうだぞ。川には近寄らんようにしておけよ」

 欄干は腰くらいの高さしかない。ふらふらしてたら簡単に落ちそうだ。

「落ちたら……」

「運が良ければ二、三箇所噛まれるくらいで岸までたどり着けるかもな」

 こえー、川こえーよ! 絶対に近寄らないようにしよう。

 改めて川を見渡す。こんなに町に近いところにあるのに、船の一つも見えないのはそんな理由なのか。もちろん釣り人もこの人以外にいない。

 話を聞いてみると釣りの人気がないのがよくわかる。町の外が危険なら釣った魚も危険。普通の糸じゃ食いちぎられるから高額な釣り専用の糸が必要。さらに、そこまでして釣れた魚はそれほどの値段になるわけでもない。

 だが町の外でもこのあたりは安全だし、魚も慣れれば危険はない。糸も無くさないようにすれば大丈夫。そうこのお爺さんは説明をする。

「いっちょお前さんもどうかね?」

「遠慮しておきます」

 これは俺の知ってる釣りじゃない。釣りってのんびりやるものだよね?

「そうかね? 気が変わったらいつでもここに来るといい。釣りの良さを教えてやろう」

 命がけの釣りとか御免こうむります。


 釣り人のお爺さんと別れて町に戻ることにした。そろそろお昼も近く、お腹が空いてきた。お爺さんはお弁当持参で午後も釣り続行らしい。終日釣りの老後って字面だけ見ると悪くない感じだけど、相手が殺人魚だものなあ。異世界怖い。


 門を何事もなく通り過ぎる。カードをチェックして終わりだ。こっちでは顔が知られてなくて野ウサギ野ウサギ言われたりしないのはいいな。

 町の西側は用がないので来るのは初めてだが、東側とそんなに変わらない。店があって、露店があって結構な数の人が忙しげに、または俺みたいに暇そうに行き交っている。

 さて何を食べようか。

 こちらの食事はそう悪くない。米や醤油がないのを除けばパンやパスタはあるし、調味料も揃っている。変わった食材がたまに出てくるのに目をつぶれば食べるのには困らない。野菜は大丈夫だ。日本で見たことあるような野菜も多いし、よくわからないものでも野菜は野菜だ。違和感はない。

 肉なのだ。問題は。こっちにきて初めて食べたのは野ウサギだったのだが、この町で一番流通してるのはオーク肉である。牛や豚はいないのだ。オーク以外にも色々な肉が出てくる。三つくらい名前を聞いた後、もう気にするのをやめた。現地の人は普通に食べてるし、味も普通だ。腹を壊すこともなかったし、気にするだけ無駄なのだ。食わないと生きていけない。

 でも、虫よ。お前だけはダメだ。虫は肉じゃない。

 美味しいらしいのだが巨大な昆虫が分解されて、煮たり焼いたりされてるのを見るのはさすがに限度を超えている。幸い、流通量はそんなにないようで避けるのは簡単だし、異世界人でも苦手な人はいるらしく、嫌がっても不審には思われなかった。

 いい匂いのする屋台を見つけてスープを買う。肉や野菜、それにたぶん麦がごった煮してある。容器は自分で用意する。店でも器は貸してくれるが、自分の容器を使うと少し多めに入れてくれるのだ。値段は銅貨三枚で十分に満腹になる量がある。

 広場の隅に座り込んでスープを味わいながら人の流れを眺める。人種は実に様々だ。一番多いのは普通の人間だが、肌の色だけで白いのから黒いのまでいるし、尻尾と猫耳のついた獣人やドワーフらしいずんぐりした人も少数であるが見かける。エルフもいるらしいのだが、まだ一度も見たことがない。ファンタジーといえば定番のエルフはいつかぜひ見たいものだ。

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