第二章 勇者、二度目の世界を闊歩する

 石のふたを押し上げてどかし、俺は明るく広い外へと出た。

「俺はっ!! じぃーゆぅーうぅーだぁああああああああっ!!」

 長く暗い地下通路を踏破し、やっとお日様が拝める場所まで来ると、太陽の光を目一杯に浴びるように体を広げながら思いっきり叫んだ。

 ここは王都の端にある人気のない雑木林の奥。

 長い間閉じ込められていたカビ臭い石の通路の空気を体から追い出すように、木と土、陽の光の匂いを取り入れながら深呼吸する。

 一度目から考えて(というか、二度目が始まってからまだ一日も経っていないのだが)、三ヶ月ぶりの太陽だった。殺されたあの場所、りゅうどうでんに逃げ込んで潜伏し続けている間は一度も陽の目を見ることがなかったので、こうして太陽をこの目で見るとほろりと涙が出そうになる。

「あぁ、太陽は、偉大だった……」

 青空の下の素晴らしさにひとしきり感動した後、さて、と頭を切り替える。

 目標は決まっている。俺をだまして裏切った奴ら全てを苦しめて苦しめて、その尊厳を最大限に踏みにじってやった上で、ふくしゅうを果たすこと。

 とはいえ、今の俺ではそれをやるには力が足りない、時間が足りない、準備が足りない。

 さすがにレベル1、スキル補正なしの縛りプレイで五百人以上もの騎士を相手にするには持久力が足りなさすぎる。

 とりあえず、あの場にいた王女と騎士たちにしか俺の顔は分からないのだから、魔王を倒して顔が売れてから追われた時と違い、この王都を離れてしまえばそうそう警戒しなくともいいだろう。少なくとも、顔を覆い隠すような丈の長いローブを着なければ飯屋にも宿屋にも、それどころか街自体にも入れないなんてことはないはずだ。

 ちらりと、もう一度太陽に目線を戻せば、日が少し傾いている。初めて召喚された時のことを思い出せば、おそらく昼を過ぎて一時間といったところだろうか。

「城の宮廷魔術師の腕前じゃ、王女たちが俺のことを話せるようになるまで回復させるのに丸一日ぐらい掛かるだろうし、まぁ、寄り道しなければ余裕か」

 のんびりと歩き出した俺は、大通りに出て久しぶりの王都の街並みを眺める。

 この王都の住民たちも国と教会の宣言をそのまま信じて俺に敵意を向けてきた連中だった。正直なところ、王女や騎士たちのように顔を見たら即ぶん殴りたくなるんじゃないのかと思ったが、どうやらそんなこともないようだ。ほとんどが関わりのない、裏切りを主導したわけでもない、ただの民衆だったからだろうか。

 もちろん、『あぁ、こいつら不幸になればいいなぁ。明日にでも転んで石に頭を打ち付けて死ねばいいのに』と自然に考えるレベルで嫌いだが、そっちにリソースを割くよりもずっと殺したい相手がいるのである。要するに優先順位と比較の問題なのだろう。

 自分の考えについてのそんな考察に一つ区切りをつけると、まず初めにしなければいけないこと、軍資金の調達について考えを巡らせる。

 それについては目処は付けてあった。懐かしい制服のポケットに入っているのはずしりと重い、王女からかっぱらってきたネックレスだ。王室ゆかりの品という面を差し引いても、魔法銀ミスリルや色とりどりの魔石、所有者に若干のびんしょう補正が掛かる祝福など、それ自体の価値もなかなかのものだ。

 これを売れば十分に当面の活動資金にすることができるだろう。もちろん、売り方に注意は必要だ。今の格好はどう見ても貴族に見えない上、そもそもこれほどのものを買ってくれと言ったところで買い取れるところなどいくつもない。

 そんなわけで、向かうのはこんな大通りに面したところで店を構えている連中ではない。

 日陰者が生きるために生まれたような場所、王都の端で一角を占める『スラム街』だった。

 記憶を頼りに適当な路地に入り込み、寂れた方、不潔な方と進んでいけば、やがて先程の場所と同じ街なのかと思うような場所に出る。

 薄汚れたボロボロの家の壁はひび割れや欠損が目立ち、公衆衛生の概念を鼻で笑うようにそこらじゅうにふん尿にょうやゴミの臭いが漂っている。道端に座り込む人間の目は暗く落ちくぼみ、あるいはギラギラとした視線で獲物を物色している。

 観察するような視線、値踏みするような視線が半数ずつ、時折混ざる馬鹿にするような視線は、スラムの新人だろう。どこの街のスラムも、見た目だけで相手を判断しようとするような素人が長く生きられるような場所ではないのだから。

「おい、珍しい格好のにーちゃん。一人でこんな場所にどうしたよ?」

「………」

「おっと、運が悪かったな、にーちゃん。残念ながら今から前も後ろも通行止めなんだ。通りたかったら通行料が必要なのは常識だよなぁ?」

 ニヤニヤと笑いながら五、六人が周りを取り囲む。

「毎度思うがこのテンプレ……、いや、話が早くなるからいいんだけど」

 この格好で一人でいるのがカモに見えるのは仕方がないとは思うが、どこの街でも初めてスラムに顔を出すとこういうやからが湧いて出てくるのは一体どういう理屈なのだろうか。

 逃亡中に詳しくなった各街のスラムが、色々と裏の方面で便利なのは知っているので、この二度目の世界でもスラムを利用しないという方向にはいかないだろう。だが、どこの街でもこのテンプレをやらかさないといけないのかと思うとちょっとえる。

 二度目なのは自分だけなのだから仕方がないとは思うのだが、こういう展開にドキドキするのは、初めてか、せいぜい二回目までが限度なのだ。

 それ以上は、ただただ面倒なだけなのである。

 それまで周囲にいたスラムの人間は、巻き添えをらうことを恐れてさっさとこの場を離れている。スラムで長生きできるのはああいう人間か、力と頭の両方が人間だけだ。

「一応聞くが、お前ら、俺の敵か?」

「はぁ? 何言ってやがんだ?」

「いいから答えろ。お前らは別に復讐対象じゃないし、構ってこなければ殺すのも面倒だから放っておいてもいいんだが」

「なんだお前、スラムに一人で来るとか馬鹿かと思ったが本物の勘違い野郎か? この状況で意味が分からないとか、本物のカモだぜこいつぁ!!」

 リーダー格らしいハゲ頭に褐色肌の男がゲラゲラと笑うと、その取り巻きたちもそれに追随するように大合唱を始める。

「いいから金目のもん全部置いていけよ、そしたら殺さず奴隷にして売ってやるからなぁっ!!」

「そうか、それがお前らの答えか」

 そのチンピラどもは一斉に殴りかかってきたので、とりあえず踏み込んで、全員の足首から下を【きゃくけん】で切り捨てる。


   ~試し読みはここまでとなります。続きは書籍版でお楽しみください!~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【書籍試し読み版】二度目の勇者は復讐の道を嗤い歩む 1 ~裏切り王女~ 木塚ネロ/MFブックス @mfbooks

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る