第四話「師匠」 (5)
「それでは話を戻しますが、派手な色ほど危険というのは、まったくの迷信です」
「あ、迷信なんですか」
警戒色とか真面目に考えて損したぜ。
「はい。バビノス地方にスペルド族という、髪が緑の魔族がいたのですが、彼らが四〇〇年前の戦争で暴れまわったため、そういう風に言われるようになったんです。なので、髪の色は関係ありません」
「暴れまわったんですか」
「はい。たった十数年ほどの戦争で敵味方あらゆる種族に恐れられ、忌み嫌われるほどに暴れました。戦争が終わった後、迫害を受けて魔大陸を追われるぐらい危ない種族でした」
戦争が終わってから、味方に追い出されたってことか。
すげえな。
「そんなに嫌われてるんですか……」
「そんなにです」
「何をやったんですか?」
「さぁ、それはわたしにも……ただ、味方の魔族の集落を襲って女子供を皆殺しにしたりとか、戦場で敵を全滅させた後に、味方も全滅させたりだとか、そういう逸話は子供の頃に何度も聞きました。夜遅くまで起きていると、スペルド族がやってきて食べてしまうぞ、と」
しまっ○ゃうオジさんかよ。
「ミグルド族もスペルド族に近い種族なので、かつては風当たりも強かったと聞きます。そのうち、ご両親にも言われるかと思いますが……」
いいですか、とロキシーは前置きした。
「エメラルドグリーンの髪を持っていて、額に赤い宝石のようなのがついた種族には、絶対に近づかないでください。やむを得ず会話しなければならない場合も、決して相手を怒らせてはいけません」
エメラルドグリーンの髪、額に赤い宝石。
それがスペルド族の特徴らしい。
「怒らせるとどうなるんですか?」
「家族を皆殺しにされるかもしれません」
「エメラルドグリーンと、額に赤い宝石、ですね?」
「そうです。彼らは額のそれで魔力の流れを見ます。第三の眼ですね」
「スペルド族って、実は女しかいないとかあります?」
「え? ありませんよ? 普通に男もいます」
「額の宝石が何かすると青色になったりとかしますか?」
「え? いえ、なりませんよ? 少なくとも私の知る限りでは」
なんなんですか、とロキシーは首をかしげた。
俺も聞きたいことが聞けて満足だ。
「でも、それだけ目立つなら見分けるのは簡単ですね」
「はい。見かけたら何気なく用事があるフリをして逃げてください。いきなり駆け出すと刺激する恐れがありますので」
不良の顔を見て即座に逃げ出したら、なんとなく追いかけられて絡まれるようなものか。
経験がある。
「話をするといっても、相手を尊重して喋れば問題ないですよね?」
「あからさまに
ふむ。
すごい
しかし、迫害を受けているという話だが、どちらかというと恐れられているという感じだ。
あいつらを怒らせるとヤバイから近くにいないでほしい、といった感じか。
怖い怖い。
殺されて二度も三度も人生をやり直せるとは思えない。
極力近づかないようにしよう。
スペルド族、ヤバイ。
俺はそう心に刻んだ。
★ ★ ★
一年ほど経った。
魔術の授業は順調だ。
最近は、全ての系統で上級の魔術まで扱えるようになった。
もちろん無詠唱でだ。
普段している練習に比べれば、上級魔術なんて鼻くそをほじるようなもんだった。
ていうか、上級魔術は範囲攻撃が多くて、いまいち使い勝手が悪いように感じる。
広範囲に雨を降らせるとか、何に使うんだ?
と、思ったら、日照りの続いた日にロキシーが麦畑に向かって雨を降らせて、村人から大絶賛を受けたらしい。
俺は家にいたので、パウロから聞いた話だが。
ロキシーは他にも、村の人に依頼を受けて、魔術を使って問題を解決しているらしい。
『土を起こしていたら大きな岩が埋まっていたんだ、助けてロキシえもん!!』
『まかせて、ドン○ラコー』
『なぁにその魔術?』
『これはね、岩の周囲の土を水魔術で湿らせて、土の魔術で泥にする混合魔術なんだ』
『うわっ、すごい、岩がどんどん地下に沈んでいく!!』
『うーふーふー』
そんな感じだ!!(多分)
「さすが先生。人助けにも余念がありませんね」
「人助け? 違いますよ。これは小銭稼ぎです」
「金を取っていたんですか?」
「当然です」
なんて守銭奴だ。
と、思ったが、村の人もそれは承知だそうだ。
村にはそういうことができる人がいなかったから、ロキシーは大絶賛されているらしい。
ギブアンドテイクってやつか。
俺の感覚が間違っているのだ。
困っている人を無償で助けるのは当然。
それは日本人の感覚だ。
普通は金を取る。
それが普通だ。常識だ。
まぁ、生前の俺は引きこもってたから困ってる人を助けるどころか、家族全員から困った奴として扱われていたがね。
ハッハッハー。
★ ★ ★
ある日、ふと聞いてみた。
「先生のことは先生ではなく師匠と呼んだほうがいいのではないでしょうか」
すると、ロキシーはあからさまに嫌な顔をした。
「いいえ、恐らくあなたはわたしを簡単に超えてしまうので、やめたほうがいいでしょう」
俺はロキシーを超えてしまう逸材らしい。
評価されると照れるな。
「自分より力の劣る者を師匠と呼ぶのは嫌でしょう?」
「別に嫌じゃないですよ」
「わたしが嫌なんです。自分より優秀な人に師匠と呼ばれるなんて、生き恥じゃないですか」
そういうものなんだろうか。
「先生は、先生の師匠より強くなっちゃったから、そう言ってるんですか?」
「いいですかルディ。師匠というのはですね、もう自分に教えられることは無いと言いながらも、事あるごとにアレコレと口出ししてくるような厄介な存在なんです」
「でも、ロキシーはそんなことしないでしょう?」
「するかもしれません」
「もしそうなったとしても、俺は敬いますよ?」
事あるごとに偉そうにドヤ顔で忠告してくるロキシー。
きっと俺はニコニコしてしながら敬ってしまうだろう。
「いいえ、わたしも弟子の才能に
「例えば?」
「薄汚い魔族の分際で、とか、田舎者のくせに、とか」
言われたのか。
可哀想に。
差別はよくないよな。
でも、上下関係なんてそんなもんだ。
「いいじゃないですか、威張ってれば」
「年齢が上というだけで威張ってはだめなんです!! 実力が伴わない師弟関係は不快なだけなんです!!」
断言された。
よほど師匠との仲が悪かったらしい。
ともあれ、そういうわけで、俺はロキシーを師匠とは呼ばないことにした。
けれど、心の中では師匠と呼び続けることに決めた。
この幼さの残る少女は、本を読むだけでは理解しえないことを、きちんと教えてくれるのだから。
~試し読みはここまでとなります。続きは書籍版でお楽しみください!~
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