蒼い瞳のあの人が望むもの
新巻へもん
今度は冒険だ
密林を抜けると僕の目の前に石造りの遺跡が現れた。飼い犬と同じ名前をつけられた考古学者が主人公の映画や、ぽってりした唇がセクシーな女性を操作するビデオゲームに出てくるような古代の神殿だ。ちなみに僕の目の前1メートルほどを進む先輩は、その女性より凄い。
今は炭素繊維強化プラスチック製のパワードスーツにメリハリのある体が隠されているし、素敵なブロンドヘアと官能的な口元はヘルメットで見えない。でも脱いだら凄いんだ。マチルダさんは。おっと、そんなことより仕事に集中しないと、また夜にお仕置きされちゃう。
僕は世界征服を一時中断している秘密結社の社員だ。中断しているのは秘密結社の総統がそう決めたから。未曽有の感染症に苦しむ世界の弱みにつけこむ真似はしないそうだ。まあ、平社員の僕はそう命じられたら従うしかない。しばらく自宅待機していたのだけれど、先輩が新兵器開発に必要なものがあるとかで、こんな秘境にやってきている。
正確に言えば、正義の味方を自称する組織が巨大なルビーを入手するのを阻止したいらしい。その宝石を使って長距離レーザービーム砲を作る計画なのだそうだ。そのレーザーなんだけど、光共振器の媒体が大きければ大きいほど出力が増加する。もちろん励起用エネルギーもより必要になるのだけれども。なお、何のことだか僕にはよく分からない。
僕に説明してくれたマチルダさんは、ホワイトボードにその理論を書いて説明してくれた。我が社の誇るエンジニアであるマチルダさんにかかれば、これぐらいのことは朝飯前だ。僕が朝食を作っている間にぱぱっと書きなぐっている。凄いと思うのだけれど、マチルダさんは僕のスクランブルドエッグの出来栄えの方が素晴らしいと褒めてくれた。
マチルダさんは頭脳も明晰な才媛なのだけれども、精神的にちょっと弱いところがある。お酒を飲むと自分のマッドサイエンティストとしての能力の低さを嘆いて泣くのだ。そのくせ、積極的なところもあって、僕はマチルダさんに色々なものを奪われた。その点について特に不満はない。
さて改めて真剣に宝探しに取り組もう。
神殿の内部では様々な仕掛けが出迎えてくれた。僕たちを押しつぶそうとする巨大な石の玉が転がってきたし、蛇が一杯うごめている落とし穴にも落ちた。なお、石の玉はマチルダさんが片手で受け止めてくれて無事に済む。蛇はマチルダさんが一番美味いという奴を捕まえて、お昼ご飯に一緒に食べた。
その後、トロッコに乗って、坑道を奥へ奥へと進む。なんとか戦隊の赤いコスチュームを着たなんとかレッドに邪魔をされる。僕の乗ったトロッコが溶岩の中に落ちそうになって、間一髪のところでマチルダさんに助けてもらう。そのせいで、レッドを見失ってしまった。
「ごめん。マチルダさん」
「いいのいいの。まだ勝負はついてないし」
ヘルメットのバイザーごしに慰められる。蒼い瞳は思いやりに満ちていた。
「ジョージの方がずっと大切だから」
スーツの上からぎゅっと抱きしめられる。感触は全く分からないはずなのに、僕はなんだかとっても元気になってしまった。当然、それはバイタルセンサーを通じてマチルダさんのパワードスーツにも報告をされるわけで……。
「さっきの蛇よく効くわね」
え?
気を取り直して最深部に到達する。巨大な洞窟の壁面には一つ目の異形の神像が佇んでいた。その目の部分には僕の頭ほどの大きさの巨大なルビーが嵌っている。ちょうど、レッドがルビーを外して手にしたところだった。マチルダさんは小型ATMを容赦なくぶっ放す。
神像に命中して爆炎と煙がひろがった。
「わはははは」
笑い声が響き渡り、煙が晴れたときにはレッドの姿は見えなくなっている。僕はがっくりと肩を落とした。
「やっぱり僕のせいで……」
「気にしない、気にしない」
そう言いながらマチルダさんは神像に近づいていく。
「正義の味方を名乗るなら像を守って被弾して欲しかったなあ。壊れちゃったじゃない」
レッドを非難するマチルダさん。僕は賢明にもコメントを控える。余計なことを言ったら今夜が大変だ。
「でも変ねえ。これだけ罠とか一杯しかけてあるのに、肝心のものがむき出しだなんて。あら?」
マチルダさんは神像の胸の辺りを探った。
「こんな空洞があるなんて」
バキバキバキ。音を立てて隙間を広げる。
「ちょっと待っててね」
マチルダさんは間隙に体をねじ込む。しばらくすると大きな袋を手にして戻ってきた。穴の中から袋を手渡してくるので受け取る。マチルダさんが這い出てくるのを手伝ってから、袋の中を覗きこむ。え? と思う間もなく、袋はマチルダさんに奪い取られていた。
「さ、脱出しましょう。アイツ、絶対何か置き土産してると思う」
そう言った途端に爆発が起こった。マチルダさんは片手に袋を持ち、もう片手に僕を抱きかかえるようにして、両脚の非常用ブースターに点火する。ドン。失神しそうなほどのGがかかって、僕らは入口に向かってばく進を始めた。
僕らが暮らす家に戻って、僕は家事、マチルダさんはパワードスーツのメンテナンスに精を出す。その日の夜、シャワーを浴びてバスローブに身を包んだマチルダさんに僕は袋の中身を見せてくれるようにねだった。襟元をちょっと寛げたマチルダさんは蠱惑的な笑みを浮かべる。
「それより大事なことがあるんじゃない?」
そうは言われたものの、僕はある疑問が気になって仕方なかった。マチルダさんはしょうがないなあ、といった様子で袋の中身を取り出す。それはラグビーボールの形に綺麗に磨き上げられた巨大な宝石だった。
「ルビーと言っていたのに。どうしてそんなにも蒼いの?」
僕の質問にマチルダさんはにっこりとほほ笑む。
「ルビーもサファイアも鉱物としては同じなの。不純物がクロムか鉄なのかによって色が変わるだけ」
マチルダさんの瞳より深い色の石が光を反射してきらめく。
「さっき試験をしたけどこれが本物よ。伝説ではルビーって話だったけど、きっとそれはあいつが持って行ったダミーのせいだと思うわ」
「それじゃあ、目的の物はちゃんと手に入ったんだね」
マチルダさんは宝石を台の上に置く。そして、僕にぴったりと体を密着させた。僕の耳に息を吹き込む。
「そうよ。それに偽物をつかまされずに済んだのは、結果的にあなたのお陰ともいえるわね。それじゃ、ご褒美」
マチルダさんがパチンと指を鳴らすと照明がぐっと暗くなる。フットライトの淡い光を浴びて蒼い宝石が幻想的に浮かび上がった。ファサっとマチルダさんのバスローブが床に落ち、僕の視線がマチルダさん自身でふさがれる。僕はすぐに宝石なんかよりも魅力的な他のものに意識を奪われることになった。
蒼い瞳のあの人が望むもの 新巻へもん @shakesama
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