第250話 appendix

「まあ、結果的には助かったから良かったけどさ」


 ソファにぐでっと脱力し、ぶつくさと文句をつけるユウキ・タトゥーラ・マヤピス。

 オラスピア王国で〝黒の魔道士〟と呼ばれ恐れられた彼も、今や魔力を失い、ただの人間に戻っていた。

 場所はタースベレデ王国、魔女の塔の応接室。

 先ごろ、塔の持ち主であったサイプレス・ゴールドクエスト魔導伯の死亡が正式に公表され、この塔は一旦王城の預かりとなった。その後改めて王室付筆頭技師アスペン・ランスウッドに工房兼住居として下賜されたのだが、実際のところは持ち主の〝名前〟が変わっただけで、あるじも使用人も何ひとつ変わっていない。


「せめて事前に一言欲しかったかなあ」


 グチの止まないユウキを見て、傍らのフォルナリーナ・アーネアス・オラスピアがクスクスと笑う。


「あなたは、自分がただの人に戻ったのがよっぽど気にいらないみたいね」

「そりゃそうだ。俺が君やオラスピアの役に立つことと言ったら魔法の才ぐらいしかないからな。あれだけしんどい思いをしてようやく手に入れたのに……」


 そのままどさっと背もたれに倒れ込む。

 サイ……改めアスペンも、その気持ちは痛いほどわかった。

 彼は本来、魔道士としてタースベレデに仕え、みずからの主として、さらには婚約者としてスリアンを助けることが使命だった。

 だが、彼が最終的に下した決断は、この世界に生きる魔道士全員の人生を巻き添えにして、魔法を永遠に消し去ることだった。

 その時点で、魔道士サイという存在は死んだに等しい。

 しかし、彼には、原初の魔女がくれた十年という時間と、一度見た物を忘れない生来の記憶力が残された。彼にだけは、脳内に蓄えた情報を活用し、商人都市ペンダスに潜伏しつつ、名を変えて来たる日に備えるだけの時間的余裕があったのだ。

 だが、目の前でぶつくさ言っているオラスピアの魔道士にとっては、まさに晴天の霹靂だったに違いない。

 サイは、ユウキがもともと異世界の日本人で、魔法についてはこちらの世界に渡って以後、相当な苦労をして身につけたことを知っている。

 だから素直に頭を垂れる。


「本当にすいません。僕が——」

「別に恐縮することないわよ。この人のグチは時候のあいさつみたいな物だから適当に聞き流していればいいの」

「……ずいぶんひどい言われようだな」


 深く頭を下げるサイ=アスペンに、フォルナリーナ女王は笑って取りなしてくる。


「むしろ、魔法が封じられたおかげであなたは命が助かったようなようなものよ。あのままファルメンの魔道士部隊に集中攻撃を受けていたら、あなた今ごろチリ一つ残さず蒸発していたわよ。サイには感謝しなくちゃ」

「……まあ、それもそうか」


 ユウキはあっさり機嫌を直すと、そもそも来訪の目的だったと思われる細長い木箱を指さした。


「ところで、これなんだが」


 無造作に床に置かれた木箱は、毛足の長いカーペットにずっしり沈み込んでいる。相当に重そうだ。

 ユウキは短剣を木箱の縁に叩き込み、てこの原理でぐいとフタをこじ開けた。緩衝材代わりに詰め込まれた籾殻のすき間から黒光りする金属がのぞき、サイの表情がふっと険しくなった。


「これを、どこで?」


 サイがその正体に気づいたことを確認し、ユウキはポケットから円筒形の部品をとりだしてテーブルにコトリと立てた。鈍い金色に輝くそれは、かすかに硝煙の匂いがした。


「ああ、オラスピアの北東海上にファルメンって島国がある。知ってるかい?」

「ええ」

「実は、ファルメンの反動派って呼ばれている魔道士の一団がオラスピアの海岸地帯に侵攻してきてて、その対応でごたついていたんだ」

「そんなことが……」

「恐らく、貴国での騒乱とも呼応した動きだと思うんだ。奴らの掲げる旗印がゼーゲルの賊徒と同じでね」


 初耳の話だった。


「魔法だけじゃなく、けっこうな火力も備えてて、初手はかなり押し込まれた」

「それで……大丈夫だったんですか?」

「ウチの兵は強いよ。通常兵力だけなら大陸でも屈指だろう。だが、魔法攻撃に加えてこんな物まで持ち込まれてね……けっこう苦戦した」


 過去形で語ると言うことは、敵の撃退に成功したのだろう。そうでなければ女王とその懐刀が揃って他国を訪れることなどできないはずだ。


「敵の部隊が撤退時に放棄していったのを回収した。君はどう見る? 俺は向こうでこういう物に縁がなかったから……」

「僕だって実物は初めてですよ。でもこれ、東側の機関銃によく似てます。テロリストにも相当流れている武器だと……」


 理彩の世界にいた時、彼女の親戚だという人物に「念のため一通り見とくといいよ」と渡された資料の中に似た武器の写真があった。

 記憶とは細かい部分が異なっているが、理彩の世界の日本もユウキの世界の日本も、突き合わせてみると歴史の細かい部分はけっこう食い違う。類似の世界線であっても、完全にイコールではないらしい。


「困ったね」


 ユウキは眉間にしわを寄せてため息をついた。


「この世界は、周辺の世界線と比べて技術的にはかなり遅れている。これまでは魔法の存在がそのギャップを埋めて外からの侵攻を防げたんだが、今後はそうはいかないだろうな」


 この世界線は周辺諸世界の存続の軸になる重要な世界で、その存在が揺らがないよう一切の干渉が禁じられ、出入りも厳重に管理されている、はずだ。

 少なくとも、女神を自称する維持機構の職員からそう聞いている。

 だが、実際にはこの始末だ。


「で、僕に一体何をやれと」


 ユウキは大きく頷くと、サイの肩に手を置いた。


「察しが早くて助かる。今の君はタースベレデの筆頭技師だろ? こういう干渉を跳ね返せる技術の開発を依頼したい」

「……それは、つまり……」

「ええ、私たちはオラスピア王国として、タースベレデに対し相互安全保障条約の締結を提案したいと思っています」


 フォルナリーナが後を引き取ってそう切り出した。


「陛下、僕はただの技師ですよ。そういう大事な案件はウチの女王さまスリアンに直接話してもらえませんか?」

「ええ、もう話しましたよ。彼女は、あなたさえ了承すれば同意すると——」

「いやいや、国の重要政策を一介の技師に丸投げしないで欲しいんだけど……」


 サイはため息をつく。

 無条件に信用されるのは面はゆくもあるけど、一介の技師に取り切れない責任までついでにおっかぶせないで欲しいと思う。


「でも、来月には昇爵だろ? これでようやく婚儀の条件が整うな」

「……あのですね、そんな他国の話より、お二人こそどうなんですか!?」


 ニヤニヤと意味深な笑みを浮かべるユウキとフォルナリーナに、サイはせめて一矢を報おうと突っ込んだ。


「いや、だから、そのための条約締結だって。お互い、外敵の脅威を抱えたままでのんきに結婚なんてできないだろ?」

「え……」

「俺たちの関係を心配するなら、君にもぜひ協力して欲しいなあ」

「ぐっ……」


 正論で切り返され、サイはそれ以上何も言えずに黙り込んだ。


「サイ、来たよー!」


 軽い足音と共に、スリアンが応接室に飛び込んで来た。

 王城で着込んでいる執務服とティアラを脱ぎ捨てた彼女は、いまだに少年のように見える。


「あ、あれ? 何だいこの微妙な空気?」


 ニヤニヤ笑いを崩さない隣国の重鎮二人と、苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる想い人の様子を交互に見やり、スリアンは目を丸くした。


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長い話を最後までお読みくださいまして本当にありがとうございました。

本作はこれにて完結です。

なお、本作でもちょくちょく出てきた隣国オラスピアの建国譚(実際には取られた国を取り返す話)ユウキとフォルナリーナの物語は以下で連載中です。時系列的には本作より前。

ご興味があればこちらもぜひ。

「マテリアル・グリーン」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054889618915

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さすらいの魔法使い  凍龍(とうりゅう) @freezing-dragon

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