黄色いヒマワリとチョコレート

 そして、一ヶ月後。

 お日様が頭のてっぺんでぎらぎらと輝いていました。先月よりも、さらに眩しく笑っています。

 みけよりもずっとずっと背の高いヒマワリが、黄色い花びらをぴーんと広げて、気持ちよさそうに空を見上げていました。のびのびとした様子は、天真爛漫なしろの笑顔にそっくりでした。

 みけの毛皮は、さっき綺麗に舐めたのでぴかぴかです。この前しろと逢ってからは、朝と晩に加えてお昼もぴかぴかにするようにしました。

 これなら今日の診察で、とら先生に「治ったよ」と言ってもらえるかもしれません。

 今日はみけの手には何もありません。しろがお菓子を持ってきてくれると約束してくれたからです。何を持ってきてくれるのでしょうか。しろが持ってきてくれるものなら、きっと素敵なものでしょう。

 どきどきしました。

 わくわくしました。

 とても暑い日でしたが、待つのなんか、ちっとも辛くありませんでした。

 ヒマワリが、お日様をを追いかけて首を傾け始めました。

 みけの毛皮は、汗で少し汚れてきました。なので、みけは丁寧に汚れを舐めとりました。この三毛模様はいつもぴかぴかでなくてはいけません。

 しろの病気が治ったらどこに行こうか。

 山に登るのもいいな。

 海で泳ぐのもいいな。

 綺麗にしたばかりの毛皮から、また汗が沸いてきます。今日は少し遅いようです。きっと病院が混んでいるに違いありません。みけは、また毛皮を舐め始めました。

 ヒマワリが、お日様を地平線の向こうへ見送りました。

 いつの間にか一番星がひっそりと瞬いていました。

 それでも、しろはやって来ませんでした。

 ついにみけは公園を出て、とら先生の病院の扉を叩きました。もしかしたら診察の日が変わったのかもしれないと考えたのです。

 とら先生は、みけの顔を見ると白髪交じりの眉毛をこすりました。

「しろ君か……」

 とら先生は黙ってみけを車に乗せ、しろの家に連れて行ってくれました。


 しろは、花に包まれて眠っていました。

 綺麗な青い目は閉じられたままで、みけのことを見てはくれませんでした。あの素敵な笑顔はどこにもありませんでした。それはもう二度と見られないのだと、みけには分かってしまいました。

 ……しろは死んでしまったのです。

 花に混ざって、見覚えのあるものが、しろの周りを囲んでいました。

 ソフトクリームのコーンに巻いてあった紙。

 飴玉の包み紙。

 クッキーの袋。

 プリンのスプーン。

 団子の串。

 きつく手を握り締めて懐かしいものを見つめているみけに、しろのお母さんが言いました。

「しろちゃんの宝物よ」

 それから、しろのお母さんは箱をひとつ、みけに渡しました。茶色い箱に黄色いリボンがかかっていて、まるでヒマワリのようでした。そう、しろの笑顔みたいなヒマワリです。

 中には、溶けかけたチョコレートが入っていました。

「今度はしろちゃんがあなたにお菓子をプレゼントしたい、って。夏だけど、あげるのは、どうしてもチョコレートがいい、って」

 そう言って、しろのお母さんは目頭を押さえました。

「病院の大嫌いなしろちゃんが、とら先生のところへ行く日を楽しみにしていたのよ」

 大きなハート型のチョコレートは三つの色が混じりあって出来ていました。

 真っ白なホワイトチョコレート。

 真っ黒なブラックチョコレート。

 茶色いミルクチョコレート。

 みけの三毛模様を表しているのに違いありません。

 そして真ん中には、ピンク色のお砂糖で『ありがとう』と書いてありました。

 みけの目の前がぼやけてきました。

「僕が〈しあわせの三毛ねこ〉なんて、嘘だ!」

 喉が熱くなります。

「だって、しろを助けられなかったじゃないか!」

 みけは自分の毛をむしりました。


 大空を流れる雲のような真っ白な毛。

 世界を優しく包み込む夜の闇ような真っ黒な毛。

 大地を見守る巨木の幹のような茶色の毛。


 約束したんだ。

 治してあげるって。


 一緒にトンボを見よう。

 一緒にホタルを見よう。


 一緒に山に行こう。

 一緒に海に行こう。


 きっと君は喜んでくれる。

 きっと君は笑ってくれる。


 君が居てくれれば僕は幸せになれる。

 僕は世界一、幸せな三毛ねこになる。


「こんな毛皮なんか、なんの役にも立たない!」


 三色の毛が、ふわふわと宙を舞いました。

 白。

 黒。

 茶。

 ふわり。

 ふわり。

 ふわり……。


「僕は、君に何もしてあげられなかった……!」


 とら先生としろのお母さんが止めても、みけは毛をむしるのをやめませんでした。

 肌から血が滲んでも、みけは毛をむしり続けました。

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