赤いバラとクッキー
また一ヶ月が過ぎました。
みけはクッキーを持ってきました。ただのクッキーではありません。野イチゴを練りこんだ素敵なクッキーです。みけが頑張って向こうの山から摘んできた野イチゴを、お母さんがクッキーに混ぜて焼いてくれたのです。
袋の中から溢れ出す甘酸っぱい香りに、しろは嬉しそうに鼻をひくひくさせました。
しかし、みけは耳を垂れていました。
「しろは、病気なの?」
ぽつり、と、みけは尋ねました。
しろは青い目をびっくりしたように大きく見開き、次に俯いてしまいました。耳も尻尾も垂れてしまっています。
「うん。難しい病気なんだって。今まで近くの病院に通っていたけれど、とら先生の病院のほうがいいって言われて……」
とら先生は腕がいいと評判の有名なお医者さんです。遠くから通ってくる患者さんもたくさんいます。しろは、そんな患者さんの一人だったのでした。
満開になった赤いバラの花びらが一枚、音もなく地面に落ちました。花の香りだけが静かに漂いました。
みけは、ぶるんぶるんと顔を左右に振ると、元気に言いました。
「僕は〈しあわせの三毛ねこ〉なんだ。だから僕が一生懸命お願いすれば、病気なんか、すぐに治っちゃうよ!」
大空を流れる雲のような真っ白な毛。
世界を優しく包み込む夜の闇ような真っ黒な毛。
大地を見守る巨木の幹のような茶色の毛。
そうです。みけは〈しあわせの三毛ねこ〉なのです。
みけは、くるくると踊りながら得意げに三毛模様を見せました。
くるっと白い毛。
くるっと黒い毛。
くるっと茶色い毛。
そして最後に、くるりっとひとつ、宙返り。
ぴしっと着地を決めました。
「わぁっ!」
しろの顔がぱっと明るくなりました。みけは照れたようにひげを指先でぴんぴんと弾き、クッキーの袋を広げました。
野イチゴのクッキーは、ほんのり赤くて、魚の形に型抜きされた尻尾がぴんっと元気に跳ねていました。
「素敵!」
しろがそう言ってクッキーをひとつ摘みました。
つられるように、みけもクッキーを口に入れます。
口の中に赤いクッキーの甘酸っぱい香りが広がりました。赤いバラの香りより、ずっと強く元気な香りでした。
口から、ぽろぽろとクッキーのかけらがこぼれると共に、ぽろぽろと笑顔もこぼれます。
袋がすっかり空になる頃、しろのお母さんが迎えに来ました。
しろは、「ありがとう」と言って、みけの頬をぺろりと舐めました。みけは、バラに負けないくらい真っ赤になってしまいました。
「また一ヵ月後に」
しろが手を振ります。
一ヶ月後に、また診察があるのです。
「しろの病気が早く良くなりますように」
みけは、自分の三毛模様に願いました。そして、ぺろぺろと丁寧に毛皮を舐めました。
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